愚慫空論

『サピエンス全史』その12~「彼ら」が「私たち」になるとき

『その11』はこちら (^o^)っ リンク

 


(前略)やがて紀元前550年ごろ、ペルシアのキュロス大王が、それに輪をかけて大げさな自慢をした。

アッシリアの王たちはつねに、アッシリアの王にとどまった。全世界を支配していると主張したときにさえ、アッシリアの栄光を増すためにそうしているのは明らかで、彼らに後ろめたさはなかった。一方、キュロスは、全生界を支配しているだけではなく、あらゆる人のためにそうしていると主張した。「お前たちを征服するのは、お前たちのためなのだ」とペルシア人たちはいった。キュロスは隷属させて民族が彼を敬愛し、ペルシアの従属者であって幸運だと思うことを望んでいた。



ちなみにキュロス大王は「バビロンの捕囚」に囚われていたユダヤ人たちを
「故郷」へと帰還することを許し 支援さえした人物です

もしキュロスのこの業績がなければ
ユダヤ教は誕生していなかったかもしれませんし
誕生していても別の形になったかもしれません
そうなると キリスト教が生まれたかどうかも怪しくなりますし
イスラム教だって そうなるでしょう

そう考えると キュロスは一神教世界成立に関わった重要人物です
なのに 一神教世界側からキュロスへの感謝を目にした覚えがない

一神教世界側の「私たち」からすれば
大きな功績があったとはいっても キュロスは「彼ら」の側だからでしょう
神話の類いに「彼ら」の助力が作用していたなどと記すと
「私たち」の自己否定になってしまいますからね...



自己愛者はオノレの「立場」に対する他者からの「承認」を必要とします

「立場の承認」は「尊厳の承認」とは似て非なるものです
「信用」と「信頼」に違いに似ています

「尊厳への承認」は〔ヒト〕的なもので 虚構の助力なしで行うもの
社会的な動物であるサピエンスには
「尊厳」への承認能力を生来的に備えていますが その能力は有限です

サピエンスは他者を「信頼」することができますが
その範囲は有限で かなり狭い
このことは 自分自身の取り巻く他者との関係を思い起こしてみれば
実感できると思います


「信用」もまた 自分自身を取り巻く他者のとの関係性の一部ですが
こちらは虚構の助力を得ています
というより 虚構がメインです

身にまとった虚構がもたらすものが「信用」で 
「信用」によって得られるのが「立場」です

身にまとった虚構によって得られる「信用」の範囲に大きな違いが生まれることは
虚構によって秩序が維持されている文明社会に暮らす〔人間〕には
これまた実感として把握できることだと思います
そして 多くの人が「信用」と「立場」を得るために
「競争」jへと身を投じていくわけです


自己愛者の「立場」に「承認」を与えるのは これまた自己愛者です
自己嫌悪を隠蔽する必要がある者です
自己愛者は「立場への承認」 つまり「信用」を取引することによって
自己嫌悪の隠蔽を行います

「信用」の取引に勝利し 自己嫌悪隠蔽を成功させた者が「リア充」
取引に負けて 自己嫌悪隠蔽に失敗した者が「キモオタ」



こんな有名な逸話がある。一人の野心的なインド人が、英語という言語の機微まですっかり習得し、西洋式の舞踏のレッスンも受け、ナイフとフォークを使って食べるのにも慣れた。礼儀作法も身につけて、イングランドに渡り、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで学び、認定を受けて法廷弁護士になった。ところが、スーツを着てネクタイを締めたこの若い法律家は、イギリスの植民地だった南アフリカで列車から放り出された。彼のような「有色人(カラード)」が乗るべき三等客車に満足せずに一等客車に乗るといって譲らなかったからだ。彼の名は、モーハンダース・カラムチャンド・ガンディーだった。




若き日のガンディーがなにゆえ 
 >英語という言語の機微まですっかり習得し
 >西洋式の舞踏のレッスンも受け
 >ナイフとフォークを使って食べるのにも慣れ
 >礼儀作法も身につけて
 >イングランドに渡り
 >ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンで学び
 >認定を受けて法廷弁護士になった
のか?

「信用の取引」を優位に進めるためでしょう
それ以外 考えられません
だけどもガンディーは その「取引」の舞台にすら登らせてもらえませんでした 
一等客車からたたき出されて そのことを思い知った――

もしガンディーが学んだのが日本語で
宮沢賢治の『雨ニモ負マケズ』を知っていたとしたら?
面白いパロディが生まれていたかもしれませんね

それにしても そのような仕打ちを受けるまで 
そもそも自分が「取引」の相手にはされないと気づかないのは ちょっと不思議です
ニューロティピカルなら おそらくありえません
エイティピカルだとすれば おおいにあり得ることですが


思い知ったガンディーは 「信用の取引」からは撤退しました
向かったのは 徹底した「尊厳の承認」です
だからアヒンサー(非暴力)です
これまたエイティピカル臭いのですが

が これは例外的な選択でしょう
多くの人間は それでも「信用の取引」から撤退しはしません
中には巨大な才能を発揮して「取引ができる立場」を獲得する者もあらわれてくる

日本史で挙げるなら 代表は平忠盛でしょうか
忠盛は清盛の父です



屈辱を受け それでも「立場の取引」から撤退しない
この選択が意味するのは 自己愛者になるということ他なりません

支配者から「立場の承認」を求められた
それはそもそも承認の必要がないものですし
ということは 承認する必要もないものだということです

必要のない「承認」を求める者には その者の内面にその理由がある
必要の「承認」を為す者もまた その者の内面にその理由があるということです


互いに得手勝手な「立場承認取引」の内的理由がある 動機がある
この動機を原動力として組み上がった【システム】が 帝国 です

「彼ら」が「私たち」になっていく
その原動力は自己愛を満たすための「承認欲求」です
「彼ら」と「私たち」の間で 承認をめぐって闘争(競争)が起きる
最初は「私たち」が有利だったが
やがて「彼ら」のなかにも勝利者が現われてくる

そもそも帝国の構成からして 「彼ら」のほうが多数なんだら
「彼ら」が「私たち」になっていくのは 自然の成り行きというもの
この「成り行き」こそが 帝国拡張の原理です

だが その「成り行き」も キュロスが矢を放たなければ起きなかったこと


帝国が帝国として自覚するのは その原理を自覚した時です
その代表格は中華帝国でしょう

現代の中国は 漢民族の国家です
帝国の原理からすると「漢民族の国家」となってしまった時点で帝国ではない
それは「私たちの王国」にしか過ぎない

古代から続く中国人の定義は 漢民族ではありませんでした
漢字を操ることをできる者が中国人でした
自らを「中華」と名乗り 四方を蛮族と侮りながら
一方で中華帝国は「立場の取引」を解放する術も整えていた
漢字を習得すれば 「立場の取引」に参加できる〔システム〕が整えられた

自己愛に端を発する「成り行き」を〔システム〕が下支えした
これが帝国という【システム】であり
帝国が自然と拡張へ向かっていく原理でもあります




いずれ取り上げてみたいところですが...


『その13』へと続きます


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