愚慫空論

不調和を解決する力

炊き立てご飯の香り。炊飯器の蓋を開けると、湯気と同時に立ち上る。一人当たりのコメの消費量が昔と比べてずいぶん減っているとはいえ、日本人ならば誰もがこの香りに食欲を掻き立てられるだろう。けれど、これは米食を主体とする者たちに限ったことで、欧米人などには異臭にしか感じられないというのはよく知られた話。科学的に分析してみれば、炊き立てご飯の香りは硫化水素の匂い。硫化水素は有毒な気体であり、時に人を死に至らしめる。この事実を持って【硫化水素→危険】ゆえに【炊き立てご飯の香り→異臭】という論理を組み立てることは容易で欧米人はそれに賛同するだろうが、その異臭に食欲を感じてしまう日本人にとってはなかなか納得しがたい。そんな論理は短絡的だ! と、どうしても言いたくなる。

風味にまつわる異文化間の行き違いの話の種はそれこそ尽きることがないほどにあるだろうが、面白いことに、慣れてしまうとそうした“クサイ”食べ物ほど病み付きになってしまう。万人に受け入れられるクセのないものは食べ易いが、飽きるのも早い。もちろん、クセがない上に飽きのこない究極の、もしくは至高の食材や料理もあるのだろうけど、そうしたものはたいていお値段が高い。


この種の行き違いの話は、食べ物だけに限らない。聴覚、音に関しても同じようなことがいえるだろう。3つ前のエントリー『音色に哭く』でエレクトリック・ギターと津軽三味線を取り上げ、それらの音色を“少し荒れたところがある”と評したが、“荒れた音色”とは風味でいうと、“クサイ”ということになるだろう。

音響学的には、音色は時間および空間上の波動である。その波動の波形の違いによるさまざまな音の聞こえ方の違いが音色である。

時間および空間上の音をフーリエ変換すると、周波数軸上の信号へと変換できる。これを音のスペクトルと呼び、スペクトル(すなわち音を構成する周波数とその強度の分布)の違いが、様々な音色の違いとして聞かれる。各周波数成分のうち、最も周波数の低いものを基音、それ以外を上音と呼ぶ。すなわち、上音の構成の違いが、音色の違いである。

上音の周波数が基音の周波数の倍数であればそれを倍音と呼ぶ。音楽に多く使われる人声や弦楽器、管楽器の音は主に基音と倍音から成り立っている(このような音を楽音と呼ぶ)ので、そのような場合には、倍音のそれぞれの強度の比が音色を決定すると言うことができる。

逆に、意図的に人声や弦楽器、管楽器の音に倍音以外の上音を混ぜ込むことによって、独特の音色を出すこともある。日本人にとって身近な例としては、三味線のサワリといわれる仕組みを挙げることができる。

wikipedia からの引用だが、「倍音以外の上音」とは「異臭」であり、それは基底となる波動からすると「不調和」なものだ。ヒトの持つ感覚装置はその不調和を感知するが、感知された不調和は常に排除されるとは限らない。ヒトには不調和を感知し排除するだけではなく必要に応じて受容する能力もある。ただし、その受容能力の発現は仕方は一様ではない。多少の時間、つまり“慣れ”を要する。


ヒトには(ヒトという生物種だけではないけれど)、多少の時間は要するが、不調和に慣れ親しんでいく能力がある。そしてこの能力は、免疫という生体防御機構に似通っているようにも思える。

生物の持つ免疫機構には、自然免疫と獲得免疫の二種類があるという。獲得免疫は高度な脊椎動物のみが保持する機構だそうだが、自然免疫はほぼ全ての生物が持っているらしい。これは生物が生まれながらにして持っている防御機構で、非特異的な反応(特定の非自己物質のみに反応するのではない)で反応時間も短く、免疫の対象となる物質を記憶することもない。対して獲得免疫は、特定の非自己物質にのみ反応およびその物質を記憶するが、反応までに時間を要する。不調和なものを感知したときの拒絶反応は自然免疫に、不調和なものなものを受容していく能力は獲得免疫と似通っているようには思えないだろうか?

(自然免疫であれ獲得免疫であれ、いずれも拒絶反応なのだから受容ではないのかもしれない。だが、「拒絶」とは「受容」とかは自我のある人間の意識の見方であって、免疫機構からしれみれば拒絶も受容も同義のような印象を受ける。あくまで印象に過ぎないが。)


さて、ここで話は一気に飛躍する。ヒトの身体が持つ免疫機構の拒絶と受容のあり方は、もしかしたら人間の意識上に現れてくる共感と排除のあり方にも似通っているのではあるまいか?


音は音色によって様々な個性を表すが、その個性の中には不調和なものも混じるのは上にも記したとおり。けれど、人間はその不調和を受け入れる。で、音を素材にして組み立てる音楽はというと、これがまた不調和の解決そのものなのである。西洋音楽(ドレミファソラシドで構成される音楽)は、機能和声の論理に従って不調和を解決していく。その不調和解決の過程こそが音楽のドラマ。

風味を素材として組み立てる料理にだって、調和・不調和はある。旨い素材を組み合わせたらいつも美味い料理になるとは限らないし、クセのある素材同士が組み合わさると元の素材以上に美味い料理になることもある。また料理も専門的(?)になると食べる順番を定めてコース料理にしたりして、論理を組み立てたりする。

音楽も料理も、人間の持つ感覚と意識の両方の領域を活用させて作り上げるもの。感覚と意識が協同して(これを感性というのかもしれない)調和を作り上げようとする。これらの世界では、感覚が主で意識は従である。では、言葉と言葉を用いて作り上げる文章はどうか?

詩歌などの世界は音楽・料理と同様に考えれるだろう。が、意識が主となる理性的な文章では、調和・不調和といった趣は確かに少なくなる。それでも論理的に通った文章を調和的と受け取ることはできなくはなかろう。そして、論理的に通った文章よりも時には非論理的に不調和な文章の方が共感を得ることあることを考えると、人間の意識の作用による理性が頼りないものであることを認めざるを得ない。


もし仮に、人の意識の共感と身体の免疫機能との間に何らかの相関関係があるとするなら、共感を高めるためには、論理に頼って調和的なものを追及することよりも、不調和なものを受容・解決していくヒトに宿った力を活用していくことのほうが効果的であるかもしれない。不調和は受け入れられなければ異臭であり、雑音でしかない。逆に受け入れた者にとっては調和なものよりも心地の良いクサくて美味いものである。この落差がゆえに共感が排除を生み出すことになるのだろうけれども、この共感→排除の連鎖を断ち切るには、免疫力を高め、受容・解決の能力を高めることが必要だろう。科学的な法則とは言えない経験則から言うと、免疫力の低い人間ほど共感→排除の連鎖に陥りやすいように思う。そして、日本人と日本社会は今、非常に免疫力が低下しているようにも思う。

ヒトの免疫力は環境によって左右される。まだ科学的に立証されたわけではないが、身体の免疫力と精神状態との間にも関連性はあるらしい。そうであるなら、心の免疫力と身体の免疫力は繋がっているのかもしれない。人は自分が信頼され必要とされていると感じると免疫力も高まるという。そうした場においては、他人の論理の中に感じる異臭・不調和にも寛容になれるだろう。多少時間は要しても。


ついでながら寛容ということに言及しておくと、寛容であるということは、免疫力、つまり不調和を解決する能力を信頼するということである。自分にとって不調和と感じるものも他人が解決し受容しているなら、それは自分にだって受容できるはず。自他双方の受容能力に信頼をおいてこそ、寛容であるといえる。他人の能力にだけ信頼をおくと無批判な服従になってしまうし、自分の能力にだけ信頼を置くと傲慢に陥る。

コメント

論理のつながり

こんばんわ.
津軽三味線の第一弦は,わざと割れた音になるようになっているのです.私は最初,不良品か,と思って先生に(抗議の意味を隠して)訊ねました.すると,『それでいいんですよ』,ということでした.
愚樵さんが感じられた『荒れた音』はこれにも関係あるのかもしれません.もしこれがないと普通の三味線になってしまうような気がするほどです.

愚樵さんのお話はどんどん繋がっていきますね.人と人とのつながり,という意味ではなく,論理がです.こういう『感受性』は愚樵さんならではのものですね.ほんとに,なるほどと思います.

毒と薬(or香り)

>“荒れた音色”とは風味でいうと、“クサイ”・・に
確か熱帯の植物は、天敵も多いので、毒素を持つ種が多いとか。でもその変種が温帯に来ると、敵が減る所為か、毒素の弱い種でも結構淘汰の嵐を受けずに、どうにか残るとかいう話を読んだことがあるような無いような・・。
弱まった毒素が、いい香りであったり、適度の殺菌作用であったり、とか。
劇薬も薄めていろんな薬に活用されているので、
使用上の注意を間違えないような「ユトリ」が医療現場でも、家庭でも要るというが、このコメのさがり(落ち)です。
>獲得免疫
こないだの朝日新聞の書評で、ミトコンドリアのことに触れたのがありました。他の種と共生を始めた(喰ってエネルギーに転化してしまわなかった)単細胞微小生物たちの「エエ加減」な「免疫機構」のおかげで、僕等多細胞動物は在るし、光合成するデッカイ樹も居る。
めったらやたらと他者を排除することの愚は数億年前に証明されてます。
けど、だからといって「免疫」ソノモノを否定する愚もオカシイ。此処らの違いが「守備範囲」の意味やねんけど、
うまあく個々の議論で、腑分けするのは、面倒臭いですね。

炊きたてごはんの香り

が、どうにも耐えきれなくなって、つわりに気づく女性は多いようですね。

ちなみに、授乳中の娘のうんちは「炊きたてごはんの香り」でした。

娘がうんちしたのか、ご飯が炊けたのか、どちらかよくわかりませんでした。(笑)

赤ん坊のうんちの匂い

水葉さんは良いところに気付かれましたね.そうなんです,小腸や大腸に住む腸内細菌が出す硫化水素が,おならの匂いの元なんですよ.子供のうんちの匂いや色や硬さで,病気だとか成長の度合が分かると,昔小児科の講義で習いました.微生物学で習った知識と合わせてみると,なるほどなぁ,と思いましたよ.

ちなみにドイツ民俗学の本によると,ヨーロッパの赤ん坊は布でぐるぐる巻きにされて,おむつの交換も数日後とだったとか.とにかく汚物だらけになって,おむつが取れるまでひたすら我慢をさせられる,そんな幼児時代を送ったとか.ゴヤの絵に見られるような貴族の女性のスカートは骨が入ってカサみたいになってたそうだけど,あれは実は「立ちション」「立ちうんこ」のために作られたのだそうです(だから高貴な方々や(尼)僧院などには水道が引かれて「ビデ」が作られた.お稚児さんや女性に対しても「男色」が行われていた伝統もある(旧約聖書参照)).要するにヴェルサイユ宮殿にトイレがなかったのは,貴族の男女が立ったままおそそをして,そのために絨毯がイスラームから輸入されたという話(笑) ちょっと下ネタですみません.

それにしても Wiki はいいかげん

ですねぇ(笑)
| 時間および空間上の音をフーリエ変換すると、周波数軸上の信号へと変換できる。これを音のスペクトルと呼び……

あのねぇ,時間t上の音って,必ずxとかyなんかの平面座標が必要なんだけど,って突っ込みたくなります.フーリエ変換そのものは教養部で習った単純な数学なんだけど,周波数軸ってのもちゃんと Hz という単位がついている.書いた人間はかなり知ったかぶりだなと,まともに理系の教育を受けた人間ならすぐに分かる(笑)

皆さんも Wiki は「かなりいい加減」という認識を持っておいた方がいいですよ.(^^;)

えーっと,kaetzchen さんは何を仰りたいのでしょう?
『 時間および空間上の音をフーリエ変換すると、周波数軸上の信号へと変換できる。これを音のスペクトルと呼び…… 』
というのはかなり不正確な言い方だとは思いますが,
『時間t上の音って,必ずxとかyなんかの平面座標が必要なんだけど』
という部分もよく意味がわかりませんが・・・
すみません(^o^)/

文句は Wiki に言って下さい

アルバイシンの丘さん,こんにちは.私は愚樵さんが飲用していた Wiki の記述をそのまま引用しただけですよ.

時間t上の音という表現は,必ずt軸という時間を示す関数の軸を必要とするという意味です.例えば中学の理科で,台車が走った距離をx,台車が走るのにかかった時間をtとおくと,縦軸にx,横軸にtという2次座標の関数平面ができます.中学や高校の数学ではこれがy,xと表現されてますけど,基本的には同じことです.

そして,音というのは立体つまり横と縦に跳んでいくのです.分かり易く言うと,x方向とy方向の2次平面に音が波の形で泳いでいく訳なんですよ.ところが,音が進むに連れて時間も移動しますから,時間軸のtも必要になって,結局サイコロの各辺が,平面がtとx,縦がyというふうに分かれる立体の3次元関数となってしまうんですよ.

だから,横軸をx,縦軸をy,平面の時間軸をtとするのです.高校数学だとx,y,z軸という表現をしますけどね.こんなもんでお分かりになられたでしょうか.高校段階で3次元の関数に触れる人は少ないでしょうから,最初はとっつきにくいかも知れません.

要するに,Wiki を鵜呑みにするな,という点では,アルバイシンの丘さんも意見が一致していると思いますけど?

kaetzchenさん,どうもこんばんわ.
『文句は Wiki に・・』
Wikiに対しては「かなり不正確な言い方・・」と言ってますよ.
『時間t上の音って,必ずxとかyなんかの平面座標が必要なんだけど』
はkaetzchenさんが仰ったことですよ.
スペクトルの話ではxもyもtも関係のない話ですからね.だから仰る意味がよくわからなかったのです.スペクトルの変化のことですかね.

ここで議論する内容じゃないので

アルバイシンの丘さん,こんにちは.

どうも高校物理が分かっておられないようなので,この議論はこれでストップにしませんか? 知ったかぶりのテクニカルタームを振り回しても,専門家にはすぐに見抜けてしまいます.

取り敢えず,書店にて,受験参考書ですけれど,山本義隆『駿台受験シリーズ 新・物理入門 <物理IB・II>』駿台文庫, 1987 の,第1章・第2章・第4章を立ち読みでも良いですから,精読されて下さい.(光学で言う「スペクトル」は電磁波としての周波数のことです.詳しくは第3章を)

この本では私の書いた内容を;波が+x方向に速さVで伝わるとすると,原点分子(音の本体,大学物理ではスペクトルと表現することもある)の変位のみに着目すれば,一般論で言うとy(0,t)=時刻tでの原点の媒質の変位=f(t) という時間の関数で表現できると書いてあったはずです.

また,これは大学化学で習いますけど,スペクトルは普通,横軸に波長や周波数の平面(2次元空間)をとり,縦軸に電磁波の強さ(所謂z軸,つまり3次元空間)を取って表します.大学1年か2年で MNR などのスペクトル解析を習うときに理屈も一緒に習うはずで,アルバイシンさんの理屈が矛盾していることがこれで証明された訳です.決してケンカを売ってる訳ではなく,さまき隊のような非科学的なことを書かないで下さいと言ってるだけですので,あしからずご了承下さい.

# 彼は予備校教員としてより物理学史家で有名なんですけどね(笑)

まあやめときましょうね

kaetzchenさんのいうスペクトルと私の言うスペクトルが違っているだけですもんね.(^o^)/

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