愚慫空論

『サピエンス全史』その10~認知的不協和の最適解

『その9』はこちら (^o^)っ リンク

 


最強の征服者 貨幣

貨幣がなぜ最強の征服者となったのか
端的に答えるなら

 経済的な認知的不協和における最適解

だからです

「経済」とは今日的には「貨幣の運動」を指しますが
それは貨幣経済が普遍化した結果からもたらされた歴史的現象です

本来的に「経済」は「暮らし」とほぼ同義といってよい
かつての日本の共同体の「暮らし」の中には
 仕事
 稼ぎ
2つの営為がありました
 「仕事」の場を「生活空間」
 「稼ぎ」の場を「システム」
というふうにも言うことができます
ハーバマスなどは
 「生活空間」を「自由の王国」
 「システム」を「必然の王国」
と言ったらしいですが 後者はともかく前者には違和感を持ちます

「自由」を「認知的不協和放置の状態」とするなら なるほどその通りだとは思います
違和感を持つのは
ここには「解」という言語的発想へのとらわれがあるような印象を持つから
「言語的発想への囚われ」という言葉が言語の限界を示すような言葉ですが


〔ヒト〕に備わる認知的不協和の解決法は2つあります

 言語的解決法
 身体的解決法

認知革命以前のサピエンスは おそらく後者しか持ち合わせいませんでした
身体的解決法には「解」などというものはありません
それは感覚的なものであり動物的なものですから
そもそもが 言葉にならないの

たとえ言葉にならなくても 「解」はなくても不調和の解決法はある
解決法がある限り 解決を導く法則もある
法則があるなら 制約もある
身体的・自然的制約です
そららの制約に基づいて不調和が解決されることを ぼくは

 自在

というふうに呼ぶことにしています




前置きが長くなってしまいました

歴史とは 偶然の積み重ねが必然へと成長していく物語のことです
その歴史が表しているのは 人類が統一へと進む大きな流れ
認知的不協和を言語的に解決するために生み出した虚構によって
人類は統一の方向へと歩みを進めています

人類が統一へと向かう3つの経路

 貨幣
 帝国
 宗教

このなかで貨幣が最強であるのは
貨幣がサピエンスの経済分野 すなわち「暮らし」の支配者だからです

帝国は「現実」を秩序づけます
宗教は「虚構」を秩序づけます

帝国や宗教がいかに秩序づけようとも
サピエンスが生活する 「暮らす」という現象なしには
いかに秩序があろうとも 秩序そのものが成立しません

貨幣は秩序を成立させる基盤を秩序づける

もってまわったような言い方ですが
このことが貨幣が最強であることの理由です


歴史はその傍証を提供してくれます

西暦で12世紀
十字軍と呼ばれる現象が出現していたころの話です

キリスト教徒が徐々に優位に立つにつれ、彼らはモスクを破壊して教会を建設するだけでなく、十字架の印の入った新しい金貨や銀貨を発行し、異教徒との戦闘での力添えを神に感謝することでも、勝利を祝した。だが、勝者は新しい硬貨だけではなく、ミラーレという別の種類の硬貨も鋳造した。この硬貨は、いくぶん違ったメッセージを伝えるものだった。キリスト教徒の征服者たちが造ったこの四角い硬貨には、流麗なアラビア文字で次のように宣言されていた。「アッラーの他に神はなし。ムハンマドはアッラーの使徒なり」。メルグイユやアグドのカトリックの司祭さえものが、広く流通しているイスラム教徒の硬貨の忠実な複製を発行し、敬虔なキリスト教徒たちも喜んでそれを使った。

寛容性の反対側の陣営でも盛んに発揮された。北アフリカの意すら見無教徒の貿易商人たちは、フィレンツェの風呂林金貨やヴェネツィアのダカット金貨、ナポリのジリアート銀貨のような、キリスト教徒の硬貨を使って商いをした。異端者であるキリスト教徒に対する聖戦を呼びかけるイスラム教徒の支配者たちまでもが、キリスト教や聖母の加護を祈願する硬貨で、喜んで税を受け取った。



宗教よりも貨幣が強い!

イエスは「皇帝のものは皇帝のもとへ 神のものは神のものへ」
と言ったそうですが この現実を前には 戯言に聞こえてしまいます


1519年、エルナン・コルテス率いる征服者(コンキスタドール)が、それまで孤立していた人間世界の一つであるメキシコの侵入した。アステカ族(現地に住んでいた人々は自らをそう呼んでいた)は、このよそ者たちが、ある黄色い金属に途方もない関心を示すことにたちまち気づいた。実際、彼らは飽くことなくその金属について話し続けるようだった。原住民たちは、金と馴染みがなかったわけではない。金は美しくて加工しやすいので、それを使って装身具や彫像を作っており、交易の媒体として砂金を使うこともあった。だがアステカ族が何かを買いたいときには、たいていカカオ豆か布で支払いをした。したがって、スペイン人が金に執着するのは不思議に思えた。食べることも飲むことも織ることもできず、柔らかすぎて道具や武器にも使えないこの金属が、どうしてそれほど重要なのか? なぜスペイン人はそれほど金に愛着を持つのかと原住民がコルテスに尋ねると、彼はこう答えた。「なぜなら、私も仲間も心臓の病のかかっており、金でしか治せないからだ」



本当にコルテスがこのような発言をしたのであれば
彼には「征服者」の他に「詩人」という称号も与える必要があります


スペイン人とアステカ人の認知的不調和が示すのは
貨幣が金である必然性はなかったということです

アステカ人の社会にも貨幣は存在した
が それは金ではなかった
だから スペイン人の金への愛着に素朴な疑問を持った
素朴な疑問が コルテスから詩的な回答を引き出した


現代社会で経済活動に勤しむわたしたちは 貨幣が虚構であることを知っています

タカラガイの貝殻もドルも私たちが共有する想像のなかでしか価値を持っていない。その価値は、貝殻や紙の化学構造や色、形には本来備わっていない。つまり、貨幣は物理的現実ではなく、心理的概念なのだ。貨幣は物質を心に転換することで機能する。



現代社会において流通する貨幣の大半は もはやデータでしかありません
貨幣が物質的な装いを無くしてもまだ実存し続けるのは
貨幣が心理的概念 すなわち 虚構 だからです


上での「知っている」としたのには理由があります
すなわち「識ってはいない」ということです

わたしたちは まだ虚構に対応する体系的な方法を知りません
個人的技法として それを体得した者はいるでしょう

虚構まみれの〔人間〕でありながら虚構の呪縛から免れる
これには非常に高度な技法を要します
おそらくは 生来的にそうしたセンスに恵まれた〔ヒト〕にしか為しえない技です

だとすれば そんなことに不協和の解決を求めるのは合理的ではない――

つまり わたしたちはまだ 十分に合理的な存在になりきれていない
虚構がルサンチマンを生み
ルサンチマンが虚構を崩壊させつつある兆候が見えるのに
崩壊を収束させる手順書を未だ手にしていないがために
手探りのシビア・アクシデントとして対処するしかありません

地球生態系を絶滅させうる核兵器を手にしている一方で――




歴史にはスペイン人とアステカ人の認知的不協和が
どのようなどのような解決を辿ったのかが記述されています
それは“詩人”コルテスのもうひとつの称号
すなわち「征服者」という言葉から明らかでしょう

帝国的に不協和を解決したのです


「征服者」という称号は 今日は汚名になってしまっています
が コルテスやピサロのそのようなレッテルを貼って済ますのは
安易な事実の把握方法です

コルテスに続いたピサロはともかく
コルテスは 少なくとも最初は 自らは「探検家」のつもりだったと言います

「探検家」コルテスが「征服者」に変貌したのには背景があります

国や文化の境を超えた単一の貨幣圏が出現したことで、アフロ・ユーラシア大陸と、最終的には全世界が単一の経済・政治圏となる基礎が固まった。人々は互いに理解不能の言語を話し、異なる規則に従い、別個の神を崇拝し続けたが、誰もが金と銀、金貨と銀貨を信頼した。この共有信念抜きでは、グローバルな交易ネットワークの実現は事実上不可能だったろう。16世紀のコンキスタドールたちがアメリカ大陸で発見した金銀のおかげで、ヨーロッパの貿易商人は東アジアで絹や磁器、香料を買うことが可能になり、それによってヨーロッパと東アジアの両方で経済を成長させた。メキシコとアンデス山脈で掘り出された金銀のほとんどは、ヨーロッパ人の指の間を擦り抜けて、中国の絹と磁器の製造者の懐に納まった。コルテスとのその仲間たちが冒されていた「心臓の病」に中国人たちもかかっていなかったら、そして、彼らが金銀で支払いを受けるのを拒んでいたら、グローバル経済はどうなっていただろう?



その背景とは端的に 「中国人たちも「心臓の病」にかかっていた」 ことです

「心臓の病」がなければ コルテスは「征服者」になりはしなかった
だけれども その病が蔓延した社会がなければ
コルテスはそもそも「探検家」たり得ませんでした



アメリカ大陸の金銀が欧州と東アジアの両方の経済を成長させた

この歴史的現象は非常に重要です

この影響は経済史的なものに留まりません
この現象こそが後におこる「科学革命」の震源だからです


科学革命に触れるのは もう少し先のことになりますが

『その11』へと続きます


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