愚慫空論

完熟堆肥



若干汚い話になりますが ご容赦願います


「絶望」について考えています

「嫉妬」と「自己愛」

どちらも「絶望」のバリエーションなんだと思っています

ぼくにとっての「絶望」のイメージは腐敗臭だ――

そんなことを考えながら 思い出していたことがあります
馬たちとかかわる生活をしていた時のことです


馬のような大型動物を飼うというのは 糞尿と闘いという側面を大きく持ちます

彼らは一日に体重の2~3パーセントの飼料を食べます
体重500㎏だとすると 10~15㎏ということになります
ただしこれは乾燥重量です
乾燥飼料を与えるのは人間の都合ですから
自然状態では乾燥重量のほぼ10倍の植物を食べる

馬は長い消化管を持っていますが
牛のように反芻はしないため 消化効率はあまりよくありません
ということは 500㎏の馬一頭で1日に100~150㎏の馬糞が出るという計算

絶望的でしょ? (^_^;)


馬糞はまだ80%くらいは植物です
形は残っていませんが 内容はまだ植物
なので 農作物の緑肥にすることができる

といって そのままでは作物にはよくありません
良質の肥料にするには 発酵させてやる必要がある
十分に発酵させた家畜の糞が 完熟堆肥 です

馬糞の完熟堆肥はバラを育てるのにいいとかで
割に高値で売られていたりします


ということで 完熟堆肥を作ろうと思っていました
まあ 誰もが考えることです
でも 大変です
重労働です

発酵させるにはある程度の量が必要ですが それは容易です
なにせ 一頭で一日100㎏とかなんだから
量がまとまると発酵熱が溜まって 繊維質の分解がよく進む
作物に都合のよくない雑菌なども死滅します

発酵を進めるのにもうひとつ必要なのは酸素 空気です
酸素がないと嫌気発酵が起きて いわゆる腐敗になってしまう
そうなると 腐臭がひどいわけです

まとまった量を好気発酵させるために要求される作業があります
「切り返し」といいますが
要するに 糞の山を掘り返すんです
底になった方には空気が通りませんから
そこを掘り起こして空気を入れてやる
糞の山にまんべんなく空気を入れてやることで 全体を好気発酵させる


これをスコップでやっていました
めげましたけど (^_^;)
ボブキャットのような機械があればよかったんだけど
お金もなくて...

なにが大変かというと 熱なんです
底の方の馬糞は 発酵の準備はできているんです
嫌気発酵は徐々に進んでいますし
そこに空気を入れてやると 一気に好気発酵が進みます
そうすると 発酵熱を出すんです

暑い (>_<)

夏なんて やってられません...
片手間では とてもとても (^_^;)


...というようなことが
「絶望」の腐敗臭だとイメージングしていると出てきたわけです





現代社会は いや
文明社会は 糞の山のようなものである。


近頃省いている読点までつけて 大書してみました (^o^)

糞の山の表面から深さ30cmくらいのところは
発酵熱と空気の出入りのバランスが取れて好気発酵が進む
そのあたりは完熟堆肥ができます

それより浅い部分は熱が足りなくて 堆肥化しない
それよりも深い部分は 嫌気発酵してしまう

好気発酵する部分は 表面積に比例します
嫌気発酵する部分は 体積に比例します
表面積は山の大きさの2乗に比例して増えます
体積は大きさの3乗に比例して増えます

簡単な数学です

つまり 大書した比喩で考えると 文明はサイズが大きくなるほど
嫌気発酵する部分の比率が大きくなる

 『富裕層トップ62人の資産、世界の半分36億人の合計と同じ』

去年の1月20日の記事です
今現在も状況は変わりないでしょう

サイズ/表面積/体積の数学的関係が文明社会にも成立するなら
不思議でも何でもない話です


文明社会が糞の山だとすれば
空気に相当するのは貨幣でしょう
ことに資本主義社会においては


かつて シュンペーターという経済学者は 資本主義の本質を
 
 創造的破壊

と言い当てました
創造的破壊を糞の山に当てはめるなら「切り返し」がそれにあたるでしょう
創造的破壊とは 別の言葉でいえば イノベーションです

 イノベーションが足りない

今日 盛んに叫ばれています
「切り返し」が足りない
だから嫌気発酵が起てしまい 腐敗臭という絶望感が漂う――


一部の経済学者はイノベーション不足から原発の必要性を強調したりもします
創造的破壊にもほどがあると ぼくなどは思いますが


なぜイノベーションが足らなくなったのか。
それは〔虚構〕の歴史を読み解いていけば判明します
判明すると ぼくは考えています

資本主義文明社会という「糞の山」において空気に相当するのは貨幣です
そして貨幣こそは〔虚構〕の極点

正確には「一方の極点」という言い方がいいでしょう
もう一方は 神 だと思っています




馬糞の山と対峙していた頃 調べてみたことがあります
他はどうしているのだろう?
効率的な方法はないものか?

検索の得意な友人が教えてくれました

JRAの厩舎あたりではエア・コンプレッサーを使っているらしい と

 山に管を差し コンプレッサーで強制的に給気をしてやる

それがうまく行くなら機械力で「切り返し」をするよりも効率的でしょう


テクノロジーの進化は新たな方法を開発します
コンプレッサーがなければ「切り返し」をするしかありません
機械がなければ人力でやるしかない

人力より機械が 機械よりコンプレッサーが効率的なのは明白です


これも喩えてみると 機械で切り返しを行う〔システム〕は「帝国」に相当するでしょう
では コンプレッサーでの給気にたとえられる〔システム〕は?

ベーシックインカムが思い浮かびます

何らかの方法で 糞の山全体を完熟堆肥にすることができれば
文明社会は豊かなものになるでしょう




「絶望」は〔虚構〕ではありません
具体的な身体からただよう「体臭」のようなものだと思っています
〔人間〕という生き物は
 肉体的には物理的食物を食しますが
 精神的はコミュニケーションという飼料が必要であるようです

コミュニケーションは身体的なものです
肉体的でもあり かつ 精神的でもある

〔ヒト〕は身体的(肉体的)メッセージを発します
〔人間〕は 主に言語を介して 精神的メッセージを発します
〔社会〕の規模の増大と比例して 精神的メッセージ比重が増え
精神的メッセージは〔虚構(言語現象世界秩序)〕に左右される比重が増える

〔ヒト〕は食物を絶たれると死にますが
〔人間〕はコミュニケーションを絶たれると「死に至る病」にかかる

もちろん〔ヒト〕と〔人間〕は同一の存在であり
肉体と精神は 同一の存在の異なる側面でしかありません
心身はつながっている というより ひとつです


〔人間〕がコミュニケーション欠乏で絶望に至るのなら
コミュニケーションを十分に供給してやればよい
〔虚構〕がコミュニケーションのあり方を左右するなら
コミュニケーションが偏在しないように 〔虚構〕をデザインすればよい

コンプレッサーを使った完熟堆肥製造法から類推するのは こんなようなことです
いえ 逆です
「こんなようなこと」が先にあって 完熟堆肥製造法を当てはめた
でも 順序はどちらでもいいでしょう

どちらも カギはテクノロジーだと思っています
従来の〔虚構〕の呪縛から免れたテクノロジーの使用法が発見されれば

ドラッカーが指摘したのは 
 イノベーションとは 新しい技術を開発することではなく
 新しい技術の使用法を発見することだと いうことです
新しい技術使用法が普及すれば 〔虚構〕は再構築されることになります

身近な例では携帯電話がそうです
20年前は携帯電話は普及率はわずかでした
それでも 私たちは不都合なくコミュニケーションを行っていた
有線電話がないころでも コミュニケーションに不都合はさほどなかった

電話という技術の使用法が普及するにつれて
〔虚構〕が再構築された結果 私たちは
携帯電話なしではコミュニケーション不全を感じるような身体になってしまった

〔虚構〕は案外容易に改変できますが 改変が難しい虚構もある
難しいのには その理由もあるのです



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