愚慫空論

『けものフレンズ』

とても気持ちがいいということで
話題になっているということなので観てみました
とりあえず 第5話まで

ここのところ 気が滅入る文章が続いていますし...



すこぶる上機嫌な作品です
根っこから上機嫌
ゆえに 子どもっぽい

「ゆえに」というのは正しくないか

上機嫌さを際立たせるには 
 子どもと
 動物が
素材としては適切 ということなんでしょう

なぜそうなのかはわかりません
そんなふうに感じるように〔ヒト〕という生物はできている
おそらく

自然現象世界秩序 です

ということで 『けものフレンズ』 についての話は終わり




いえ
せっかくですから もう少し話をつづけましょうか



先日取り上げてみましたが 再度

ダイジェスト版には出てこないのですが 
この対談の中で宮台さんは

 居場所 それも自然環境やそこに生きる生き物たち
  地域、地域の人々、家、家族、身の回りの雑貨・・
 そういうもろもろを含めた「場」に僕らは埋め込まれていて
 それが自分を自分たらしめているんだ


といった発言をします
この発言は



について語ったものなんですけど
「自分を自分たらしめているもの こと」が伝わってくる映画
それが 『この世界の片隅に』 

「自分を自分たらしめる」原理が伝わってくるということでは
『けものフレンズ』も同じです

ただ その伝え方は少々あざといものですが


『けものフレンズ』の主人公は “かばん”という名の女の子です
もちろん“かばん”は正式名称ではなくて 暫定ネーム
アニメの流儀に則ったと言えばいいか
そういう名前の付け方が為される

要するに 主人公は記憶喪失状態なわけです

記憶喪失ということが示すのは 
 「場」に埋め込まれていないということ

「場」に埋め込まれていない者
ヤノマミの言葉でいうと 「ナプ」でしょう

「ナプ」なんだけど 始めから「敵」ではない
「敵」といったような存在は想定外――といった設定の作品
それが『けものフレンズ』です

そのことをよく表しているのが OP です

 はじめまして
 きみをもっと知りたいな


と上機嫌に歌われています

 あなたは「ナプ」のようだけど
 私たちはあなたを私たちの「場」に埋め込みたい

意訳すると こんな感じでしょうか


『けものフレンズ』 の中の“かばん”の行動は 一見すると「自分探し」です
図書館と呼ばれる場所に行くと 自分が何者なのか知ることができるらしい
それで旅をする

「物語」のよくあるパターン

だけど『けものフレンズ』はちょっと違います
その旅は 「場」に埋め込まれていく道程として描かれています


「場」に埋め込むと行為を不機嫌になすことは不可能です
というより 

 「場」に埋め込む・埋め込まれている    = 上機嫌
 「場」から排除する・埋め込まれていない = 不機嫌


とただちに等号で結んでしまっても なんら不自然に感じないくらいに「等価」です

『けものフレンズ』は ある意味で 
この「等号」を『この世界の片隅に』以上に際立って表現していると言えます

それは逆に言えば あざとい
意識的に つまり 架空の物語の「設定」として
不自然な形で 「等号」 を提示しているわけですから


『けものフレンズ』の物語はこの先
不自然な「等号」提示のカラクリ暴露へと進行していくのだろうと予想します
おそらくそこには 悲しく不機嫌にならざるをえない「現実」がある...

予想も何も 原作があるのだから ネットで調べてみればわかるのでしょうけどね

今後のストーリーの展開しだいでは 『その2』を書くかもしれません



で というわけで(?)

 上機嫌
 不機嫌


は ぼくの「キーワード」へ登録することにします

「上機嫌」は基本 開放系なので 記号を付記するなら〈上機嫌〉
「不機嫌」は 閉鎖系でしょうから 【不機嫌】



純粋に上機嫌 つまり 子どもっぽいということで 湧き上がってくるのは




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