愚慫空論

「ニューロティピカル」と「エイティピカル」

20170217ニューロティピカル1

このタイトルが適切かどうかは 正直 疑問です
疑問ですが 今のところ 他に適切な言葉が思い浮かばなくて
ご容赦ください

ここで語りたいのは 前々回 前回 で取り上げた

 >言語現象世界秩序

すなわち

 〔システム〕

についてです

一応 「ニューロティピカル」の定義を挙げておきます

定型発達(ていけいはったつ、ニューロティピカル、英:Neurotypical, NT)は、自閉コミュニティにおいて造り出された用語で、自閉症スペクトラムに当てはまらない人々を指し示す。

いわゆる健常者の発達のこと。

定型発達の人々は、(行動学上)大多数の人が「普通」とみなす神経学上の発達をとげており、特に言語情報やソーシャル・キュー(社会的合図)を処理できる能力をもつ。


〔システム〕が滞りなく運営されるには

 ・言語情報
 ・ソーシャル・キュー(社会的合図)

が共有される必要があることは 言うまでもないでしょう

たとえば 大多数の者が“イヌ”と呼ぶ動物を
大多数の者が“ネコ”と呼ぶ動物だと思っていた者がいたとします
当然 話は通じません

日本語と英語で考えてもいいでしょう
日本語話者が“イヌ”と呼ぶ動物を
英語話者は“dog”と呼ぶ

いずれも 言語情報が異なる ということです

この程度の単純な差異ならば 
 思い違いを正す(多数の思い込みの方に少数者が合わせる)
 翻訳をする
といったことで解決できます

ですが
そうした言語情報の総体からできあがっている言語現象秩序が異なるとなると
解決は簡単ではないでしょう

言語現象世界秩序の観点から「ニューロティピカル」を定義すると 次のようになるでしょう

 同じ言語をコミュニケーションする集団の中で
 ほぼ共通した言語現象世界秩序を共有する者たち

対して「エイティピカル」は

 同じ言語をコミュニケーションする集団の中で
 大多数の者とは異なった言語現象世界秩序を持つ者


そのように定義をし直した上で
ニューロティピカル/エイティピカルの差異が生まれる機序について
アナロジカルに語ってみたいと思います




またしてもクラドニプレートです

同じ〔ヒト〕であっても棲息環境が異なれば
言語現象世界秩序は異なったものになる

これは前々回に述べました
たとえば
 主に大ブリテン島と生成した英語という言語と
 主に日本という島々で生成した日本語という言語が
互いに異なる ということです

このことをクラドニプレートの構成要素に即して考えてみます
クラドニプレートは 3つの要素で構成されています

 ・振動を与える装置
 ・振動する膜
 ・振動を可視化する「触媒」

話を単純化するために ここでは振動装置は同一と見なします
クラドニプレートにとって振動装置とは動力源であり
生命の源 です

「膜」に相当するのは ここでは〔ヒト〕の言語機能を司る
大脳 だと考えておけば良いでしょう

「触媒」に相当するのは 環境から入力されてくる情報です
日本と大ブリテン島では 〔ヒト〕が受け取る環境情報が異なる
言語を成立させるに至った「偶然」も異なる

「触媒」が異なれば「膜」の上に出現する幾何学的模様もまた異なったものになる
幾何学的模様とは言語現象世界秩序です

「触媒」のちがいの他にもうひとつ 幾何学的模様の差異を生む要因があります
「膜」です

「触媒」が同じであっても
「膜」の質が異なれば
描かれる幾何学的模様は異なったものになる
言語現象世界秩序は異なったものになる

「膜」の質の違いで生まれた言語現象世界秩序の差異
これが
 ・ニューロティピカル
 ・エイティピカル
の違い(だという仮説)です


「触媒」の違いも
「膜」の違いも
どちらも異なる言語現象世界秩序を生み出します

「触媒」の違いから生まれる言語現象世界秩序の違いは
〔システム〕の違いとして認識される
〔システム〕が異なると コミュニケーションが難しくなりますから
そこに諍いが起こる

この「諍い」が戦争のもとであることは言うまでもないでしょう


「膜」の違いから生じる秩序の違いが生み出すの様相は異なります

喩えるなら  〔システム〕を「OS」だとすると
エイティピカルの言語現象世界秩序は 「OS」に適応しない「アプリ」です
「アプリ」はそれ自体 完成したものであっても
「OS」と整合しないので 「バグ」があると見なされる

「バグ」 すなわち 「障碍」です



大切なのはここからです

〔人間〕の考え方では 重要度が高いのは

 「OS」 > 「アプリ」

になります
そう考えるから 「OS」に合わない「アプリ」は「バグ」だと見なされる
「OS」のほうに「バグ」があるとは考えないのが
〔人間〕というよりも ニューロティピカルの考え方です

ですが 〔ヒト〕を構成する生命の原理からすると 
この考え方は転倒しています

前回記したように
ニューロティピカルもエイティピカルも 同じく〈フラクタル〉です
大きな〈円環〉の世界の片隅に たまたま そのように出現したにすぎない存在です

生命現象を生む〈円環〉の中で たまたま〔ヒト〕に生まれ
〔ヒト〕を生む〈円環〕のなかで 
 たまたまニューロティピカルに
 たまたまエイティピカルに
生まれただけ

そうした〈円環〉に遡って考えるならば

  「OS」 < 「アプリ」

でなければおかしい
「アプリ」は 〔ヒト〕が〔ヒト〕である次元
〔人間〕がどうこうするべきではない次元の問題
すなわち 自然現象世界の問題

一方、「OS」は 言語現象世界の問題
〔人間〕がどうこうするべき次元の問題です

〔人間〕がどうこうするべきではない次元の問題と
〔人間〕がどうこうするべき次元の問題とが 転倒してしまいます


この「転倒」を告発するのが




「転倒」は【逆接】です
〔システム〕が【システム】になってしまいます。

人類に【逆接】が生じた歴史上の出来事があります

では、それは誰の責任だったのか? 王のせいでもなければ、聖職者や商人のせいでもない。犯人は、小麦、稲、ジャガイモなどの、一握りの植物群だった。ホモ・サピエンスがそれらを栽培化したのではなく、逆にホモ・サピエンスがそれらに家畜化されたのだ。



 


今や【システム】は 誕生時よりもずっと巨大化してしまっています
巨大化につれ その言語現象世界秩序は より
 単純に
 厳密に
なってしまっています

その現実を指摘しているのが 



単純で厳密になってしまった【システム】は
ニューロティピカルですら疎外するようになってしまっています

この本は あくまで「指摘」にとどまっています
「告発」にまで至らない
ニューロティピカルだからです

 「OS」 > 「アプリ」

だからです

サピエンスの集合的な力の劇的な増加と、表向きの成功が、個人の多大な苦しみと密接につながっていることを、私たちは今後の章で繰り返し目にすることになるだろう。



というわけで 当記事も
『サピエンス全史』シリーズ『その6』へと続きます



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