愚慫空論

『サピエンス全史』その3~虚構の効用


『その2』はコチラ


 


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言葉を使って想像上の現実を生み出す能力のおかげで、大勢の見知らぬものとどうしが効果的に協力できるようになった。だが、その恩恵はそれにとどまらなかった。人間どうしの大規模な協力は神話に基づいているので、人々の協力の仕方は、その神話を変えること、つまり別の物語を語ることによって、変更可能なのだ。適切な条件の下では、神話はあっという間に現実を変えることができる。たとえば、1789年にフランスの人々は、ほぼ一夜にして、公言神授説の神話を信じるのをやめ、国民主権の神話を信じ始めた。



〔虚構〕の効用は2つ。

 1.大勢の見知らぬ者どうしが効果的に協力できる。
 2.虚構構造を変更することで、協力の仕方を変更することができる。

引用ではフランスの例を引いていますが、日本でも似たようなことがありました。
明治維新です。

徳川幕府による大政奉還の後、朝廷は「五箇条の御誓文」を発布し、
日本という虚構構造(神話)を一変させてしまいました。
協力のしかたが変わったわけです。

徳川幕府時代においては、徳川家康は「神」でした。
「神君家康公」と呼ばれた。
さらには「天照」の向こうを張って「東照」大権現と呼ばれた。

「東照」を中心とした協力態勢が、あっという間に「天照」中心に戻ってしまったのが
明治の維新でした。

「天照」が中心に戻るにあたって、興味深い儀式が為されていました。
讃岐にあった白峯神宮が京都に遷座された。

讃岐院と言えば、崇徳院です。
「魔王」と呼ばれていたお方です。

日本が「東照」中心になったのは、
 武家の神話によると、それだけの功績があったから。
 公家の神話によると、魔王に祟られたから。

江戸時代は前者が優勢でした。
それが維新で後者優勢にひっくり返った。

ひっくり返るにあたって、公家たちは、自分たちを祟っていた讃岐院を赦した。
それが白峯神宮の京都遷座です。
そういう「儀式」をまず執り行なった。
五箇条の御誓文発布は、その次。

面白いと思いませんか?


たとえば、1900年に生まれ、100歳の天寿を全うしたベルリンの女性を想像してほしい。彼女は子供時代をウィルヘルム2世のホーエンツォレルン帝国で過ごし、成人してからはワイマール共和国、ナチスの第三帝国、共産主義の東ドイツで暮らし、再統一された民主主義のドイツの市民として生涯を終えた。彼女は、DNAが少しも変わらなかったにもかかわらず、5つのまったく異なる社会政治的体制を経験できたのだ。



たとえば、安政6年(1860年)に生まれ、100歳の天寿を全うした江戸の男性を想像してみましょう。
彼は幼少時代を徳川家茂の徳川治世の時代で過ごし
 物心がついたころに時代は明治へと変わった。
明治期の発展、大正期の成熟を体験し、昭和の破滅も経験した。
GHQによる占領期も経験し、日本の再独立を目の当たりにしてからこの世を去った。

この人生の間に、どれほどの神話の変更を体験したか。
ベルリンの女性には及ばないかも知れないけど、
 大きなところだけでも、明治維新、太平洋戦争敗戦の2回。

神話なんて、条件さえ整えば、簡単に替わる。
それこそがサピエンスが認知革命によって獲得した能力です。

これこそサピエンスの成功の鍵だった。一対一で喧嘩したら、ネアンデルタール人はおそらくサピエンスを打ち負かしただろう。だが、何百人という規模の争いになったら、ネアンデルタール人にはまったく勝ち目がなかったはずだ。彼らはライオンの居場所についての情報は共有できたが、部族の精霊についての物語を語ったり、改訂したりすることは、おそらくできなかった。彼らは虚構を創造する能力を持たなかったので、大人数が効果的に協力できず、急速に変化していく問題に社会的行動を適応させることができなかった。



人類は社会的な生き物です。
デフォルトで、すなわち〔虚構〕の助力なしでも社会を作る。
ただし限界はあって、その大きさは成員150人くらいが限界らしい。
デフォルト以上の「大きな社会」を作るには、〔虚構〕の助けなしには不可能です。

そして〔虚構〕の助けを得ることができるのはサピエンスだけです。

人類の特徴は大きな脳です。ことに大脳が発達している。
大脳の大きさに社会の大きさは比例するようです。

ネアンデルタール人はサピエンスよりも大きな脳を持っていたらしい。
体躯もサピエンスよりも頑丈であったらしい。

そのネアンデルタール人がサピエンスに生存競争で負けた。
サピエンスに負けたのはネアンデルタール人だけではない。
生態学的ニッチが重なる他の大型哺乳類等も、負けた。
しかも、彼らが消えた時期とサピエンスの進出時期が一致している。

これら事実の意味することを、認知革命後のサピエンスなら理解できるはずです。



紹介の順序を間違えてしまいました。

〔虚構〕の効用の第一は交易です。
国家・帝国といった虚構構造の登場は、農業革命以降の話。

交易は、虚構の基盤を必要としない、とても実際的な活動に見える。ところが、交易を行う動物は、じつはサピエンス以外にはなく、詳しい証拠が得られているサピエンスの交易ネットワークはすべて虚構に基づいていた。交易は信頼抜きには存在しえない。だが、赤の他人を信頼するのは非常に難しい。今日のグローバルな交易ネットワークは、ドルや連邦準備銀行、企業を象徴するトレードマークといった虚構の存在物に対する信頼に基づいている。部族社会で見知らぬ人どうしが交易しようと思ったときは、共通の神や神話的な祖先、トーテムの動物に呼びかける。



原初的な形の交易としては「クラ」が有名です。

クラ(Kula)は、パプア・ニューギニアのトロブリアンド諸島、ルイジアード諸島、ウッドラーク島、ダントルカストー諸島などの民族によって行われる交易である。クラ交易とも表記する。

クラは人類学者のブロニスワフ・マリノフスキによって詳細に研究され、彼が『西太平洋の遠洋航海者』という著作を発表して以来、多くの研究者の注目を集めている。マリノフスキは、クラに用いられるヴァイグアをトロフィーにたとえて論じた。マルセル・モースは、『贈与論』で贈与と交換の体系からクラを研究した。カール・ポランニーは、『人間の経済』でクラを互酬関係の1つとして論じた。



交易は認知革命の最初で最大の成果です。
すなわち〔虚構〕の効用の最初で最大のもの。
そして、交易においては、国家・帝国におけるものほど
 「神話の変更」が頻繁に行われていない。

国家・帝国における「神話の変更」を語ること、想像することは、さほど難しくない。
上で取り上げたように、100年生きた人を想像してみればいい。

ところが交易における虚構構造の変更を想像するのは難しい。
難しいという事実が示すのは
 交易という営為を支える〔虚構〕の作用が

  よりサピエンスの深層に及んでいる

と考えることができるということです。


ここから先は「第3部の統一」での話になります。

『その4』へ続きます。



コメント

ということで読み始めました。おはようございます。
1部認知革命まで読み終わったところで、空論の「サピエンス全史」の項を序から読んでいます(笑)
空論のエントリーはやはり、原書(といっても日本語のサピエンス全史ですがw)を読まないと解らないです。逆に原書を読んでからエントリーを読むとスイスイ入ってくる。
ところで、この本ヤバイですね。タメイキです。
少なくともワタシには。
何もかもがリセットされます。
ここ最近読んだ本でさえ、「サピエンス全史」を読んでからだと違った世界に見えるに違いありません。世の中で騒がれているアレヤコレヤが軽薄で愚かしく感じてしまいます。世の中なんて【虚構】で【物語】で溢れてるんだぁ、ってね。もちろん、効用もあるでしょうが。さて、その効用がよかったのか悪かったのか、、、〈虚構〉で〈物語〉というロジックであったとしても、一旦俯瞰したくなります。とこうして、やりとりしているのも虚構の効用のおかげなのですが、、^^

なんだかなぁ、小学生、中学生の頃の教科書、石器時代や弥生時代の直線的で薄っぺらな記述。笑えてきます。そこの核心「認知革命」を知らずして、近代史ばかりを教えるから根源から連なる【物語】に気づかないのでしょう。ってな考察はおまかせします。壮大すぎて自分のとこ「戯言」では書けそうにありません。

それにしても、いまどきの「認知症」って言葉はなんなんだろう。裏返しの皮肉なのだろうか、爆!!


毒多さん おはようございます

そうですか 読み始めてしまいましたか (^o^)
そうですか ぼくの文章は原書を読まないとわかりませんか (^_^;)

いえ まあ それは想定内のことですけど

本書は ほんと いろいろヤバイです
著者のユヴァル・ノア・ハラリさんはニューロティピカルではないです たぶんww


是非とも『戯れ言』でも扱ってみて欲しいと思います
記述内容に踏み込むかどうかはともかく
毒多さんの内部に変化が生じるなら 是非とも「表出」していただきたい

風景が変わってみえるというのは 書き留めておかないと
いずれ変わってしまった風景のほうがデフォになるので
以前の風景がわからなくなるんですよね

「今 見えている風景」もまた それはそれで貴重なものですから

>それにしても、いまどきの「認知症」って

あはは ぼくが「ニューロティピカル」「健全な障害者」と皮肉を言いたくなるのが理解していただけると思います(^o^)

それにしても、シリーズ続きを書かないと。

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