愚慫空論

コメント欄の整理

先日のエントリー『逝きし世の面影』を巡って、ほんの少しコメント欄が紛糾しました。当ブログ常連の布引洋さんのコメントの一部にwakuwaku44さんが異議を唱えたことから始まったんですが...

興味のない方は、スルーしてください。


最初の布引さんのコメント、その1

滅びさった(失われた)美しく儚い文明

遠くアンデス山脈の高地や,ユカタン半島の密林に分け入らなくとも150年前には、ここ日本の地にも、今では滅びて跡形さえないが(美しく優しげな)高度に発達した文明が(西洋人に知られること無く)繁栄していた時代があった。

uxemburgさんは、その世界的にも特異な文明を跡形なく破壊し尽くした薩長軍事政権を強く批判していますが、私は破壊の元凶、最大の戦犯はアメリカやイギリス、フランス等の列強である事実を指摘したい。
この本でも徳川政権中枢のことは其れほど良くは書いてありませんが彼等がアヘン戦争(終結1842年)の教訓を決して忘れずペリー来航時(1853年)に賢く振る舞い、最大限自重して決して彼ら(英米仏等)に対日戦争の口実を与えなかった。

反対に薩摩も長州も攘夷に凝り固まりマトモな外交感覚はまったく無く、外国船に砲撃するなどの挑発行為の数々。その後始末は徳川政権が肩代わりして丸く穏便に治める。(失われた儚い文明の最大の特徴は、「戦争に勝つこと」ではなく、いかに戦争を避けるか、いかに争わないで事を収めるか、だった)
鳥羽伏見の勝利後も土佐藩兵がフランス軍艦水兵に対して堺事件を起こすなど攘夷で凝り固まっていた。江戸(東京)や大阪が焼き払われなかったのは奇跡に近い、植民地を免れたのは、徳川政権の傍から見れば腰抜けにも見えるほどの穏便路線の賜物。

この新たに成立した薩長軍事独裁政権には攘夷以外のマトモな外交戦略も人材も、元々無かった。
攘夷を棚上げした後は『強いものにつく』という卑屈な、対米英従属外交を行う知性しかない。(攘夷か従属かの二者択一)
対外従属ではない、日本独自の自主外交を行ったのは敗戦までの15年間だけ。しかし自主外交は大失敗に終わり日本は焼け野原となってしまった。
自主外交に懲りて以後は、その時代の世界帝国に骨の髄まで従属するという、現在の『日米同盟』と相成ったわけです。(先祖がえりですね)
護憲派だけではなく、『作る会』の連中とか、ネットウヨの若者とかに、是非とも読ませたい本ですね。

これに対するwakuwakuさんのコメント、その2

布引洋さんへ

>対外従属ではない、日本独自の自主外交を行ったのは敗戦までの15年間だけ。

サンフランシスコ平和条約締結のときの、吉田茂の動きは、まさに「自主外交」そのものです。なぜ、同時に日米安保条約を締結したのか、ということです。

1.財政負担を重視し、早期講和を求めた国務省と、中ソへの備えのために講和を延期したい国防総省の対立に楔を打ち込むことで、双方の利害を一致させ、講和への「口実」を作った。
2.日本の再軍備と軍事貢献を求めるダレスに対して、東南アジアやオセアニア等の対日警戒と、国内経済に対する負担を阻止しつつ、日本の安全保障を確保するという「虫のいい話」を実現するために、米軍の日本駐留を認め、日本の軍備は「徐々に増やす」ということで「ごまかし」、海外派兵は「できません」という「口実」を作った。
3.日本の軍国主義復活を警戒していた諸国は、「講和後も、日本に連合軍を駐留させる(ビンのふた論)」ことを強く求めていたが、これを「米軍が駐留する」ということで事実上実現した形にした。
4.3の形態の目的は、軍国主義復活のみならず、経済力も上限を設けるということを含んだものであり、これだと「対等な主権国家」ではなくなる。そのため、「対等な主権国家として、日本が『自主的に』米国に駐留を『許可する』という建前」をとることにより、軍事面以外では、国際社会に対して自由度が確保できた。

「対米従属」という謙虚な姿勢をとりつつ、「実質的な果実をとった」ということで、その後の経済発展ができ、日本は世界第二位の大国として君臨することができたのです。


wakuwakuさんの追加コメント、その3

布引洋さんへ2

日本は必ずしも「対米従属外交」でもありません。

その根拠としては「国交」があります。
まず、イランについては、アメリカは大使館人質事件以後、30年近くも国交断絶のままです。日本は「友好国」としてイランに存在しています。ちなみに、イランは「反米親日」です。
キューバも、アメリカは国交断絶のままです。カストロは反米ですが親日であり、キューバ国民の対日感情も良好だそうです。

ベトナムとは、アメリカは1995年に国交を回復しました。ベトナム戦争は1975年に終結ですから、20年も国交を断絶したままです。日本は 1973年に当時の北ベトナムと国交を回復しています。この1973年とは、パリ協定が締結され、米軍が撤退した年ですが、南北のベトナムは分裂したままでした。日本は、パリ協定が結ばれ、米軍の撤退が始まったとき、とっとと北ベトナムと国交を結び、経済援助等を開始しています。

アメリカはイラン攻撃をためらっていますが、これは、フランス、ドイツ、中国、ロシアが強硬に反対していることに加え、日本とイギリスが難色を示しているということが理由です。ちなみに、日本はアメリカにイランを攻撃させないために、水面下でフランスやロシアと連携しています。


長いですが、お二人の対立点は、戦後の日本外交が「対米従属」であったか否か、を巡ってです。対立はさらに続きます。

布引さんのコメント、その4

昔の吉田茂が、今の福田自民党よりましは事実。

wakuwaku_44 #- さん。ブログ記事から大きく逸脱するので返事したくは無いが、名指しの質問なので、あえてお答えします。
サンフランシスコ平和条約と日米安保条約がセットになっているとの認識は正解です。
そして、サンフランシスコ条約と安保条約が一体不可分で、ついでに言うと東京裁判とも、分かち難く繋がっている。
然し、幾等なんでも、サンフランシスコ条約や安保条約が自主外交の証拠とは、!!!(世界と日本の歴史学者の間では、対米従属の象徴的出来事として捉えている)

>日本は必ずしも「対米従属外交」でもありません。
にいたっては言葉も無い。唖然。呆然。絶句。
サンフランシスコ条約が、どういう世界情勢の下に結ばれたのか、? 誰と結ばれたのか、? 何が書いてあるのか、? を少しは勉強してから発言してください。

>「対米従属」という謙虚な姿勢をとりつつ、「実質的な果実をとった」

日本が対外従属ではないことを証明しょうとしていたはずなのに、ご丁寧にも自分で、自分の対米従属否定説を否定してくれている。
(私の手間を省いてくれたことに対してwakuwaku_さんに感謝)

日本が世界に誇れる立派な国であることを証明したい気持ちは分かるが、一体全体何を言わんとしているのか不明。
歴史の偽造は、何も知らない若者相手なら可能かもしれないが、知っている者に対しては全く不可能である事実に早く気がついて欲しい。

しかし日本が恥ずかしい見っとも無い対外従属なんぞでなかった、立派な良い国だったと思いたい気持ちは十分に分かります。
是非ともwakuwaku_44 #- さんには『逝きし世の面影』を読んでいただきたい。
素直に読めば紛い物ではない、本物の自尊心とか優越感とか愛国心とかが芽生えるかもしれません。
議論は其の後ですね。


この後のwakuwakuさんのコメントあたりから、“感情的な”様相を呈してまいります。

wakuwakuさんのコメント、その5

看過できないので

愚樵さん、長文で、かつ、エントリーとは関係ないコメントですが、ご容赦ください。

布引さんは、私に対して「少しは勉強してから発言してください」とか「是非とも~~議論はその後で」と見下したからには、それ相当の覚悟があるのでしょうから、徹底的に言わせていただきます。
なお、これを受けても謝罪文がない場合、布引さんは言論の資格なしということを自白したのと同じになるという『事実』もわきまえてくださいね。

>サンフランシスコ条約が、どういう世界情勢の下に結ばれたのか、? 誰と結ばれたのか、? 何が書いてあるのか、? を少しは勉強してから発言してください。

私があなたよりも遥かに勉強していることを確認することができました。
外務省の外交史料館には、SF条約締結や批准、その後の措置までの経緯が記録されていますが、それを調べてから言っていただきたいものですね。

まず、「誰と講和したのか」については、「単独講和」と呼ばれるように、共産圏との講和はなされず、依然として「法的には戦争状態」であったことは確かです。
しかし、ソ連の要求には、『対馬海峡と津軽海峡と「日本海に接している国のみに開放する国際海峡とする」』と『日本の再軍備の上限と保有可能兵器』が含まれています。後者はともかく、前者は、完全にソ連に対して日本は丸裸になれ、というものです。SF条約時点で、ソ連を含めた全面講和を結ぼうというのは、こんなものを飲めというのに等しいのです。
ソ連修正案は、講和会議の席上で動議されましたが否決されています。特にセイロンなどのアジア諸国から「論外」として受け入れてもらえない代物です。こんな講和条件を突きつける相手と講和をしなかったことが、対米従属の根拠とはなりません。

外務省には、アメリカだけでなく、英連邦やアジア諸国等の情報も入っています。条約を受け入れることが困難であろう国々については、条約と別枠で解決する方向性の準備もしています。現に、インドや台湾とはSF条約とは別枠で国交回復までこぎつけています。

米軍の日本駐留継続容認は、吉田の側からアメリカに打診しています。これは、「日本独自の再軍備は、国民感情や経済に悪影響を及ぼし、またオセアニアや東南アジアの警戒を招くので、軍備を抑制する」「国民生活の復興と経済復興に資源投入を集中しながらも、安全保障を確保するために、日本防衛は米軍に担当してもらう」「米軍の日本駐留のために講和をしたくない国防総省の講和反対の大義名分を潰す」「オセアニアやフィリピンといった対日強硬派は、そもそも講和条約締結の条件として、しばらくは日本を監視するために軍隊を駐留することを求めていた」という4つの方向性から検討し、その中で日本の国益を実現するために動いたのです。
実は、吉田はダレスの「講和するなら再軍備と朝鮮戦争参戦」の要求を「断った」のです。これが歴史的事実です。

中国問題について、日本は台湾と国交を結びましたが、これは別にアメリカが台湾を国家承認したからではありません。北京政府は、中ソ条約を結び、先のソ連修正案の受け入れが講和の条件となりうることや、国連の常任理事国が台湾政府であったことが理由です。ちなみに、北京か台湾か、ということは、日本は北京政府を国家承認したイギリスへの確認をしながら台湾と決しています。

>日本が対外従属ではないことを証明しょうとしていたはずなのに、ご丁寧にも自分で、自分の対米従属否定説を否定してくれている。

「対米従属」の謙虚な姿勢とは、対米従属政策をとることではありません。「表向きは対米従属のフリをする」ということです。
「実質的な果実をとった」というのは、「主権国家としての自由度を、他の諸国と同じだけ確保した」ということです。従って、対米従属否定説を否定はしておりません。

>歴史の偽造は、何も知らない若者相手なら可能かもしれないが、知っている者に対しては全く不可能である事実に早く気がついて欲しい。

残念ながら、布引さんは私よりも「知らない」のが明らかになっただけです。私の発言を「歴史の偽造」と思った時点で、それが明らかになっています。
表面上の、せいぜい高校の歴史教科書レベルの知識で、「私は知っていますよ」という態度は今度とらないことです。
ということで、私に対する非礼については、きちんと文章にして謝罪していただきます。


>「少しは勉強してから発言してください」とか「是非とも~~議論はその後で」

という発言には布引さんのwakuwakuさんへの「見下し」があったには相違ないでしょう。後のコメントに出てきますが、布引さんはそれを隠していませんし。それに対してwakuwakuさんが憤慨することも理解できなくはない。

如何なる理由であれ「見下す」こと、そうしたニュアンスを感じさせる文章を掲載することは好ましくないのですが、それは後に考えるとして、ここでは布引さんに「見下す」根拠があったのかどうかを少し考えてみたいと思います。

まず、布引さんもwakuwakuさんも、どちらもよく“勉強”されているのは間違いない。どちらがよく勉強しているか、という判定は、それが勉強量のことについて言うのであれば、誰にも判定の付けようはありません。ただ、質については若干言及することはできそうです。


対米従属があったのかなかったのか。これは1か0かのデジタル思考で判定できるものではないでしょう。これがまず第一。

太平洋戦争に日本は敗北し、アメリカに占領されたという歴史的事実は誰にも否定しようはない。米軍占領下で極東軍事裁判なるものも行われました。これが不当なものであったという意見もあり、その意見には全面的ではないにせよ、私も同意します。だがこれが不当であったということは、不当なことが行われたという事実があったわけで、それはすなわち対米従属という事実があったということになります。

反論はあるでしょう。それは軍事力による強制であって自主的な対米従属ではなかった。すなわち対米従属ではなかった、と。wakuwakuさんの主張の論旨は、これに集約できるかと思います。

サンフランシスコ条約で日本はアメリカの占領下から離れ、独立国家としての地位を回復します。その条件として、不当であったはずの極東軍事裁判を承認することを強いられた。これも強いられたのであり、自主的に「対米従属」したわけではない、という見方は可能です。だが同時に自主的であろうがなかろうが承認したことには間違いなく、対米従属は存在したのだ、という見方をすることも可能です。前者はwakuwakuさんの見方であり、後者は布引さんの見方でしょう。


wakuwaku君と私の考えの方向が違うと考えるのも、間違っているかも知れない。
日本国が「対米従属であることが許せない」私と、
日本国を「対米従属と呼ぶ事が許せない」wakuwaku_君。
二人の間は、紙一重の違い。かも知れない。「対米従属の存在」と、「対米従属の名称」の違いだけで、二人とも心底、死ぬほど「対米従属」を嫌っているわけですから。
関係ない者が遠くから見たら、全く同じ同類項に見えてしまうかも知れませんね。


これは後の布引さんのコメントの一部です。僭越ながら私がより明確に布引さんの立場を示すなら、対米従属が存在したことを認めた上で一分でも日本国に対米従属があることが許せない、とするもの。布引さんは自主であった期間を戦前の15年としていますし、また『逝きし世の面影』の世界にも日本の自主性を見ておられるようですので、論旨は一貫しています。

対してwakuwakuさんの立場は、これも僭越ながら私が推測するに、日本に一部でも対米従属があったことを認めない立場です。いかに表面上対米従属のように見えようが、それは理由があってのこと。その理由をしっかり理解できれば日本の自主性は明らかだ、とするものでしょう。


布引さんがwakuwakさんを「見下し」たのは、布引さんから見てwakuwakuさんは、日本に対米従属があったことを客観的に認めない、のではなくて、主観的に認めたくないとする立場だと見なしたからでしょう。wakuwakuさんが勉強量をこなしていることは(おそらく)認めるでしょうが、それが本質の理解に至っていないと捉えての「見下し」なのだったと私は考えます。

布引さんとwakuwakuさんのいずれが真の勉強をしていたのか。これは私にはわかりません。ですが、どちらが主観的であったのか、について言えばそれはwakuwakuさんの方であった、と考えます。これは布引さんの「見下し」に対するwakuwakuさんの感情的な対応を見れば明らかなように思います。

wakuwakuさんが感情的になっているのは、布引さんが「見下し」たためだけでないことは明らかです。「勉強の内容」についてもその怒りは向けられていることは間違いありません。が、しかし「対米従属は0か1かの判定できない」という認識がある者にとっては、布引さんの立場も客観的に理解は可能ななずなのです。ところがwakuwakuさんはそうではない。これでは主観的に歴史的事実を捉えていると考えられても致し方ない。wakuwakuさんの反論そのものが、wakuwakuさんが主観的に事実を捉える傾向にあるということを示してしまっています。

布引さんの“もっと勉強しろ”という「見下し」が、もっと客観的に物事を見ろ、ということであるならば、その「見下し」には根拠はあり、それはwakuwakuさん自身が証明した。絶対に正しいという自信はありませんが、これが私の判定になります。なので、私自身は布引さんに対しwakuwakuさんに謝罪するようには求めませんでした。

また、その根拠があったにせよ「見下し」と受け取られるような表現はよくないのではないか、という考えはあります。ですが布引さんからは、私の“相手の存在を認めなくないのでしょう?”との問いかけに対し、

>存在を認められない
というような話ではありません。
最初に書いたように突然『布引洋さんへ』『布引洋さんへ2』などと名指しで何回もコメントを書かれた為に、仕方なく嫌々相手をしているだけです。
wakuwaku君がどんな思想を持とうが、どんなコメントを書こうが、私はなんら、全く興味が在りませんし、名指しでなければ以後のコメントは存在しなかったでしょう。
全く面識の無い見ず知らずの相手から、私が書いたコメント中の「一つの言葉」(対米従属)に過剰に反応して、ストーカー紛いの非常に感情的な意味不明の迷惑コメントが送り続けられているだけです。

と返事があったので、布引さんの「見下し」が文字通り「見下し」た部分はあるにせよ、むしろwakuwakuさんを「突き放し」としたと捉える方がよいのだろう、と考えたのでした。

もっとも布引さんには、もう少し穏やかな表現を選択できなかったのかと思わなくはないのですが、そうであってもこの紛糾なくならなかっただろうと思うと、難じるわけにもいかず...、難しいところです。


さて、ここに引用した布引さん、wakuwakuさんのコメントおよびその後のコメントは、当該エントリーからは削除させていただきました。当エントリー内容およびコメント削除処置についてお二人には不満はあるでしょうが、諒として頂きますようお願いします。また、お二人の当エントリーへのコメント、他のエントリーでも当紛争に関してのコメントも削除させていただきます(ただし、非公開コメントは除く)。ご自分の見解を公開なさりたいのであれば、ご自分のブログにてどうぞ。

コメント

こんにちは。

ある日突然、ブログが進入禁止になってて大変驚きました! が、 復活されてなによりです、、^_^; お疲れ様でしたm(__)m

え? 消しちゃったんですか?

そうですか。まあ僕はコピーしてあるから、いいですけど。
あのやり取りの時系列も含めて、コメント欄に残っているというのが意味あるような気もしますが・・。
此処の運営方針ですから、当然、従いますけど、もったいない気が・・。
ところで、感情が高ぶるところにこそ、「捉えるべき」課題があるんでしょうね。描くべき「何か」、でも描きたくなくて「忘却」し去りたい何か。其処をほぐしテイク「時間」の掛け方、接し方、此処らが「仁」とか「義」とか以前の「何か」なんでしょうね。藤田省三氏が鷗外からキャッチした。ここの読みトキを読んでいて、ふと頭を過ぎりました。

少々、横道にそれますが、

ちょっとあさって向いちゃったコメントで恐縮ですが。

あくまで印象ですが、私は、両氏のご議論の中身の対立よりも、むしろ何か、世代的な対立といったものを感じました。(議論の中身については、情けないかな、半分もついていけなかった)。これは一方的な私の見方ですが、布引氏とwakuwaku氏は、恐らく、少なくとも一世代以上の開きがあるのでは、と思います。

ただこれは、管理人様の表現をお借りすれば「本質の理解に至(る)」綿々とした過程が、この記事を読む限るでは理解できなかったので、イージーに置き換えちゃってるだけかもしれませんが。

考える人々

お二人の歴史認識は良いとして、で、今の日米関係についてはどうなんだろう。。。と。

ママちゃん

進入禁止にするほどのことはなかったのかもしれませんが...。ご心配をおかけしました m(_ _)m

******

三介さん

そうなんですよ、もったいないんです。私自身もそう思っていまして、こうした処置を残念に思ってます。

ただ当事者の方から「裁定」を求められ、やむを得ず。一応、お二人の議論の「実」のある部分は再掲載したつもりですが...、どうでしょう?

******

札幌運転所隣人さん

世代間の対立は間違いなくあったと思います。ですが、やはりそれだけではないとも思います。

私だってお二人の議論の中身を正確に理解しているのか、と問われると自信はないです。やむなく「裁定」してしまいましたが、誤っているかもしれないという思いはあります。

ただ、私が感じたところではwakuwakuさんは「お若い」ですよね。いろいろな意味で。

******

あくつさん

そうですねぇ、今後の日米関係...。先のことを予見するのは難しいですが、いかにあるべきか、と問われるといろいろな人たちからいろいろと意見は出てくるでしょうね。それぞれの歴史認識に基づいて。

プラトンとアリストテレス

東西両横綱のような両論客の激突を一部始終拝見することができなくて誠に無念!

あ!はじめまして、薩摩の長州です。愚樵さまの名は回遊先にてしばしば拝見させていただいております。よろしくお願いいたします。

エッセンスを拝読いたしまして思ったのは、天にむかって腕かかげたプラトンと地に平行に腕をのばしたアリストテレスにも似てといったところでしょうか。それにしても、毎度謝罪せよというのはいただけないな~。


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