愚慫空論

『鋼の錬金術師』


掛け値なしの名作です。



マンガは全27巻。アニメもありますが、マンガがオススメ。
ガチでオススメです。

作者は荒川弘さん。女性作家です。

僕が荒川作品に接したのは、『銀の匙』の方が先。
 作品の創作順としては、『鋼の錬金術師』が先。
  『鋼』の存在は知っていましたが、興味が湧かなかったのは人気作だから。
ヘソ曲がりなんです(^_^;)

『銀の匙』については、書いたことがあります
マンガのとあるシーンに掲げられていた言葉に惹かれて。

  勤労 協同 理不尽

これ、荒川さんの作品のテーマだと思います。
 もちろん『鋼の錬金術師』も。


『鋼』には、「ほんとうのこと」がいっぱい詰まっています。

「ほんとうのこと」とは
  僕の言葉でいえば
  〈生きる〉ことの表われ。
 身体の作動です。

〈世界〉の理不尽に抗って作動する身体。
  大切な人との間に生まれる情愛も
   大切な人を奪われたときに芽生えてしまう復讐心も
 全部「ほんとうのこと」。

「ほんとうのこと」同士が相容れないから、〈世界〉は救いがたいように見える。


『鋼の錬金術師』を僕がオススメする理由は
 実は、救いがたいの〈世界〉ではなく【社会】だいうことを描き出しているから。

 物語全体で。


錬金術。
 元来は、卑金属から貴金属を生みだそうとした行為のことを指します。
金がもっとも価値あるものとされていることから求められた魔術です。

『鋼』では意味が若干異なります。
 価値あるものは、金ではなく、力そのもの。
 戦争においても発揮することができる「力」。

元来の意味における錬金も、マンガのなかでは可能な設定。

 主人公エドワード・エルリックは、その「力」を
  戦争を遂行する国家のために使役すると契約した錬金術師。
「鋼」というふたつ名は、その契約の証です。

『鋼』における錬金術は以下のように設定されています。
  ひとつは等価交換の原則。
 といって、何が“等価”なのかは曖昧ですが、そこはそれ、マンガということで。
   
ふたつめは「交感」のためのエネルギー源です。
 最後に正体が明かされるのですが
  初期は地殻運動エネルギーということになっています。

このエネルギー源が『鋼』における理不尽の焦点です。
 具体的に“賢者の石”というかたちで登場します。

錬金術師が“賢者の石”を用いれば、等価交換の法則を無視できる。
 そういうマジック・アイテムです。


もし“賢者の石”のようなものが実在するなら
〈世界〉はデタラメだといわざるを得ません。
  いかようにも法則を曲げることができるアイテムが存在するということは
   それはそのまま世界はデタラメだということの証です。

〈世界〉を創造したと想定する超越神も同じ。
 〈世界〉をいかようにも改変しうる存在が実在するなら、
  〈世界〉はデタラメだということです。

『鋼の錬金術師』を僕が評価するのは
 そのような「デタラメのタネ」は、実は〈世界〉にあるのではなく
  【社会】のなかにあるのだということを暴くストーリーだから。

これは僕の世界観と一致します。
 『魔法少女・まどかマギカ』と同じく。



いうまでもないことですが、『鋼の錬金術師』は
 そのような世界観を描く作品ではありません。
  主題はあくまで、主人公をはじめとするキャラクターの活躍にある。

が、その活躍を浮かび上がらせるための舞台設定には
 作者の世界観が色濃く反映されます。

〈世界〉の理不尽に抗うこと。
  抗うことが〈生きる〉こと。
   〈生きる〉ことを通じて見えてくること。
 それは 
  理不尽なのは〈世界〉なのではなく【社会】だということ。

「勤労」「協同」「理不尽」という三位一体のテーマの意味するところです。


ちなみに作者の出自は、北海道の酪農家だそうです。
 さもありなんと思います。


人気作品ですから、いまさらネタバレもないのですが、少しだけ。

“賢者の石”の正体は「人間そのもの」です。
等価交換の法則は破れていません。
当たり前ですが、人間もまたエネルギーです。

人間は自身の分のエネルギーだけではなく
 他のエネルギーをも利用してしまう存在です。
  これができるのは人間だけ。
   文明を構築できるのは人間だけ。
 こここそが〈世界〉を理不尽にしてしまう【社会】の源泉です。
酪農家出身の荒川さんには、そこがよく見えているのだと思います。

その理不尽から目を逸らす人間が、
 人間そのものをもエネルギーとして利用する【システム】を組み上げた。
それが現代社会です。

“賢者の石”は、そのことを、架空の設定で可視化したものです。
では、リアルな社会における【賢者の石】とはなにか。

実在の【賢者の石】は、もっと巧妙にその意図が隠蔽されているものです。
 【良心】につられて自身がもつエネルギーを放出するように
   無自覚のうちに強いるもの。


余談。

瀬戸内寂聴さんの「殺したがるばかども」発言が波紋を呼んでいるようです。

「殺したがる」のもまた【良心】。
 【良心】の発動に無自覚な者を差して「ばか」が適切かどうかはさておき
   発言者が言わんとしたところは理解できるものです。

ただ、「戦う」相手は違のではないかと思います。
 相手は人間ではない。
  【システム】を起動させる理不尽であり【良心】だと思います。

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