愚慫空論

Claudio Arrau Beethoven Piano Sonata No. 32


毒多さんのところで、「統合」をウンヌンカンヌンしていた所為でしょうね。
この動画が引っかかってきました。

ベートーヴェンのピアノソナタ第32番ハ短調作品111。

以前、『〈悲〉の響き』で取り上げたのは、このひとつ前の作品。作品110でした。



この動画に巡り会ったのは、狙っていたからではないんです。

出かける予定があるんだけど、まだ時間があって、それで少し読書をしていたんですね。BGMが欲しいと思って、なんとなくgoogleに「beethoven 111」と打ち込んで、出てきたyoutube動画を選択した。初めは音だけ聴くつもりでした。聞き流すつもりだったんです。

クラシック音楽って、映像は要らないことが多いんです、僕にとっては。音だけで十分、というか、映像は邪魔になることが経験上、多い。

だけど、この動画、音だけを聞き流すつもりが、気配がただならない。傷だらけ――ミスタッチ多発――な演奏なんだけど、ヘタウマならぬウマヘタな演奏なんだけど、突き抜けているものがある。それで、映像も観てみた。すると、額に汗した爺さんが映っていました。

これはまさしく「統合」の姿です。

クラウディオ・アラウというピアニスト。クラシックが好きな人なら、知っている名前です。晩年に録音したベートーベンのピアノソナタは素晴らしいという評判は、僕も知ってはいました。だけど、これほどとは想像していませんでした。

テクニカルな演奏の傷など、なんら問題になりません。肉体的な限界から来る「傷」が、かえって「統合」をより切実なものにしています。動的な祈り、とでも言いましょうか。

音楽は、馴染みのない人はなかなか届かないかもしれません。だけど、ピアニストの真摯な姿は、音楽を知らない人にも届くのではないでしょうか――そう思って、この記事をあげた次第。

この爺さんのこの演奏、齢80を過ぎてからのもののはずです。
成熟というのは、このような姿を指して言うんだなと思います。

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