愚慫空論

『物語ること、生きること』


僕が作家個人に興味を持ったのは、初めてです。



上橋菜穂子さんの作品がお好きな方は、是非どうぞ。

「物語ること」は「生きること」。

上橋さんの主観からすれば、そうなんだろうと思います。
そのことは、この本からよくよく伝わってきます。

印象が上橋さんが創作した「物語」と同じなんです。
上橋さんの「物語」が〈生きる〉ということをダイレクトに表現しているように、
この本もまた上橋さんの〈生き方〉が表現されています。



第一章は「生きとし生けるものたちと」というタイトルで、
その始まりが「おばあちゃんとわたし」です。

ああ、そうなんだよな、と思いました。
上橋さんは「物語」の中に生まれ落ちてきたんでしょう。
これは感触です。


内山節さんに

という本があります。

以前に取り上げたこともありますが、ずっとひっかかっていたことがあるんです。
それは、この本のタイトルが提示している答え。「なぜ、日本人は、キツネやタヌキやカワウソにだまされなくなったのか」

どこかで書いたような記憶がありますが、僕の知っている人がタヌキに化かされたという話を聞いたことがあります。それは昔話ではなく、つい昨日という話。タヌキにダマされて、気がついたら一晩、林のなかで寝てしまっていた、というウソのような話。熊野で樵をやっていたときの話です。

僕が上橋さんに感じ入ったのは、物語の構成が上手だとか、そういうことではないんですね。
『日本的霊性』の記述を思い起こさせるような、「生きとし生けるものと共に生きている」という生々しい感触です。そういう感触が『鹿の王』にはあります。

それは初期の『精霊の守り人』あたりでは、まだ感じられないものです。あそこにあるのは、とても生き生きとしていますが、やはりファンタジーなんです。リアルにタヌキにダマされたという物語にはまだ距離がある。

日本人がキツネやタヌキやカワウソにダマされなくなったのは、暮らしの中に「物語」がなくなったから。本書『物語ること、生きること』にも取り上げられていますが、『遠野物語』や『忘れられた日本人』の中に記されている民話の類いは、私たちが通常そう受け取るような人間の外の話なのではないんですね。人間がその中で生きている物語、その物語を内側から書いたものです。

具体的に書いてみますと、「守り人」シリーズの主人公バルサ。バルサはおそらく、上橋さん自身がそうなりたかった理想の姿です。現実とは異なるバルサの(上橋さんの)「物語」を上橋さんが上橋さんの「中」で創作をした。ここには上橋さんのルサンチマンというか【我】があるんですね。その【我】が表現されて『守り人』になるわけですが、『守り人』を読む別の人間は、その物語を自身の「外」のものだと認識します。

『鹿の王』では、主人公は上橋さんの【我】を投影したものではなくなっています。純粋に「理想」であり「憧れ」です。しかも、主人公であっても、それは物語の一部なんです。『守り人』では、物語そのものがバルサのために組み立てられたという印象がある。『鹿の王』では、そういう感じがない。『鹿の王』はヴァンのための物語ではないんです。

比較するなら、『指輪物語』と似ています。『指輪物語』もまた、主人公のための物語ではない。主人公と言えども「物語」のためのパーツに過ぎない。物語こそが主人公であって、登場人物には【我】は検出されません。

ただ僕自身は『指輪物語』には、あまり感じないんです。やっぱり別世界だから。「外」だと思ってしまう。しかし『鹿の王』は違う。ここにある「物語」は、僕自身が生きている「物語」に近い。いや、同じかもしれません。別世界だとは思わないんです。

なぜそうなのか、その謎の答えは、日本人がキツネやタヌキやカワウソのだまされなくなった理由と同じです。人間がそのなかで生きるような〈物語〉が喪失したからです。言い換えれば、暮らしそのものが〈物語〉だという感覚です。

そうやって考えてみると、上橋さんの創作は、新たな物語の創造というより、昔からの〈物語〉の「再創造」あるいは「再編集」と言ってもいいような気がします。


その〈物語〉とは、どういった感触をもっているのか。
『物語ること、生きること』からふたつ、抜き出してみます。

「どんなものにも魂はあるのだから大事にしなければならぬ」というのが市五郎さんの信条でした。そして、それは孫の宮本常一さんの少年時代のエピソードにもあらわれていました。
 山の田のそばの井戸に一匹のちっちゃな亀がいて、常一少年は、そこに行くとその亀を見るのを楽しみにしていました。
 あるとき「こんなにせまいところにいつまでもとじこめられているのはかわいそうだ」と思って、おじいちゃんに頼んで亀を井戸からあげてもらって、家に持って帰って飼うことにしたのです。
 喜びいさんで帰りかけたのですが、歩いているうちに「見しらぬところへつれていったらどんなにさびしいだろう」と思って、だんだん亀が気の毒に思えてきました。とうとう耐えきれずに「亀がかわいそうだ」と大声で泣きだしてしまいます。
 結局、祖父の市五郎さんに頼んで、亀をもとの井戸に戻してもらうのですが、そのとき市五郎さんが、こういうのです。
「亀には亀の世間があるのだから、やっぱりここにおくのがよかろう」
この言葉だけでも、私(上橋さん)は、涙が出そうになります。


この引用は、おわかりと思いますが、『忘れられた日本人』からの孫引きです。そして上橋さんは、「市五郎さんのまなざし」に身に覚えがあると言います。

「市五郎さんのまなざし」こそ〈物語〉を見る視線でしょう。

同様の記述を『逝きし世の面影』で接した記憶があります。

幕末から明治にかけて、西洋人が多く日本にやって来るようになりました。彼らは牛乳を飲む習慣を持っていますが、当時の日本人は飲まなかった。牛は日本でも暮らしの中で一緒に生きているにもかかわらず、です。
なぜ牛乳を飲まないのか、と問うた西洋人に対して、日本人は「それは牛のものだから」と答えた、と『逝きし世の面影』には記述されています。

進歩史観では、日本人が牛乳を飲まなかったという事実に「未開」という解釈の型を当てはめます。その当てはめにあうように、「牛乳を飲むと牛になると信じていた」というような迷信をもってくる。そうした迷信が生まれたのは、証拠はありませんが、おそらく日本人も牛乳を飲むようになってからです。牛乳を拒否する人が作り上げた物語。牛乳を飲む以前は、「それは牛のものだから」だったんだろうと思います。

この牛への「なまざし」もまた「市五郎さんのまなざし」です。

 アボリジニの人たちは、よく「ケアリング&シェアリング」といいます。
 相手を思いやり、世話をしたり、何かをわかち合ったりすること。
 自分個人の財産を持たず、私のものはあなたのもの、あなたのものは私のものと考える。
 狩猟採集民にはよくある考え方ではあるのですが、彼らはそれをいまでも思いがけないところで実践していたりするのです。

 (中略)
「カンニングするのはアボリジニに子が圧倒的に多い」という話が出てきました。
 最初は人種差別か、偏見かと思ったら、どうもそうではないらしい。
「ねえ、テストのとき、カンニングしたりすることがある?」とアボリジニの子どもらに聞いてみると、彼らは、あっさり、あるよ、と笑うではありませんか。
「俺は解答がわかった。でも隣に座っているいとこはわからなかった。シェアしなければ、欲張りな、やなやつじゃん」
 つまりチビたちいわく、これもケア&シェアなのだと。
「俺がいい点をとることはそれほど大事じゃない。それよりも教えて、一緒に同じ点をとった方がいいじゃないか」
 なるほどね、と納得しそうになるのをこらえて「でもそうしたら隣の子は、勉強しなくなっちゃうよね」と言ったら、彼は言うのです。
「彼は彼で、ほかに得意なことがあるから、いいんだ」



これもまた「市五郎さんのまなざし」。
生きとし生けるものと一緒に暮らしているという〈物語〉へのまなざしです。

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