愚慫空論

神は実在するか?


昨日の記事でも紹介しましたが、この本が面白かったので、改めて紹介します。



竹内久美子さんという方は、この本で初めて知りました。
動物行動学の研究者ですが、広く知られているのは、とある傾向の著作者としてのようです。
とある傾向というのは、遺伝子至上主義というか、遺伝子が神であるというか。

佐藤優さんはどこぞのラスプーチンとかいう異名をもつ方で、多くの人がおそらくそうであるように、僕も最初に接したのは『国家の罠』でした。その後は『神と国家とマルクス』だったかなぁ...。

と、初期の頃の著作を2つ読んで、また最近、ちょこちょこと読み出している人です。“ラスプーチン”とかいう異名とか外観のイメージからマッチョな印象がありますが、著作で接するとむしろ静かな学究肌のように感じます。そんでもって、この本ではもうちょっとイメージが加わって女性的な印象を受けました。

竹内さんは女性的ですけど、攻撃的でマッチョなイメージがあるみたいです。
佐藤さんも、外形的には、そう。
そういうイメージから“ガチンコ対決”という煽り文句になるんでしょうけど、対決の中身にはそういう感じは受けません。竹内さんの攻撃性を、佐藤さんが上手に包容しているという印象です。


この本の叩き台になっているのは、ドーキンスです。ことに『神は妄想である』という著作。この本もずいぶん攻撃的な本のようですが、そこに乗っかって竹内さんが攻めようとする。

それを佐藤さんが「そこで攻撃に的になっている神は、神学の世界ではもう100年以上前に終了している神ですよ」なんて応じます。的を外されるのは、竹内さんもそうですが、読者もそうでしょう。
神学が神の解釈を変更するなんて、思いませんから。

今時の解釈改憲ではありませんが、神という不動のものがあって、そこを動かすのは違反であって、厳しく罰せられる。その罰はどのような罰なのかという刑法みたいなイメージですけど、違ったんですね。

竹内さんが繰り出す話は、これはこれで面白く、興味深いものです。その内容は竹内さんの著作リストを眺めればだいたい想像がつくでしょうから割愛します。ヒトを動物として研究した成果からでてくる知見は、身も蓋もないというか、身につまされるというか、刺激的です。

佐藤さんはそうした刺激には乗っからずに、議論のあり方を概観していくという具合です。この概観が刺激を中和して落ち着くべきところへ誘導します。このような概観を使ったのが「教養」というものなのだろうと思います。

対談という形式は概観の能力と教養のあり方を感じさせるのには、適した形式ですね。
といって、読みにづらいことはまったくありません。これも対談形式の効果でもあります。重たい内容ですが、考え込むことなく読めてしまいます。


なお、神が存在するかどうかの答えですが、このネタばらしは控えておきましょう。ただ、煽り文句から期待されるほどの答えではない、そういうところを読む本ではないな、と。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/831-eaf8c47b

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード