愚慫空論

犬がいなくなった

我が家は犬を2匹飼っている。そのうちの1匹を私の仕事に同行させているのだけれど、そいつが昨日、いなくなった。いなくなったというより、帰ってこなかった。

そいつの名前はフク(♀)という。

フクは毎朝、私が運転する軽トラックの荷台に乗って出勤する。フク


最近のパターンは、私を含めて3名が山の上の作業場に登り、それにフクが同行する。上の作業場にはえっちらおっちら、歩いて1時間ほどかかるだろうか。フクは私たちの前を行ったり後ろを行ったり、いろいろな獣の臭いを嗅ぎまわりながら、一緒に山を登っていく。私たちが作業場につくと、フクは自分の獲物を求めてひとり山の中へ消えていく。が、しばらくすると私たちの元に帰ってきて挨拶をし、また元来た道をひとり戻り、出勤してきた軽トラックのところで私たちの帰りを待っている。

フクがひとり戻っていく時間は一定しないが、遅くとも昼頃くらいまでには下へ戻る。お昼は下で作業をしている人たちの弁当をおねだりすることにしているらしい。また、待ち時間の間、周辺をパトロールに出かけることもあるらしい。だが、私たちが山から降りてくる時間が近づくと、じっと上を見上げて待っている。そして、私たちの姿を確認すると、シッポをフリフリ、お出迎えに来てくれる。

これが通常のパターン。
ところが昨日は通常のパターンではなかった。

昨日は、すでに木材搬出の作業は終了し、木材搬出のために架設した架線を撤収する作業に入っていた。朝、通常3人登るところを昨日は2人。フクは通常どうり私たちに同行し、私たちが作業を始めるといなくなった。

私たちの山の上での作業は昼までに終わり、昼からは下の作業場での仕事となった。フクは先に下の作業場に戻っているのだと思っていたが、戻っていなかった。

これまでもフクが戻ってこないことは、しばしばあった。なにか獲物を見つけると、フクは追いかけていく。犬が獲物を追いかけていくのは習性なので、それに夢中になると通常どうりのパターンからは外れる。そうしたことがこれまでもあったし、私たちが帰宅する時間まで帰ってこなくて、山に置いてけぼりにしていったことも何度かあった。

以前、私がこの作業場でドジを踏んだことを記事にしたが、そのときにもフクは帰ってこなかった。私が傷んだ脚を引きずって山をなんとかかんとかくだって行く最中、主人の様子がおかしいのがわかったのか、途中までは私に付き添ってくれていたのだが、シカの気配を察するや、フクを追いかけていなくなってしまった。
そのときもフクをそのまま山においていったが、翌日仲間が行くと、何食わぬ顔をで待っていたそうである。


フクは猟犬の素質をたっぷりもった犬だそうだ。仕事仲間に猟師でもある人がいるのだが、その人が言うには、猟をさせればまず間違いなくいい猟犬として働くだろうということである。フクは共に優秀な猟犬である両親の元から生まれてきたということはきいて知ってはいたが、私がフクを飼い始めたのは、猟犬として働いてもらおうと思ったからではない。

フクを飼い始めたのは、フクが飼育放棄されたからだった。フクの元の飼い主は私が住んでいる集落にいる人だったのだが、その人は飼っていたメス犬と他の猟師のオス犬とを掛けさせて何匹かの仔犬を儲けさせた。一匹を残して仔犬はオス犬の飼い主が引き取ったらしいのだが、その残った一匹がフクだったのである。

その飼い主は、フクが仔犬の頃はずいぶんと可愛がっていた。だがどうしたことか、途中で面倒を見なくなった。その人の言い分では、フクはどんなに繋いでも逃げ出してしまうと言うことなのだが、そんな言い分は私も含めて集落の誰もが信用していない。とにかくフクはいつしか集落のなかをうろつくようになった。ここ1、2年、我が町でも犬の放し飼いにはうるさくなってしまったが、まだその頃はおおらかで、フクはいろいろな人からエサをもらっては生き延びていた。私もフクにエサをあげていたひとりだった。

私がフクにエサをあげていたのは、別の犬にもエサをあげていたので、そのついでのようなものだった。その別の犬とはお隣さんの犬で、今もそうだが、お隣の犬も私が朝夕散歩に連れて行く(そのころは夕方だけだったか)。ちょうど今頃の季節、借り入れを済ませた田んぼにお隣の犬を放して遊ばせていると、フクもやってきては一緒になって遊んだ。散歩の後にエサをあげるのだが、お隣の犬にだけあげるのも忍びなくて、徐々にフクにもエサをあげるようになってしまっていた。

そうした状況のところに、フクとお隣の犬とが出来てしまった。フクはメス、お隣はオス。フクまだ1歳にも満たなかったのでまだ大丈夫だろうと思っていたが、甘かった。することをすればできるのだが、フクはだんだんとお腹が大きくなっていった。お腹が大きくなるとお腹も余計にすくのだろう、私たちがエサをやってはいたがそれでは足りなかったらしい。どこからか鶏を狩してきて食べるようになった。それを見て、私はフクを私の家で面倒をみることにしたのである。このままでは、いずれフクは保健所あたりに処分されてしまうことになるだろうから。

集落のみんなにフクをウチで面倒をみることにすると話をし、ウチに繋いでおこうとした矢先、フクは産気づいた。私は大慌てでフクの場所を納屋の隅に拵え、畑の肥料にするために刈り取って干しておいたススキの束を与えてやると、フクはその材料をつかって自分で巣を作り、そこの3匹の仔犬を産んだ。
仔犬誕生

フクは自分が出産した場所を自分の場所だと思うようになったのだろうか。元飼い主の言葉では、どんなに繋いでも逃げ出したというが、我が家に来て以来、自ら逃げ出したりしたことは一度もない。放してやれば喜んで跳んでいくが。

フクが産んだ3匹のうち2匹は貰い手がみつかり、1匹が売れ残った。
ブー

その売れ残りとフクとで、我が家には現在、2匹の犬がいる。


さて、話を昨日のことに戻す。

昨日は帰ってこなかったフク。フクがもつ野生の習性からすれば、さほど心配する必要はなさそうなものだったが、昨日はなぜか心配だった。そして、夕方、作業を終え、帰還する時刻になってもフクは帰ってこなかった。

これまでもフクはシカを追いかけて帰ってこなかったことはあったが、今はあの時とは季節が違う。夏にはシカのえさになる夏草がたくさん生えているので、シカの周辺をうろうろしていたが、今はそうした草も枯れてしまい、シカも食料を求めて別の所へ移動して行っている。また、午前中から追いかけて夕方になっても帰ってこないというのもおかしい。シカを仕留めたというのなら話は別だが。

シカのほかに獲物になるのはウサギだが
ウサギ

ウサギ程度の獲物ならば、すぐに食べきってしまうので帰ってこないということはない。

その時点で考えられる可能性は3つ。

ひとつはシカを追いかけていったという可能性。この場合、もしシカを仕留めていたならさらに帰還が先になる可能性もある。というのも、シカを仕留めたならそれを食料にしばらくそこに留まるだろうからだ。犬はそういうものだと猟師はいう。

ただ、フクは未だにシカを捕らえたことはない。一度、笹ヤブのなかでシカに食いついたらしく、つい今までそこにフクがいたと思ったらスッと消えて、少し離れたところでシカの悲鳴が聞こえてきたということはあった。1分くらい、シカは悲鳴をあげていただろうか。やがて悲鳴が聞こえなくなったので、これは仕留めたか、今晩はシカ刺しが食えるぞ、と喜んだのだが、しばらくしてもどってきたフクをみると、どうも喰ったような様子はない。仕留めていればまず腹を食い破ってハラワタから食いつくので、口は血だらけだろうしお腹もパンパンになっているのだが、それがなかった。なんだ、逃げられたのか、とがっかりした。

確かに犬一匹でシカのような大物を仕留めるのは難しい。経験のある猟犬だと急所に喰いついて仕留めることもあるそうだが、フクにはそんな経験はない。ただ、山の中には最近スギ・ヒノキを植林した場所があって、そんな場所はスギ・ヒノキの苗がシカの食害に遭うのを防ぐためシカよけネットを張ってあり、そのネットにシカが絡まって動けなくなるということが時々ある。山のなかでシカがネットに絡まって死んでいたり、生きていても動けなくなっている場面に何度も出くわした経験は、山で仕事をしている者ならだれにでもあるものだ。

少し話は逸れるが...。

生きているシカに出会った場合、対処の方法は2通り。ひとつは絡まったネットを解いてやって、逃がしてやるという対処。人道的(獣道的?)対処といえようか。ただし、これもなかなか危険で、逃れようと暴れるシカにうっかり蹴飛ばされでもしようものなら大怪我である。大の男でもひとりやふたりでは難しい。

もうひとつの対処法は、殴り殺してしまうという残虐な対処法。この場合、そうして殺したシカは美味しく頂くことになる。残虐だが、自然の理には適っているのかもしれない。

で、どちらの対処法を選択するかの判断基準だが、これはそのシカが美味そうかどうか、というところにある。まだ絡まったばかりで精気もあり美味しそうならご馳走さま。絡まってしばらく時間がたち、痩せこけて不味そうならレスキュー。
(さらに余談だが、こうした一見曖昧な判断基準こそ「道徳」といわれるものの源流だと最近考えている)

また話を元に戻して。

もし、そんな場所でシカに喰いついたのなら経験のないフクでも充分に仕留められる可能性があり、悲鳴が聞こえたのがそういう場所だったので、もしや、と期待したのだったが、それは残念ながら期待に終わってしまったのだった。

そのシカよけネットはシカばかりでなく、追いかけていった犬を絡め取ってしまうこともある。これが2つ目の可能性。フクが山のなかで動けなくなっているという場合。

こうしたことを少しでも少なくするため、山で放すときは首輪も外してしまう。余計なものをつけていると、それだけひっかかる可能性が高くなるからだ。首輪に木の枝等が絡まり、動けなくなるケースもあるというが、首輪を外しておけばまず大丈夫。ただネットの場合、脚に絡みつくので首輪を外すだけでは対処のしようがない。

3つ目はすでに猟期に入っていたので、他の猟師に連れて行かれた可能性。フクは猟師なら誰がみても欲しい犬なので、もし、シカを追いかけて他の猟師と出くわすようなことがあれば、連れて行かれるかもしれない。しかし、近くに猟師が入っていた様子はないように思われた。もしいれば、犬の鳴き声や銃声が聞こえていたはずだから。

この3つの可能性のうち、もっとも可能性が高いと思われたのが2番目である。ネットに絡まって動けなくなり、フクが助けを求めている可能性が一番高い。


作業終了時にはもうすでに陽は暮れかけていた。秋の陽はつるべ落としというが、本当に秋はあっという間に暗闇になってしまう。それでもどうにも気にかかったので、私はライトをもってフクを探しに行くことにした。もし、ネットに絡まっているのなら、その場所はだいたい予想がつくからだ。

普段なら1時間ほどかけてえっちらおっちら登る山道を30分ほどで駆け上がったが、予想された場所に到着した時分には、もう陽は落ちて暗くなりかけていた。ネットが張ってある場所は笹ヤブのなかなので、この状態でむやみにヤブのなかへははいっていけない。だが、近くにいるなら呼べば聞こえるはずである。聞こえたなら返答があるだろう。それでフクの名を呼んでみたが、予想された犬の鳴き声は無かった。近くにはいないのか...。

仕方なく昨日は山を下ることにした。それ以上の捜索は無理だし、獲物を追いかけて遠くへ行ってしまっている可能性もあるからだ。もし動ける状態にあるのなら、いずれ自ら出てくるだろう。他の猟師に捕まったとしても、生きているならそれもよし。どうせ明日、また再びここには仕事で登ってこなければならない。明日、もう一度探せばよい。いずれにせよ、その時点で私に出来ることは山を下ることしかなかった。


その夜、私は夢を見た。いろいろな夢をみたように朧げながら思うが、フクと出会う夢ははっきりと憶えている。ヤブのなかでフクと出会う夢。「あ、ここにいた」と思って目が覚めると時刻はまだ夜中だったが、屋根を雨が叩く音が聞こえていた。

再び寝入って、朝。雨はまだ降っていた。いつも皆が起きてくる4時半になっても誰も起きてこない。いつもウソばかり垂れ流す天気予報をみようとTVを点け、ストーブを点け、お湯を沸かしてコーヒーをすすっているとぼちぼち皆も置きだしてきた。仕事は休みであることを確認してから、ひとり車で現場に向った。まだ暗いが雨が降っているので、フクが早々に下ってきているかもしれないと思ったからだ。

しとしと降る冷たい雨の中、夜が開け明るくなるまで待ったがフクは帰ってこず。朝食もまだなので、いったん引き返すことした。

朝食を食べ、再び現場へ。引き返してくる間にフクが降りてきているかも、と淡い期待を抱いていたが、期待は期待どまり。仕方なく雨カッパを着て、雨の中、フクの捜索に向った。

フクの名を呼ぶが、相変わらず応答なし。それで昨日は暗くなって探せなかった笹ヤブの中を探す。ネットに絡まって動けず一夜を過ごしたとなると他の動物に襲われている可能性もある。シカが犬を襲うことはないが、ここにはクマはいる。樹の樹皮を剥ぐ「熊剥ぎ」があるから、生息していることは間違いない。とにかく、ネットに絡まっていないことを確認したかった。

笹ヤブのなかに張られたネットの際を笹をかき分けながら進むが、ところどころネットが切れていて、ネットの張られていた通りには進むことができない。笹ヤブに分け入って15分くらい行ったところだったか、見失ったネットを探すのにごそごそヤブのなかを進んでいると、「くぅーん」と犬が鼻を鳴らす甘えた声が聞こえた。

声のするほうを見ると、ほんの2メートルほど先にはフクが。ちぎれたネットに首と前足を取られて動けなくなっていた。

なんとまあ、こんな場所にいたのなら、昨日も今日も、私が呼んだ声は聞こえていたろうに。こやつは元から吼えるということをめったにしない犬だが、こんなときにも吼え声をあげないとは...。

私の姿を見かけたのが嬉しいらしく身体をバタつかせるが、それでは絡まったネットをはずせない。落ち着くようにしばらく頭をなで、落ち着いたところで絡まったネットを解いてやった。一晩動けずに雨に濡れていたが犬はその程度では堪えないのだろう、ネットから自由になると元気に跳ね回った。


と、そんなわけで我が家のフクは無事帰還を果たした。山から下り、軽トラックの荷台に2時間乗って、私とフクは今、自宅にいる。

フクがネットに絡め取られた山では、まだ作業が残っているので天気が回復すれば、私は再びその山に戻らなければならない。もちろん、またフクも一緒に。これに懲りてフクを自宅に繋いでおく、なんてことはない。この程度で懲りていたのでは、猟なんて、とてもとても。

来年には猟銃の免許を取って、フクと本格的に狩猟に乗り出す予定。


追記:この記事は28日にアップしたつもりが、下書きになっていました。というわけで、公開したのは29日。この記事で昨日といっているのは27日です。

コメント

ホッとしました

 前半を読んで,フクはほぼ100パーセント帰ってこない,と確信していました.予想がハズれてホッとしました.本当に良かったですね.

よかった

巧まずして物語になっていますね。最後まで、ちゃんと読めました。

よかったよかった

祖母が飼っていた犬も、ネットに絡まって動けなくなっていたと言っていました。

畑の犬除けに祖母が張っていたネットに絡まってたらしいのですが、助けてくれた祖母を「命の恩人」と思ったらしく、そのままついて帰って居着いてしまい、今年の春、天寿を全うしました。

「おばあちゃんが、若い男をナンパしてきた」と言われた犬でした。


フクが見つかってよかったよかった。
兄さんのフクへの愛情がびしばし伝わってきました。^^

皆さん、ありがとう

つまらない駄文に最後まで読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m

またこれから、フクを軽トラックの荷台に乗せて出かけてきます。

よかった、よかった

ときにこうした読みやすいエントリーを挙げて頂きありがとうございます。ふくちゃんよかったですね。
それにしても、なんともワイルドですね。ジビエ。犬にとっても幸せなんだろうなぁ。
子どもの頃、山のなかを走り回っていたワタシにはノスタルジーです。羨ましいのだけど、街に体力を奪われたワタシにはついて行くことは出来ない。
思わず、♪兎美味し、あの山~♪という歌が浮かんできました。
ないものねだり……かな?

山の生活

フクちゃん見つかってよかったですね。
町の犬とは全然違うワイルドな生活をしているのですね、、、。「ペット」じゃなくって本当に仲間なんだなという感じがしました。

フクは幸せだと思います

dr.stoneflyさん、みーぽんさん、それから改めましてLadybirdさんも志村さんも水葉さんも、ありがとうございます。

飼い主が言うのもなんですが、フクは幸せだと思います。我が家にいるもう1匹(こいつはブーと言いますが)と比べると、健康そのもの。いえ、ブーだって普通に元気で健康ですけど、並べると色艶がまったく違う。やっぱり山で自由に駆け回り、自分でタンパク質を摂ると違うんですよねぇ。

ブーも山に連れて行きたいと私は思うのですが、妻が手放しません(笑)。それにこいつはバカだから、帰ってこない可能性はずっと高そう。

上のコメントでも書きましたとおりまたフクを山へ連れて行きましたが、仕事仲間たちはとても喜んでくれました。犬好きの連中ですが、これまで以上に可愛がってくれました。

フクは幸せなやつです。

うちの犬

ハラハラしながら読みました。フクちゃん見つかって良かったですね。
わが家にも犬がいましたが、老衰で弱り切っていたとき可哀想で綱を解くと、いつの間にかいなくなっていました。山が近くなので死に行ったのかな、と家族と話していましたが、今でも思い出すと辛いです。
10年ほど前には息子の可愛がっていた猫が突然いなくなりました。息子は、遠くに就職した自分を探しに行ったのだ、というのですが、とうとう帰ってきませんでした。探し回ったのですが。今ではその猫の忘れ形見もすっかり年寄りになってしまいました。

  エッセイとして本に載せてもいいような文章でした。ごちそうさまでした。子犬かわいい。

ドキッとしました

タイトルを見てドキッとして読み始め、最後にホッと安心しました。私も家族も犬好きで、私は犬の散歩係りを担当していて、毎日夜山の麓の人気の無い大きな公園に連れて行き、リードから放して一緒に歩くのですが、時には見失い5分くらい行方不明になり心配することがあります。その時はいろいろ不安がよぎり、5分程度でも相当に長く感じられ、この記事の様な状態での心配は私の限界を超えています。それでも最後にはフクの安全を確保できて安堵しました。毎日、自然の中で自由に行動できるフクは、多少危険があっても、本来の姿で幸せなのでしょうね。私のscottiと言う名も代々飼っている愛犬の犬種です。

フクの近況

ろろさん、とむ丸さん、scottiさん、フクにコメントありがとうございます。みなさんもご自分の愛らしいペットには思い入れがあるのですね。

さて、そのフクですが、現在監禁状態なんです。生理が始まってしまいましたので。生理といっても今はまだ発情前期で、陰部から出血はありますがオスはまだ受け入れません。出血が止まってからが本当の発情期ですが、念の為に発情前期になると監禁してしまうことにしています。あ、もちろん、リードのつないでの散歩はさせていますけど。

そう、フクは(もう一匹のブーも)去勢していません。いまや常識となったペットの去勢ですが、私はどうしてもそうした人間の手前勝手な作為を施す気にはなれません。なるべく自然のままでいてもらいたい。

でも、すべて自然のままというわけにもいかない。その妥協点が監禁です。自然のままでいられない人間。その人間とともに暮らす生き物にも、どこか不自然な作為は甘受してもらわなければなりません。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/80-0c62bdcd

続・赤木智弘さん

 前回の記事で赤木さんの『貧相な戦争観』を指摘した.つまり,赤木さんの戦争観は『硬直化した社会を再び円滑に流動させるため』の必要悪という観点と『戦争の方が尊厳を持って死ねる』という二つに集約されるのである.こんなものではとてもとても『希望は戦争』という言

続々・赤木智弘さん

3.赤木さんの指摘・糾弾と赤木さんへの質問 これまで2回にわたって赤木さんを批判してきた.そのスタンスは,『なぜ戦争はだめか』というよりも,『「希望は戦争」という言葉に値する論理を持っているか』ということの検証(のつもり)であった.その結果は全然耐えられ

自明な「正しさ」を疑うことの意味

 現代の日本は平和を旨とする民主主義国家なのだそうだ。したがって、平和や民主主義といった価値の正当さは、しばしば自明のものとして語られる。しかし、そのような価値あるいは理念の正しさは、本当に自明のものなのだろうか。 実際、今の世の中にも、そのような価値..

“デフォルト”はなし→あり得るのはハイパーインフレによる“債務の実質切り捨て”

貯蓄が減り、貿易黒字が赤字に転換したとしても、“日本国債”に異変が起きるとしたら、デフォルトではなく、ハイパーインフレによる債務の実質切り捨てだと予測しています。外貨建てではなく、内国人がほとんどでしかも自分のお金が国債になっていることも知らない“間接保

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード