愚慫空論

【コムニス】からの離脱


“コムニスからの離脱”というのは、安冨さんの『経済学の船出』第6章のタイトルである。



“コムニス”という語はラテン語で、“コミュニケーション”という言葉の語源にあたるらしい。
意味するところは、「共通のもの」。
とすると、“コミュニケーション”と「共同のものを共有すること」ということになる。
語源を同じくする“コミュニティ”は「共同のものを共有する集団」。

では、「共同のもの」とは何か?

生命の〈振動〉に「触媒」がばらまかれ、「構造」が視覚化される。



視覚化された「構造」が「共同のもの」であり【コムニス】なんだと私は考える。

ちなみに『経済学の船出』第6章コムニスからの離脱、第7章『エチカ』に非線形性では、スピノザの思想を軸に【コムニス】批判が展開されていて、【コムニス】に対応する概念も提出されている。それを〈コナトゥス〉という。 

〈コナトゥス〉を説明するのに『経済学の船出』では、ホイヘンスの振り子時計共振実験が採り上げられている。
別々に製作した振り子時計をたまたま同じ壁に掛けておいたら、いつの間にか振り子が同期していた、という発見。
〈コナトゥス〉というのは、人間の本質としての自己保存の努力といったような意味らしいが、それを超えて、それぞれ個性をモノ(生命も含む)が共振・共感しようとする意志のようなもの、とでも言えばいいか。

共振・共感するということは、そこに繋がる“何か”があるんだけど、そこに「触媒」【コムニス】は必ずしも必要ではない。
いや、「“何か”がある」という発想がすでに【コムニス】志向なんだろう。



振り子時計は、ただ繋がっているだけ。繋がれば、共振・共感しようとする意志のようなものが万物には備わっている。その性質を〈コナトゥス〉と呼ぶ――といったところが正確な記述かな。

この振り子時計共振実験から連想するのは、振り子時計をグラトニ・プレートに置き換えて共振実験をしてみたら、どんな現象がみられるか? ということ。「触媒」が描き出す「構造」は、それぞれどのように変化するのか? 同期してそれぞれで寸分違わぬ模様を描き出すのか?

興味深いところだ。どこかに実験動画ないかな?

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