愚慫空論

〈コミュニケーション〉と【コミュニケーション】


「コミュニケーション」に“〈 〉” もしくは “【 】”の括弧をつけて表現した、

 〈コミュニケーション〉と【コミュニケーション】。

この2つは同じようで大きく異なる。



生命は〈振動〉である。
個体ごとにちょっとズレている周波数をチューニングするのが〈コミュニケーション〉



〈振動〉に「媒体」がばらまかれて、視覚化された「構造」を一致させようとするのが【コミュニケーション】。

ヒトが【コミュニケーション】能力を獲得することで、人間となる。
ヒトは【コミュニケーション】能力を獲得したことで、他の種の生存競争に勝ち抜いてきた。
ヒトは【コミュニケーション】能力によって【社会】を運営するようになり、文明を築き上げた。
ヒトは【コミュニケーション】能力によって【欲望】を憶えるようになり、際限なき競争を繰り広げるようになり、環境を食いつぶすようになってしまった。

【コミュニケーション】は〈学習〉を停止させる危険が高い。



メッセージを投げ合い、AとBそれぞれ固有の〈振動〉を調和させようとするのが〈学習〉であり〈コミュニケーション〉。
メッセージのやりとりは「媒体」を使って為されることもあれば、身体的な信号をやりとりすることもある。
前者はヒューマンコミュニケーション。後者はアニマルコミュニケーション。

ヒューマンコミュニケーションは【コミュニケーション】を孕んでいて、〈学習〉を停止させる危険性が高い。

AとBが「媒体」を使って「コミュニケーション」をしているとする。
「コミュニケーション」を重ね、双方の「模様」が一致したとしよう。
すると、“模様”に対して〈振動〉をチューニングしようとする働きが起こる。
この働きは、おそらく“理性”と呼ばれるものだ。

生命体としてのヒトの順当な流れは 〈振動〉 ⇒ 「媒体」 ⇒ 「構造」 である。
この働きは、たぶん“知性”。

知性によって「構造」が構築され、【コミュニケーション】によって個々の「構造」調整が行われる。
そして、 「構造」 ⇒ 「媒体」 ⇒ 〈振動〉 という逆転現象が起こる。
「構造」に合わせて〈振動〉をチューニングする。
ここにおいて理性による【暴力】が生まれることになる。

【コミュニケーション】の目的は多くの場合、相手の支配である。
「構造」調整――「正しさ」の追及――によって相手を追い詰め、調整された「構造」に〈振動〉をチューニングするように相手を責める。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/786-e4fba9b5

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード