愚慫空論

心の中の「きれいごと」

「きれいごと」を辞書を引いて見てみると
①うわべだけがりっぱで、実のないこと。 ②手をよごさずにできる仕事。
と出ていた(小学館『新選国語辞典』)。この「きれいごと」という言葉、ことばヅラはたいへんに“きれい”なんだけれども、意味は裏腹に“きたない”。なんだか不思議だ。

今回のエントリーのタイトルを『心の中の「きれいごと」』とした。これは最近、辞めるの辞めないのと騒いだお二人のことをいろいろと思い巡らした末にこうなってしまったのだが、こんなことになってしまったのは、「きれいごと」という言葉に象徴されるような内と外との矛盾のようなものが、この二人の辞任劇および辞任未遂劇にもあると思ったからである。

まあ、ようするにいつもの如く訳のわからんことを述べてみようということだ。よかったら、後半お付き合いください。


私は基本的に、心の中に「きれいごと」を持っていない人は信用しない。そして、これは私に限った話ではないとはずだ。

このように表現すると、ここでいう「きれいごと」とは理想のように、人それぞれが心の中に抱く“きれいなもの”というふうに感じてもらえると思う。“心の中に「きれいごと」を持っている”とは“青臭い”と言ってもいいだろうか。

心の中に「きれいごと」を持たない人は、例えば“この世の中、所詮はカネがすべて”とか“力がすべて”なんてことを言ったりする。言わなくてもそのように行動する。常に自己中心的に物事を判断し、己の利益になるように物事を誘導する。

こういう人は、ある意味頼りになり利用できる存在だとは思うことがあっても、その人を信用できると思うことは、ない。

では、心の中に「きれいごと」を持つ人はみな信用できるかというと、そうもいかない。心の中に「きれいごと」を持つ人のなかには、とても怖い人もいる。私はそういう人を“「きれいごと」に飲まれた人”と呼びたいのだが、こういう人は自らの心の中に芽生えてしまった「きれいごと」に心を乗っ取られてしまって、「きれいごと」の実現に邁進する。今、流行の言葉で言うと、原理主義者であろうか。


さて、先日のイチロー君辞任未遂劇、そのまえの晋ちゃん辞任劇である。

このお二方の社会的な責任に関しては、とりあえず措く。いや、これは断じて措いてはならないという意見の方もいらっしゃるだろうし、それに同意もするが、でも、措く。

私は以前、晋ちゃんのことを「いい人」だと書いたことがある。今でもその意見に変わりはないが、付け加えるなら、晋ちゃんは“「きれいごと」に飲まれた人”であるということ。
晋ちゃんは晋ちゃんなりに、心の中に「きれいごと」を抱いていたのだと私は思う。それを表現する言葉が「美しい国」だったのだろう。晋ちゃんが心のなかに「美しい国」という「きれいごと」を抱いたことについては、私は決して批判しようとは思わない。

だだ、彼はそれに飲み込まれた。そして彼の心の中の「きれいごと」は辞書にある意味の通りの「きれいごと」になった。

そんな晋ちゃんを自民党は利用した。彼らは最初から辞書にある意味での「きれいごと」として晋ちゃんを利用していた。そして晋ちゃんが自分のなかの「きれいごと」と現実のギャップに耐えられなくなったときに、晋ちゃんを捨てた。


イチロー君はどうか? 彼は果たして心のなかに「きれいごと」を持たない人なのだろうか?

辞任騒動以降、新聞TV等の報道は入り乱れている。無責任という指摘は間違いない。それは誰がどう見ても無責任だ。だが、イチロー君が無責任な態度を取ろうとした理由、これは「きれいごと」なのではなかったのだろうか?

イチロー君は、
“福田総理は、~、政策協議の最大の問題である安全保障政策について極めて重要な政策転換を決断された。~これまでの我が国の無原則な安保政策を根本から転換し、国際平和協力活動の原則を確立するもので、私個人は、それだけでも政策協議開始に値すると判断しました”
と最初の記者会見の折に言った。福田総理が本当にその旨発言したのかどうかは判然としないが、私はここにイチロー君の「きれいごと」を見る思いがする。“私個人”という言葉にそれがにじみ出ているような気がする。

イチロー君の国連中心主義が彼の「きれいごと」なのかどうなのか、私はこれまではよくわからないでいた。だが、今回の騒動でそれははっきりしたと感じる。国連中心主義は、イチロー君の青臭い理想であるのだ。
(もちろん、「きれいごと」だからといって批判するべきでないというのではない。「きれいごと」の中身は広く議論されるべきである。ただ「きれいごと」を持つか持たないかという人間の心性を問うている)

イチロー君は心に「きれいごと」を持つ人であった。だからこそ、その「きれいごと」に飲み込まれそうになった。それが今回の騒動の発端となった、イチロー君の心理的要因ではなかろうか?


結果としてイチロー君は飲み込まれなかった。飲み込まれようとするイチロー君を民主党は引き止めた。引き止めた理由は、おそらくイチロー君の「きれいごと」ではあるまい。

イチロー君が民主党に引き止められたのは、イチロー君が「きれいごと」で済まさない人であったからであろう。もともとから民主党はイチロー君の「きれいごと」にあまり期待はしていなかったはずだ。むしろその「きれいごと」ゆえに敬遠すらしていた。そんなイチロー君を引き止めたのは、彼が「きれいごと」ではない実力をもっていたからだろう。「きれいごと」では済まない世の中の実情を熟知していた人であったからだろう。

対して自民党はどうか? 自民党はまたもや、他人の持つ「きれいごと」を利用しようとしたのではなかったか? それが自分たちの盟主であれ他党の党首であれ「きれいごと」を利用する。自分たちの利権のために、自らはハナで笑っているであろう「きれいごと」を使う。時には自らが、そう、例えば郵政民営化のときのように「きれいごと」を謳い、時には他人の「きれいごと」を用いて国民を騙そうとする。“あ、うんの呼吸”なんて言う福田総理の言葉には、「きれいごと」の切り回しに長けたある種の老獪さが透けて見えるような気がする。


心に「きれいごと」を持ちながらも「きれいごと」で済まさない人。そんな人物がいれば、私はその人を信用し、共に仕事をする機会でもあれば信頼することだろう。
イチロー君が果たしてそういう人物かどうか、報道等で得られる情報だけでは確固とした判断は付きかねるが。

コメント

こんにちわ.私が久しぶりに書いた記事の中で「ロマン」という表現を用いました(TBさせていただきました).私は「きれいごと」を「ロマン」と置き換えてもぴったり来るような気がします.「ロマンがある」というだけでいい評価を与えるのは実に危険で,その中身が問題だと思います.その「ロマン」を悪利用する実に悪賢い連中が必ずいるものです.

>「きれいごと」を「ロマン」と置き換えてもぴったり来るような気がします

同感です! TBを拝見して、そうか「ロマン」という表現があったんだ、やられた! という感じです。

私の「きれいごと」についてはこれで打ち止めですが、papillonさんのほうでは続きがあるご様子。楽しみにしています。

「キレイゴト」を実際にやるのはとても泥臭い事です

泥臭い事を嫌う人たちが「そんなのキレイゴト」という言葉を口にするんです

そういう人たちは泥臭い事から逃げたつもりで、逆に汚れ切った場所に入ってゆきます

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