愚慫空論

粟島の情景

ここのところバタバタしていて、ブログを更新する時間がなかった。前回の更新が4日で、今日は既に21日。

いや、時間がなかったというのは嘘だな。この間、書くとなるとどうしても選挙のことになる。それがいやだから書かなかったんだ。選挙結果は、予想はしていたけれど、呆れたもの。日本の「終わり」の始まりの第二幕が上がった、という感じか。

それはさておき。

また粟島を訪問してきた。当初は家内を連れて、7~9日の間で訪れるつもりだったのだが、ちょうどその頃爆弾低気圧が日本海を通過して、船が出なかった。船会社から情報を聞きながら、8日の午前の便は出られそうだというので新潟県村上市の岩船の港まで向かったら、やっぱりダメ。直前まで出られそうな感じで、現地(岩船)の人も、これだったら大丈夫だよと言っていたのに、いきなり風が強くなり始めて欠航。

こうなるとしばらく出られそうにないというので、仕方がなく帰還。山梨から村上まで、往復千キロ弱の出戻り。マイッタ。

(けど、9日は船が出ていたんだよな。前回は粟島にフラレタというより、弄ばれたという感じ...(^_^;) )

で、今回は14~17日まで。今度は予定通り、船が出てくれた。

前日13日の夜に山梨を発って、途中仮眠をとりながら、朝8時前に港に到着。10時30分の出航まで時間があるので、粟島と距離的に最も近い、村上の笹川流れというところあたりまで足を伸ばしてみた。

笹川流れから

荒れていないとはいえ、冬の日本海。多少晴れ間が見えるが、粟島は雲の下。

予定通り10時30分の船にのって、1時間半の船路。昼食を食べて、少し散策に出かけた。雨が降り始めていて、薄暗くて、重苦しい雰囲気。

後から島の人に聞いたのだが、今の季節が一番憂鬱なんだそうだ。天気は悪いし、日も短い。一月も後半になって日が延び、鱈などの漁が始まると島にも活気が出てくるというのだが、11月終わり頃からそれまでの間は観光客も来ず、あまりすることもなくてどうしても落ち込み加減になる。他所から移り住んで島で暮らし始めたばかりの人は、最初はとても辛いというらしい。この季節を乗り越えられるかどうかが、島で暮らし続けることができるか否かひとつの関門になっている、と。

なるほど、それはよくわかる。だが、私はこの重さ、決して悪くない、と感じていた。

カッパを着て雨の中を歩きながら、見つけた〈暮らし〉の断片。

風景

漁具が並んでいて、軒先に大根がぶら下がっている。こんな風景から、人々の〈暮らし〉が垣間見える。

粟島に限らず、それぞれの風土にはそれぞれの生態系がある。現代人が求める【快適な暮らし】は、時として、そした風土から切り離された人工的な空間を求める。時としてではなく、それが常態になっている。多量のエネルギーを消費して人工的に【快適な空間】をつくり、そこが快適だと思っている。確かに快適は快適だ。

だが、それは〈暮らし〉ではない、と思う。〈暮らし〉とは、風土が織りなす生態系をメインシステムだとすれば、それに付随するサブシステムである。さらにいえば、私たちの身体はサブシステムのそのさらにサブシステムなのだ。

【快適空間】に慣れてしまった者には、つまり、アタマが要求する快楽を追い求める者には、天候から来る重苦しさは堪えるだろう。けれど、風土→〈暮らし〉→身体という生態系の循環に沿うならば、辛いということはあっても、不快ということはない。他所から着た私の身体はまだ粟島の風土に馴染んでいない。ここで〈暮らし〉を展開していない。その順応の差は負担に感じる。けれど、その負担を解消すべく身体が勝手に順応を始めることを感じることができれば、その負担はむしろ快感だ。

もう少し言い換えてみよう。身体が風土に馴染むというのは、風土に身体が〈依存〉していくということだ。そして〈依存〉することが〈自立〉への第一歩。〈暮らし〉を自立して営むことができるようになれば、立派に〈自立〉である。〈依存〉と〈自立〉の二項同体

風景風景

畑。これも〈暮らし〉のある風景だ。

さらに道を歩いていると、雨の中でおばあさんに遭遇。

風景

声を掛けてみたら、雨の中にもかかわらず迷惑そうな顔もせず親切に、いや、それ以上に、話をしてくれた。大正月、小正月に使う木を取りに行った帰りなんだそうだ。大正月に門松の横に添える木。小正月に団子をぶら下げる木。風土と〈暮らし〉の中から生まれた風習が生き残っている。もっとも、話す言葉は訛りが強くて、あまりよくわからなかったけど。

(後で聞くと、本当は木を取りに行くのにも日が決まっているそうだ。まだその日よりも随分早いらしく、ばあちゃん、横着をしたな、と別の人は笑っていた。)


私たちは今、岐路に立っている。私たちはアマタが要求する【快適空間】を実現するべく尽力してきた。そのように文明を発達させることが社会の進歩だと信じてきた。そうした進歩は一時の幻想であり、それが綻び始めていることは少なからぬ人が気がついていたけれども、それでも大勢はまだまだ進歩は継続できる、しなければならない、と思い込んでいた。

2011・3・11は、その綻びが、大きな裂け目になった瞬間だった。だが、【快適空間】への願望は止まない。その裂け目はもう取り繕いようのないところまで来てしまったのに、目を背けて見ようとしない。先の総選挙の結果は、その現われだと私は見る。

日本の人間社会は、その「終わり」に向かってますます重苦しいものになっていくだろう。だからこそ、〈暮らし〉を再建することを始めなければならない。

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