愚慫空論

貨幣から馬力まで

いろいろ書きたいのだけど、時間がないので、とりあえず今朝のツイートのまとめ。

*****

・【貨幣について:安冨歩さんが掲げている言葉その1】人を惑わす金を利用して友達を作りなさい。そうしておけば、金がなくなったとき、友達はお前たちを永遠の住まいに迎え入れてくれる。(ルカスによる福音16:9)
(リツイート)

・【貨幣について:安冨歩さんが掲げている言葉その2】貨幣そのものが人間の紐帯を破壊してしまうのではない。貨幣によって結ばれる紐帯にもとづいた、呪縛なき秩序を作ることもできる。(安冨歩「無縁・呪縛・貨幣」『貨幣の地域史』所収、2007年)
(リツイート)

・貨幣が人間関係に及ぼす作用は、切断ではなく、単純化だと思う。単純であるがゆえに、繋がりやすいという特性を持つ。

・良好な人間関係は、複雑さのなかで安定しているもの。そのような関係性が(貨幣によって)単純化していったとすれば、主観的には「切断」と映るだろう。一方、貨幣によって結ばれた単純な関係から、複雑で安定した関係へと発展させることができれば、貨幣は「機縁」である。

・貨幣が厄介なのは、その関係性単純化作用ゆえに、一般に信頼性が高いこと。信頼性の高さは、理解の容易さから来る。貨幣の信頼性は、人間のバカなアタマでも理解できる。ところが、複雑な関係性は、アタマでは理解できない。アタマよりも精妙なカラダを使わなければならない。「魂の作動」が必要。

・人間の身体というのは、極めて精妙なシロモノ。人間は精妙な言葉を持つことができるが、身体の精妙さにははるかに及ばない。その証拠に、微妙な身体感覚を言葉で表現することは、極めて難しい。

・言葉は話し言葉から文字へと移行することで、その精妙さが減衰すると同時に、伝播性が増す。さらに文字から貨幣へ移行すると、精妙さは削ぎ落とされ、伝播性が最大化。伝播性(経済学用語でいうところの流動性?)の高さは、バカなアタマには「信頼性」と認識される。

・人間の身体の精妙性を作動させるには身体を使わなければならないが、ただ使うだけでは精妙さの精度を上げていくことはできない。上げるには「修行」が必要。精度があるレベルを超えると、バカなアタマにも影響を及ぼし始める。

・ただ、人間の身体はあまりにも精妙であるために、「修行」にはかなりの労力を要する。ところが、ここを馬に頼ると、非常に効率よく修めることができる...というのは、馬力学会発起人よりたかつひこさんの言。修行の効率性こそが「馬力(ばりょく)」。「修行のハイウェイ」と換言できるだろうか?

・馬が「修行のハイウェイ」であるのは、乗ることができるという点が大きい。乗ることで物理的に身体へ影響を及ぼし、直接的に身体の作動を起動させることになる。

*****

馬力学会については記事を書くつもり。


コメント

なんかすごい分かりやすかったです!

けど、最後が???でした。 (^o^)

けど、最後が???でした。

ふふふ。それは、これから書きます。

アキラさんの最新記事。「やる気」がないことと「生きている」ことの関係。ここに繋がる話です。いえ、だと思います。

「生きている」の作法 前編 ~「やる気」がなくなる ~ http://blog.livedoor.jp/appie_happie/archives/52171446.html

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/744-06ac8d7e

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード