愚慫空論

「生きる」ために ~『もう「東大話法」にはだまされない』


安冨先生の新著。今度は新書。二〇〇頁弱。届いて、すぐに読み始めた。あっという間に読了。快著だと思った。が、同時に“怪著”でもあるかもしれない。なぜ、そうなるのかは、後で触れる。

目次

はじめに――「絆社会」を訴えることの危うさ 3
 「絆」とは自分をくくりつけるヒモ 3  日本人は「立場のある家畜」5
「立場社会」を守る話法 7

第一章 「東大話法」とは何か 19
  原発危機にも楽観的 20        「水素爆発」を必死にごまかす 21
  原発ムラと東大の共通点 23       大惨事に出現する「東大話法」 25
  原発は日本の「欺隔」の集合体 27    言葉を正すことの重要性 29
  メディアを暴走させた罪 30       良心的な学者の指摘 32
 「我が国学者」の無責任 33        都合のよい方向へ、それっぽく 35
 「東大話法」に共通する法則 36      東大話法の「模範文書」 38
 「東大話法」が議論を有利に 43      ケムにまいて切り抜ける 45
  素人やスケープゴートを侮辱 46     東大関係者だけではない 48
 「東大文化三ヵ条」 49         「権威」によって拡散される 51
 「官僚語」こそ東大話法 53

第二章 東大話法の温床は「立場主義」 55
  なぜ彼らは東大話法を操るのか 56    原発事故は「悪事の微分化」 57
  大王製紙事件は典型的なケース 58    犯罪者の「東大話法」 60 
  立場上ウソをつく「御用学者」 61   「答える立場にありません」 62
 「人」よりも尊重されるもの 64      東大は「立場」を叩き込む 65
 「立場」を明確にすると有利に 67    「立場」と「自信」の相乗効果 69
 「勝ち逃げ」こそ常套手段 70       欺隔の「立場三原則」 71
  東大ショッカー説 73 

第三章 「立場」はどうやって生まれたのか 75
 「立場」の原点 76           「家」が生命体だった中世 77
 「家」から切り離されて「立場」に 78   感情を捨てて使命に邁進 80
  人権を尊重しない人権派 81      「終身雇用」が生まれた背景 83
  私が銀行勤務で感じた疑問 85      すべてのビジネスは「関所」から 87
 「冠婚葬祭」こそ最も電要な仕事 88    増殖する「責任」と「役」 90
  技術革新を無にする立場社会 91     衝撃のバカバカしさ 93
  新卒がすぐに会社を辞める理由 95   「立場」を守るためだけに 96
  原子力委員会の強弁のからくり 98    履歴書の「派遣」「空白」は…… 99
 「くされ縁」は個人には切れない 100
 
第四章 「東大話法」がもち上げる「送りバント」 103
 「東大話法」で立場をしつける 104    「他人に迷惑がかかる」が入り口 105
  非言語でひっそりと「刷り込み」106   「立場」という椅子にうまく座る 108
 「社畜」は立場社会の本質 109      「サラリーマンはラクやからな」 111
 「感受性」を殺すしかない 114      『社畜のススメ』の「東大話法」 115
  野球は「立場のスポーツ」 118     「社畜」でも「やり甲斐」があった 119
 「役たたず」がクルクルと空回り 121    サラリーマンに「面子」はない 122
  進退を白分で決められない社長 125    日本では総理大臣も「役」 126
  無意味な会議を長引かせる 127      東大の会議で見た「立場の調整」129

第五章 「東大話法」が男と女をこじらせる 133
 「立場」に縛られる男の口癖 134     「女房が」が「我が国が」135
  立場主義者は「割り勘」を好む 137   「立場主義の妻」は搾取する 138
 「立場夫婦」は「熟年離婚」へ 141     定年した夫は「立場の抜け殻」 142
  いい奥さんを演じる 144        「東大話法」が糊塗する「立場婚」 145
 「そんなもの」に凝縮された欺瞞 147    現実の直視を避ける 149
 「良家の子女」は道を踏み外す 151     子どもは「愛情」に怯える 152
 「結婚は幸せ」という思い込み 153     ディズニーランドの「幸福疲れ」 154
  家族写真は「心」を追いつめる 156    立場上の「答え」を瞬時に返す
  アメリカ人の「幸福偽装工作」 158   東大生の「モテキ」160
  私の「将来性」を感じ取った女性 162   女性の「計算能力」は侮れない 164
 「立場の品定め」は女性ならでは 165   「立場社会」で女性は成功できるか 166
  立場主義の男と女を見抜くには 168  

第六章 「東大話法」に逆襲するには 171
 「家政婦のミタ」と「東大話法」172   「承知しました」の底力 174
 「歪み」を浮き彫りにする 176      「デタラメ」を忠実に実行する 178
 「まったく意味のない仕事」を消す 179  「立場」を守る人々からの妨害 180
 「そこまで」とはいったいどこまで 182  「東大話法」を破壊するもの 183
  東大は「秋入学」を実施すべき 185    見事にすり替えられた「目的」 186
 「機能する立場主義」はあるのか 189   「立場の機能不全」の産物 190
  中国人が衝撃を受けた日本の仏性 191  「東大話法」にダマされない方法 193

おわりに 196


ここに並んだ項目は、私のような安冨チルドレン(笑)には、おおかたお馴染みのもの。そのことが読書が早く進んだ一因ではある。が、これは逆に言うと、幅の広い知識、いくつもの著作に跨がって述べられていたことを、一冊で読むことが出来るお得な本だということができる。しかも、「東大話法」という切り口でまとめ上げられているから、読みやすい。快著たる所以だ。中高生でも、十分に読むことができるだろう。いや、中高生こそ読むべきだろう。

本書を読んで、個人的にひとつだけ残念に思ったことがある。それは発売時期。夏休み前か、せめて8月はじめにでも発売されていたら。中高生の甥っ子、姪っ子たちに読ませたのに。もちろん、今からだっていいのだけれど、夏休みというのは、自分の経験上からも、自分を見つめ直すのに適当な期間だといえると思う。そういう時期に、この本をぶつけてあげられることができたなら...。

来年へ向けて、青少年を対象に、また一冊本を書かれるとよいのではないかと思いますが、いかがでしょう? 安冨先生? 夏休みの課題図書に学校が指定するというようなことはないと思いますが。残念ながら。

話が少し逸れた。

私は、安冨先生の著作には特徴が2つあると思っている。ひとつは、「芋づる式跳躍」とでもいうべきもの。前著、『幻影からの脱出』は、そちらの特徴が際立ったもの。


もうひとつは、『複雑さを生きる』『生きるための経済学』『生きる技法』『今をいきる親鸞』『生きるための論語』といったように、著書のタイトルにもなっている、「生きる」というテーマ。「生きるための格闘」が、学問という形式となって結実した――といった趣きのもの。

この2つの特徴は、いうまでもなく、ひとつの根から芽生えた双葉のようなものである。

今日の我々の学問的への態度は、〈私〉の外部で生成する現象の本質を探究するといったものだし、そのように刷り込まれてさえ、いる。なので、必然的に、重視すべきは〈私〉が関与しない「客観的事実」であるということになる。「東大話法」というのは、そうした土壌に芽生えた徒花のようなものでしかないわけだが、安冨先生の学問的態度はそれとは全く逆で、〈私〉こそが学問の中心であるべきというもの。

「芋づる式跳躍」というのは、外部中心の態度からすればそう見えるというだけのもので、〈私〉を中心に視座を据えれば「芋づる式」は当然のこと、「跳躍」は、あくまで他者からはそのように見えるというだけのこと。「生きる」ための格闘も〈私〉を中心だとすれば、それもまた当然のことである。人間はそれぞれ、世界の中で日々格闘を繰り広げているわけで、その「格闘」が学者であるなら学問という形式で結実するのは、この上なくあたりまえのことだという以外にない。

そんなわけだから、「生きるための○○」といった著作名から連想される“啓蒙書臭さ”といったものからは無縁。これもまた安冨先生の著作の特徴と言っていいだろう。

それからすると、本書は若干、“啓蒙書臭さ”がないではない。それは、「格闘」で得られた既知の知識を「東大話法」を軸に編集したというところからもたされた“お得”なところと引き替えに出てきてしまったもの。その代わりといってはなんだが、本書には、安冨先生の個人的な「格闘体験」が詰め込まれている。そして、その個人的「格闘体験」が、快書の痛快感を通り越して、“怪”書たる印象を与えることになる。

その趣きは、第六章で『家政婦のミタ』が登場したきたときに、明確になる。


この『家政婦のミタ』というTVドラマは、近年稀に見る視聴率をたたき出したという意味でも怪物的作品だが、それ以上に、その内容が“怪”作の称号に相応しい。

 あのドラマの凄いところは、このような日本の平凡な家庭の欺瞞の危険性に、真っ正面から向き合ったらどうなるのかということをテーマにしたところでしょう。舞台となるのは閑静なベッドタウンの一軒家で、わかりやすい「幸せそうなマイホーム」です。ところがそれはすべてまやかしで、父の不倫と母の自殺によって、子どもたちは愛し合ったオスとメスから生まれたのではなく、「立場上」生まれた存在だということに気づき、悩み苦しみます。そのようなウソの塊である家族に三田さんが介入し、死んだ母親が仕掛けた呪縛を徹底的に破壊して、家族はゼロから再生をするのです。
 放映される半年前、東目本大震災による、福島第一原発事故が起きました。本書でも繰り返しお話をしてきましたが、原発というのは「東大話法」によって生み出され、「東大話法」によって崩壊しつつある立場主義社会の権化みたいなものなので、あの事故によって、日本という立場社会全体が激震を受けました。まさしくあのドラマにでてくる一家のように、欺瞞性が一気に噴出したのです。
 そんな欺瞞性をあえて徹底させることによって破壊し、愛情を再生する。立場主義社会のなかで「生きる」ということは何かということを日本人に突きつけたので、あのドラマは人気を博したのではないかと私は考えています。(p.175~176)


『家政婦のミタ』が“怪”作であるのは、主演・松嶋菜々子の“怪”演に拠るところが大きいのだが、本書での主演者の振る舞いは、決して“怪”ではない。心ある人間のもの。だが、だからこその“怪”。歪んだ実像を歪みなくストレートに映し出したがために、“怪”作となってしまう、という逆説である。

一見、逆説に見えることを信念を持って実行する。本書には一度も登場しないマイケル・ジャクソンだが、そのMJが歌った『JAM』の精神。「東大話法」に欺されずに心豊かに生きようと思えば、現代社会のシステムのなかでは、必然的に『JAM』を迫られることになる――。



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