愚慫空論

妄想と現実の二項同体

内山節さんの本と思想は、私の中で大きな位置を占めている。それは、私が樵であるということと深く関係している。内山節さんは、田舎の哲学者だから。

そんな内山さんの本の中で、どれか一冊をあげるということになると、『なぜ日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』


本書の述べるところのよると、日本人は、だいたい1965年を境に、キツネにだまされることがなくなった、という。

***



なつかしの『まんが日本昔話』。子どもの頃、よく観た。

人間がキツネやタヌキに化かされるという話は、この『まんが日本昔話』にしばしば出てくる。それらの話を、私はファンタジーとして受けとめていた、と思う。つまり、現実の話ではない、と。

いきなり話が逸れるようだが。



サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは
 たわいもない世間話にもならないくらいの どうでもいい話だが
 それでも、俺がいつまでサンタなんていう
 想像上の赤服おじいさんを信じていたかというと
 俺は確信をもって言えるが、最初から信じてなどいなかった。


知っている人にはお馴染みの『涼宮ハルヒの憂鬱』冒頭のキョンの台詞だが、この台詞に言い表されたこの感覚。これは、確かに私自身の感覚でもあった。『マンガ日本昔話』で、人間がキツネやタヌキに化かされていたというファンタジーに接しても、「確信をもって言えるが、最初から信じてなどいなかった」。

****

しかし、その確信が消えてなくなる日がやってくることになる。

私は、2001年から2009年まで南紀・熊野で暮らしていたが、その地で、知り合いの人が、キツネだったかタヌキだったかは忘れたが、化かされてしまった、気がつくと森の中で眠り込んでいた、という目に逢ったという話に遭遇した。昔話ではなく、つい、昨日の話として。

それは確か、2007年の夏前だったと記憶している。『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』が出版された年。その話に遭遇して、そのすぐ後に出かけた内山さんの講演で、1965年を境に日本人はキツネにだまされなくなったのだという話を始めて聞き、そして本が出版された。

日本人がキツネやタヌキに化かされたというのは、現実の話ではないという意味での【ファンタジー】ではなかった。ファンタジーではあるが、本当にあった〈ファンタジー〉だった。

 かつて山奥のある村でこんな話を聞いたことがある。明治時代に入ると日本は欧米の近代技術を導入するために、おおくの外国人技師を招いた。そのなかには土木系の技師として山間地に滞在する者もいた。この山奥の村にも外国人がしばらく滞在した。「ところが」、という伝承がこの村には残っている。「当時の村人は、キツネやタヌキやムジナにだまされながら暮らしていた。それが村のありふれた日常だった。それなのに外国人たちは、けっして動物にだまされることはなかった」
 いまなら動物にだまされた方が不思議に思われるかもしれないが、、当時のこの村の人たちにとっては、だまされない方が不思議だったのである。だから「外国人はだまされなかった」という「事件」が不思議なはなしとしてその後も語り継がれた。
 同じ場所にいても同じ現象は起こらなかったのである。おそらくその理由は、その人を包み込んでいる世界が違うから、なのであろう。村人を包んでいる自然の世界や生命の世界と、その外国人たちを包んでいた自然の世界や生命の世界が、客観的世界としては同じものでも、とらえられた世界としては異なっている。それがこのようなことを生じさせたのだろうと思う。

(『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』 p.115)


*****

1965年以前。日本人は、しばしばキツネやタヌキに化かされたいた。外国人は化かされていなかった。1965年以降は、化かされることがなくなっていった。この事実から、日本人が外国人たちと同じ精神世界に棲むようになったのだ、と断じることはできない。だが、外国人たちの精神世界と、精神世界が生んだもの――文明、文化――に影響されたことは間違いない。おそらくは、影響は受けたものの、まだ同じ精神世界に棲めずにいる。現在の日本人の精神世界は、どっちつかずの、地に足がつかない状態にあるのではなかろうか。

以前、そういった内容の文章を、外国人の精神世界を〈学〉、日本人を〈術〉として、書いてみたことがある。

 ⇒ 愚樵空論 〈学〉と〈術〉

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ここで考えて見たいと思ったのは、変容していく日本人の精神世界と政治との関係。参考書は、おなじみ安冨先生の新著。『幻影からの脱出』。

「第三章 田中角栄主義と原子力」において、72年体制、非主流派という概念が提示されている。


 一般には五五年体制は一九九三~四まで、つまり四〇年近くも継続した、と考えられています。しかし私はこれがもっと早く、一九七二年に、佐藤栄作率いる佐藤派のなかの派中派として、田中角栄率いる「田中派」が成立したときに崩壊した、と見るべきだろうと考えたのです。そして同月の田中角栄の首相就任、一九七二年九月の訪中によって、「田中角栄主義」とでも呼ぶべき政治思想が確立したと考えます。
 これによって日本の政治は、

  保守本流 (親米:都会の官僚、エリート層中心)
  田中派  (親中:田舎中心)
  社会党  (親ソ:都会の労働者中心)

という鼎立構造絵と移行したのです。私はこの体制を、「七二年体制」と命名したいと思います。
(『幻影からの脱出』 p.117,118)


七二年体制の成立で、田舎の「非体制」の人々が、政治へと参加するルートが開拓されることになった。大雑把にいえば、投票行動を通じて政治に参入し、政治権力でもって、つまりは公共事業で、前近代的な田舎を近代的に「改造」していくことになった。

その「改造」のなかには、もちろん、原発も入っていた。

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ちなみにいうと、私が属する林業の世界も、かなりの部分は「公共事業の世界」に飲み込まれている。その先兵の一つが森林組合という組織。

余談だが、私が最初に林業の世界に跳び込んだとき、所属したのは森林組合だった。そこは「腐臭」の漂う場所だった。

七二年体制とは、田舎の「非体制」が体制へと取り込まれていく現象。その原動力になったのは、端的に貨幣欲。田中派が浴びる批判の定番は金権政治、つまり金による政治腐敗だが、その同じ匂いが森林組合にもあった。それは、私の属したところがたまたまそうだったのかもしれないが、いろいろと伝え聞く話を総合すると、どうもそうした「腐敗」は標準的なもののようだった。

その一方で、現場で働く人たちの中には、キツネにだまされていた日本人の面影が色濃く残っていたようにも感じた。その感じは、森林組合を辞め、民間の林業会社に移ったとき、より強く感じられた。

とはいうものの。そうした面影を色濃く残している人たちは、自身を時代遅れの人間だと規定してた感も、同時に強くあった。自身の価値観と社会の価値観のギャップ。

********

政治の世界で田中角栄が力を持ち、田中派が成立したこと。このことで則ち、「非体制派」が出現したというにはならないはずだ。

内山さんは『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』のなかで、次にようにいう。「山川草木悉皆成仏」という、もともとの仏教からは逸脱した教えが出てきたことも重要だが、もっと重要なのは、その教えを受け入れた民衆の心である。

田中派の成立も同様に考えるならば、重要なのは、田中角栄の「日本改造計画」を受け入れた「田舎の人々の心」ということになる。田中派は「田舎の人々の心」の受け皿となったことで、政治的に力を持ち、「非体制派」が出現することになった。

では、一体、この「心」とは、どういったものだったのか。それは、日本人がキツネやタヌキに化かされなくなったことと、深く関連しているはずだ。

*********

日本人の精神世界の変容は、何かに置き換わっていく、ということではなく、空洞化だったのではなのではないのかと私は思う。

キツネやタヌキにだまされてしまう、ということは、それだけ自身をとりまく風土――「自然環境」という言葉でもいいが――とのコミュニケーションが深かったということである。深いコミュニケーションは、深い安心感をもたらす。この深さは、死生観へ至る深さであったと思う。

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』で述べられているのは、この死生観についてである。

そうした「深さ」が失われていった。結果、不安が募る。意識に昇ることのない、通奏低音のような不安。田中派が受け皿になったのは、不安の方であったのではないか。不安に受け皿が出来てしまったことで、人々は不安から目を逸らすことが出来た。しかも、近代的な便利な生活という「成果」も得ることが出来た。

しかし。現在は、田中派はほぼ崩壊してしてしまった。それは七二年体制がもともと抱えていた構造上の帰結である。そして、「成果」の大きな象徴となっていた原発は、爆発して吹き飛んだ。にもかかわらず、「成果」で不安から目を逸らしていた人々は、いまだ「成果」を追い求めている。

**********

『幻影からの脱出』の第四章、「なぜ世界は発狂したのか」。その最後のチャプターは、「妄想から現実へ」。

 本田透さんという作家がいます。いわゆる「萌え」という概念を確立し、世に送り出した人です。『電波男』(講談社文庫)という本がよく売れたことで知られています。私は彼の著作をいくつか読んで、その思想と独創性とに感心しました。彼は、現代という狂気に満ちた妄想の時代を打ち破るためには、更なる妄想が必要だ、という興味深い議論を展開しています。(p.207)


本田さんの答えは、三次元空間には愛がない、という絶望的なものでした。そして彼が採用した手段は、愛が失われた三次元空間を去って、「萌え男」となって二次元空間に旅立つことでした。しかし、それは、二次元空間に逃避するためではなく、そこで徹底的に愛を「妄想」し、その力によって三次元世界に愛を取り戻す、という崇高な戦略を実現するためなのです。(p.209)


ここで、『涼宮ハルヒ』の冒頭の台詞を思い思い起こしていただきたい。「確信をもって言えるが、最初から信じてなどいなかった」

私は、本田徹さんも、この「確信」を共有しているように思う。だからこそ、さらなる妄想、という方向性に向かうのだと思う。『涼宮ハルヒ』もまた、そうした作品だ。

「更なる妄想」から得られる架空の愛に、反応するものは確かにある。だが、それは同時に、ある種の虚しさも伴う。そこには現実がない。つまり、閉じた【ファンタジー】でしかない。架空の愛から得られた感覚は虚空を漂うしかなく、どうしても、自身の不安を隠蔽するのに都合のよいものへと成り下がってゆき、束の間の空虚な安心感をもたらすものとして「消費」されてしまう。

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安冨先生は、妄想に妄想で対抗するのは無理筋だといい、妄想から目覚めなければならない、と言われる(『幻影からの脱出』(p.212)。そして、そこから〈跳躍〉し、第五章冒頭、「子どもに聞くこと」へと至る。この流れには、感心させられる。

だが、少し違和感がないではない。それは、妄想と現実とが「二項対立」として表現されていること。私は、妄想と現実とは、二項同体なのだと思う。〈私〉とは、妄想と現実の接点にある存在。妄想と現実とを矛盾しながらも分離させず、矛盾のまま繋がることのなかから生起してくるものと、言ってもいい。「愛」というものは、その「生起」とともに生まれてくる。「矛盾を繋げる力」=「愛」。

私が〈 〉のつけて表現する〈ファンタジー〉とは、現実に向いて開かれた妄想、という意味だと理解していただきたい。

日本人がかつて持っていた、キツネやタヌキにだまされることができるという「力」はもはや失われてしまった。これは、日本人の「愛」の形のひとつだったのだと私は思う。それを取り戻すことは、もはや不可能だろう。

だが、かつてそうした「愛」を私たちは持っていたのだということ。私たちの中には、まだどこかにその名残はあるのだということ。ここを妄想ではなく、現実として見据えることは、とても重要なことだと思う。

コメント

交信。

また脇道から話に入りますよ。

3週間ほど前、カブトムシが夜中に路上を這っていました。私は練馬に住んでおり、間近に光が丘公園(クヌギが多いらしい)があるので、そこから来たのかもしれない。でなければ飼われていたものが逃げたか、棄てられたか。拾って連れ帰りました。

そんなこんなで、拾ったカブトムシ(♂)がうちで暮らしています。
ケージを掃除する際に指に止まらせると、6本の肢でがしっとしがみつきます。そして、最も鋭敏な感覚器官である触覚でもってトントントンと規則的に指先に触れてきます。
極めて微細な感覚が、指先を通して律動的に伝わってくる。何というか、催眠的であり、心鎮まるようなパルスでもある。

私は子供の頃いろいろ虫を飼いましたが、この経験を通して初めて解りました。
虫が外界(この場合は私の指)を自分なりに理解(把握)するために、能動的に働きかけてくるものだということを。それは人間が受け手となった場合、あたかも「発信」のように受け取られるということ、です。
ただし、受け手側の「受信」には大なり小なり妄想が入り込んでいる。また、受け手がよく感覚しないとい素通りしてしまう。

「化かされる」とは他者から働きかけられることであり、同時に働きかけられることに対し感覚が「開いて」いるということです。それで思い出したのが小松和彦の『異人論』ですが、「蛇婿入」とか「猿婿入」などという異類婚の話が出てきます。こっちは単に化かされるのでなく、結婚までしてしまう。単なる寓話と片付けるのは簡単ですけど、やっぱり「開いて」いたんだと思います。人間「以外の」存在全般に対してね。

化かされなくなったということは「閉じて」しまったということで、何故閉じたかといえば、現代人にとって外界=単なる資源になってしまったから、それに尽きるのでしょうね。サスティナビリティという言葉が私は大嫌いなんですが、理由はこの言葉に「外界から、枯渇・絶滅させない程度に巧みに収奪し続ける」という謂しか読み取れないからです。

たった1匹の虫ですら、外界=他者を感じようと自分の最も敏感な器官で能動的に触れてくる。
現代人は、最も安全な場所に身を置き、自分は一切傷つかずに外界=他者から収奪する手段ばかりを洗練させている。その中に私も入っている。
原発から竹島・尖閣に至るまでみな根は同じ。

>日本人がかつて持っていた、キツネやタヌキにだまされることができるという「力」はもはや失われてしまった

これは違うと思います。ただ忘れているか、気がついていないだけだと思います。
狐や狸は今も発信している。現代人に力がないのでなく、受信しようという意志を持っていないだけだと。

先日、街中で小学3年生くらいの女の子が2人、捕虫網と虫籠を持って蝉取りをしていました。
大人たちが蝉になど目もくれない中、その子達には蝉が見えていたし、蝉の声が聴こえていた。
今は大人が作り出したもっと魅力的な娯楽がたくさんあるはずですが、それでも蝉が「見える」・蝉を選ぶ子供たちがいる。
こういう子達が今持っている感覚を忘れないなら、狐や狸と交信できるかもしれない。

それと。
返信は気が向いたときだけでよいです。儀礼的な、適当に流しただけの返信はもとより期待していませんし好みません。個人的には、愚樵さんには私個人に返信するよりも、もっと大きな役割があると思っています。

個人への返信ではなく。

平行連晶さん。

まず、こちらへ返答。

返信は気が向いたときだけ

もとよりそうさせていただきますし、それは平行連晶さんに限ってのことではないのですが、それよりなにより、公開のコメントおよびその返信は、個人に向けてだけのものではない、ということ。まあ、そこいらは、平行連晶さんには念押しでしかないでしょうけれど。

>>日本人がかつて持っていた、キツネやタヌキにだまされることができるという「力」はもはや失われてしまった

これは違うと思います。ただ忘れているか、気がついていないだけだと思います。

そうですね。「蓋」をされてしまっている、と表現した方が正確だったと思います。「蓋」という概念は、「魂の植民地化」に出てくるものですね。

たった1匹の虫ですら、外界=他者を感じようと自分の最も敏感な器官で能動的に触れてくる。

その能動的な情報収集は、〈 知/不知 ⇒ 知 〉 の運動であるところの「学習」ということになるのでしょうが、しかし、やはり虫と人間とでは異なるところもあると思います。その違いは、人間には「自己変革」が伴わないと「学習」にならないということ。虫は個体の生存のために機械的に情報収集を行ないますが、人間は、時には自己保存に優先しても、自己変革を行なわねばならないときがある。その優先順位を誤ると、「蓋」をされてしまう、ということがある。ここが人間の難しいところです。

サスティナビリティという言葉が私は大嫌い

平行連晶さんが「サスティナビリティ」という言葉から感じとっておられる感触。それこそ、まさに、自己保存優先の思想であるように思います。自己保存から出発して、「外界から、枯渇・絶滅させない程度に巧みに収奪し続ける」。

現在、必要とされている思想は、自己変革の思想、すなわち「君子の思想」です。虫は自然と共生するのに自己変革を必要としないが、人間はなぜか必要とする。それはおそらく、「希望」というものを抱いてしまう、生物種としてのヒトの特性に由来するものなのでしょう。

チンパンジーが教えてくれた-希望こそ人間の証
http://www.videonews.com/on-demand/591600/002528.php

化かされなくなったということは「閉じて」しまったということ

「閉じた」ということは、自己変革が行なわれなくなったということですね。

現代は、もしかしたら、「閉じる」方向へ「開いて」いるのかもしれません。「更なる妄想が必要」という思想は、それだと感じます。「閉じる」方向へ「開く」ことも、突き抜けることができれば、「開く」方向へ「開く」ということになり得るのかもしれませんが。

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