愚慫空論

冴えない一日。

昨日はなんだか冴えない一日だった。天気予報と(仕事の)親方の思惑が噛み合わず、散々な目に遭った。今回のエントリーは、愚痴を書き連ねてみる(笑)。

まずは天気予報だ。こいつにはいつも騙される。天気予報はあくまで“予報”であって“予言”ではないのだから100%信用するのは間違いなのだが、それにしても気象庁やいろいろな気象予報士が膨大な費用と労力を傾けて出す予報なのだし、宛てにしたくなるのは人情というものだろう。けれど、頻繁に騙される。
私の仕事は野外での作業だから、天候によって作業条件が左右される要素が非常に大きい。天気が悪いと大抵の場合は休みである。また、悪くなると予想されている場合も休みになることが多い。また逆に、起床時の時点で雨でも天気が良くなると予想されていると、雨を衝いて出かけていくこともある。そうしたときに気象情報が大きな参考になる。
ネットによって降水予想の情報をいつでも得られるようになったことも大きい。気象庁のHPなどでは1時間毎6時間後までのかなり詳細な降水予測を発表している。これは視覚的に訴えるものが大きく、また雲の動きも把握できるように思うので、どうしても“わかったような”気にさせてくれる。で、それがいつの間にかガラっと変わっていて、騙される。そうしたことが度々ある。度々あるのだけど、やっぱり何かを参考にしたいからネットやTVの気象情報を見て、騙されるも知れないと思いつつ信用して、やっぱり裏切られる。日々、そうしたことの繰り返し。まったく進歩しないのである(笑)。


特に何らかの思惑が絡んでいるときには、出された予報を信用したくなるという心理になってしまう。私の場合、5日間泊りが続いて、そろそろネット環境のある場所へ(つまり自宅へ)帰りたくなっていたので、明日は寒冷前線が通過して全国的に雨、という予報を信用した。それが7日の夕方である。その時点で8日の降水確率は90%。で、帰宅することを選択した。
ところが、親方には別の思惑があった。休みたくなかったのだ。11、12の両日を自らの休みの予定として考えているようだった。だから10日までは休みたくない。11日は報酬の支払日で、この日は毎月休みとは決まっていた。また週刊予報ではこの日の天気は良くない。12日は天気は良い予報なのだが、金の入った後は休みたい、らしい。こんなところではおおっぴらに書けないが、お楽しみの予定があるらしい。その思惑のため、昨日は休みたくなかった(と思う)。
ちなみに親方は現在、独身である(笑)。

で、そうした思惑の入り乱れる中、昨日、8日の朝である。私はいつもの習慣で3時半頃に起床して、まずネットで気象情報をチェック。予想通り思惑通り、寒冷前線が近づいてきている。京都のあたりまで前線が南下中。寒冷前線の特性どうり、雨の境がハッキリしている。これは遠からず現場も雨だ。そう考え、しばらく見ていなかったRSSリーダーの未読情報に目を通し始めた。
ところが、だ。4時半頃、電話がなった。親方からだった。親方は昨夜も現場の近くで泊まっている。そこでは星空が出ていると言う。仕事へ行くぞ、というお言葉。“おいおい、カンベンしてくれよ”と思い、「もうすぐ降りますよ、昨日も予報悪かったじゃないですか」と反論するが、こういうところで日頃の予報の信用のなさが響いてくる。「予報なんてわかるもんか、とりあえず、行くぞ」とのたまふ。やれやれ、困ったもんだ。仕方なく、出かける準備を始める。

妻を叩き起こす。甚だ不機嫌である。そりゃそうだろうが、仕方ない。ブツクサいいながら朝食の支度を始めるが、弁当を用意できないという。できなくはないが、時間がかかる。今日は休みと思い込んでいたので、何の用意もしていない、と。困った。悠長に構えている時間がない。これから2時間かけて現場まで車を走らせなければならない。距離にして100キロ。これが都会ならコンビニなどという便利なものがあるが、ここにはそんなものはない。100キロ走っても、ないものはない。で、仕方なく弁当として用意したのもが、これ(左)。
いつもはこちらなんだけど(右)。
どんべい三色



ここで少し、いつもの弁当についての説明。
この弁当箱は、メンパと呼ばれるもので、私の愛用品。いわゆる「曲げ物」である。素材はひのき。ひのきの板を曲げ、桜の皮でできた紐で縫い合わせて、その上から漆を塗る。私のは漆を二重に塗ったもの。
このメンパ(地方によってはメンツとったりもする)、現在では伝統工芸品のような扱いを受けているきらいもあるが、れっきとした実用品。生活の知恵から生まれた製品である。実際使ってみると、そうした知恵を実感できる。

なんといってもご飯がうまい。適度に湿気を吸ってくれる。金属やプラスチックの弁当箱だとどうしてもご飯がベチャついてしまうが、メンパだとそういうこともない。また、そのせいもあって弁当が腐りにくい。
また、非常に長持ちする、らしい。らしいというのは、そんなに長く使ったことがないからだが、大事につかうと50年くらいは持つらしい。さすがにそうなると漆が剥げてくるが、そうしたときには漆を塗りなおせばOK。買った店によると、いつでも漆を塗りなおしてくれるそうである。

ちなみに私のは、現在で5つめくらいになる。二十歳くらいの時から愛用していて、あっちこっちの山歩きにも持ち歩いた。私は物持ちが悪いので、すぐに壊す。丸いので斜面から転げ落としてしまったこともある。で、現在5つめ。
5つ目だが、ここのところ、こうした工芸品は注目を浴びるようになったせいか、なかなか入手しずらくなってしまっているようだ。5つめは注文してから届くまでに半年以上かかった。昔はすぐに買えたものだったが...。
それともうひとつ、変わったのは漆の塗り。昔は何も言わなくても二重塗りだった。今は特に注文して追加料金を支払わなければ二重塗りにしてくれない。この世知辛さは、今の世の中で仕方ないか、とも思うが、ちょっと残念。

えっと、後、中身のほうだが、写真のは見ての通りの三色弁当。これは出先で私が自分で作ったもの。鶏のソボロ、炒り卵、タマネギのけっちゃっぷ炒め。写真には写らないがおかずは二段重ねになっていて、厚みのある弁当箱なので、まずご飯を薄く詰め、そこにおかずをのせてさらにご飯を詰める。そして上にまた、おかず。私のいつものパターンである。

もひとつ昔の話をすると、今よりもずっと山仕事が厳しいものだった昔は、右の写真の上の方に見えるフタの方にもご飯を詰めて、片方ずつ、一日2回、午前10時と午後二時にお昼を取ったそうである。作業時間も日の出から日の入りまで、今のように機械はなかったから、すべて手作業。ゆえにずっと力仕事。今の私でも、お昼に2合くらいのご飯は食べるが、昔は2回のお昼で5合くらいは食べたという。


さて、話を元に戻す。
100キロ2時間のドライブの末、現場に到着。未だ雨は落ちてきてはいなかったが、当然、晴天とは行かず。今にも降りだしそうな雲行き。これからさらに1時間近く山を登っていくのだが、どうするのかと思いきや、行くのだという。私は現場まで来たものの、帰りたいモード全開である。雨の中の作業は不愉快だし、その上、木が滑って危険だ。
しかし、決定権は親方にある。親方が先頭を切って登り始め、仕方なく続こうとしたところで降り始める。ああ、これで帰れるぞと思いきや、親方は雨合羽を取り出して、着てしまった。なんとも頑固なオヤジだ。

“そりゃ、アンタはいいよ。アンタは集材機の運転手で屋根の下。けど、私らにはそんなものはない。いつもなら雨だと休みにするものを、今日に限って仕事をするのはお楽しみのためでしょうが。テメエ勝手なもんだ”と、言葉にならない呪詛を親方の背中に向って吐きながら、ますます強く降りだした山道を登っていく。ほんとにこれで仕事をするのかよ?

結局、作業開始。雨合羽を着るも、中は汗で蒸れてビショビショ。技術の進歩した今の世の中、ゴアテックスなどという雨は防ぐが湿気は逃がすという雨合羽に最適な先進素材もあるが、そんな高価なもの、仕事にはとてもじゃないが使えない。だいたいゴアテックスは汚れに弱い。汚れると透湿性がすぐにダメ。仕事でつかうチェーンソーは、バーとソーチェーンの摩擦熱を奪うために鉱物油を飛ばしながら動くので、すぐに合羽は油まみれ。これでは高価な素材の意味がなくなってしまう。

また、さらに悪いことに作業開始後2時間ほどで雨がやむ。寒冷前線だから、さもありなん。けれど、そうなると午前中で作業中止かな、との私の儚い希望も潰えることに。泣く泣くカップ麺に魔法瓶のお湯を注ぐ羽目になる...。

まあ、もっとも、作業が始まると嫌な気分はどこかに消散してしまうものだ。そうした雨降りの中の仕事が不愉快なことには変わりはないが、いつまでもそうした気分に囚われていると、なにより危ない。足元は滑るし木も滑るし、どうしても仕事は慎重にならざるを得ないが、そうなるといつまでも“いやな気分”ではいられない。不思議なものだ。


親方が望んだ雨の中の仕事だが、といって親方とてこうした作業条件が不愉快なものであることには変わりはない。で、「今日は早めに置くぞ(仕事を終えるぞ)」ということで昼休みもそこそこに作業再開したところが、またしばらくして雨が降り始める。視界が効かなくなるくらい雨が激しくなって、さすがにこれでもう仕事にならんな、と思い始めた頃、集材のために架設していたワイヤーの一本がプチ切れる。“おい、まさか修理に行くとなんて言わんだろうな”と警戒したが、さすがにこれはなし。このワイヤーは山を大回りして2000mは引き回してあるから、修理はちと大変。仕事熱心な親方も、雨の中、そこまでする気力はなかったらしい。で、めでたく作業終了。時間にして午後2時。

私は今日は、このあいだ負傷した左膝を診てもらうために休みである。まだ、完治とまではいかず、膝を強く曲げることが出来ない。45度以下にまで曲がらない状態で、平地を歩くには支障はないが、傾斜の強い斜面を、とくに下るのはまだ辛い。でも、そんなところで仕事してるんだけどね。
親方たちは今頃、昨日切れたワイヤーの修理をしているんだろうな。今日は、昨日の時点で晴れの予報だったけど、また大はずれで天気は悪い。また雨の中で仕事をしてるのかな。だとしたらご苦労なことです。宿舎で昼間から、キムチを食いながら飲んだくれてるのかもしれんが(笑)。


作業終了後、また100キロの道程を辿って帰宅。途中、温泉によって仕事の汗と泥を洗い流し、サッパリとしてから帰る。ブログを更新しようかと思うも、PCに向う元気がなく、届いていたDVDを観ることに。でも『PASSION』というキリスト受難のお話、疲れた体には堪えた。途中、後悔しつつも最後まで観たが、やっぱりさらにダメージを受ける。で、やっぱり後をひいて予定していた記事ではなく、こんな記事を書いている。

あ、立ち寄った温泉はこんなところ。天然ものじゃないみたいだけど。
みずはの湯

コメント

初めてコメントします

メンパの話、感激しました。生活の知恵ですね。

最近、休みになると地方に出かけることが多く、効率がすべての都会で忘れられたものを見つけると感動を覚えることがしばしばです。もちろん愚礁さんのように、直に自然に向かい合っている人には敵いませんが…。

どうも最近、都会の論理に違和感を抱くことが多くなりました。かといって、地方で暮らせるだけの裏付けもなし…少し悶々とした日々を送っています。

また伺いますね。

ろろさん、ようこそ

コメント、ありがとうございます。

>どうも最近、都会の論理に違和感を抱くことが多くなりました。

そうですね、都会ではメンパが活躍できる場面も少ないでしょうし。いや、それはやり方次第か...。

>かといって、地方で暮らせるだけの裏付けもなし…少し悶々とした日々を送っています。

塾の講師をなさっているということですよね。確かに地方は子どもの数も少ないです、難しい面はありますね。けれど、子どもたちはまだまだ純真ですよ、こちらでは。こちらに来た当初、子どもたちが横断歩道の脇で手を挙げて車が停止するのを待っている姿に驚きました。まだこうした「習慣」が生きているとは。

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