愚慫空論

ヤナーチェク『利口な女狐の物語』

この音楽についてはこれまでも何度か取り上げた記憶がある。
あるけれども、また書きたくなったので書く。昨日、自然信仰なんて記事を上げて、その後久しぶりに聴いてみたら、改めて取り上げたくなった。


今朝、こんなツイートをしてみたりもした。

ヤナーチェク 『利口な女狐の物語』 私の好きな音楽。このオペラが描いているもの。生命の森。性。男に抑圧される女性。拘束からの自由を求めての闘争。年老いていくことの悲哀。そして生の円環。


生命の森。性。そして生の円環。

ここらは最初に耳にしたときからずっと惹きつけられてきた部分だった。ある程度歳を経ることに、年老いていくことの悲哀へも共感が深まっていった。この物語は狂言回しの役所に森番(山守)が登場してきてその悲哀を歌うのだが、それが私自身と重なる。

そして今回聴き直してみて改めて感じ入ったのは、これは抑圧からの自由を求めての闘争の物語であるということ。主人公である女狐ビストローシュカが、自分に正直に生きるということを貫いた物語であるということ。そうした闘争と命の円環とがひとつになった物語と音楽。私の好みのど真ん中。

  ***

この曲との最初の出会いは、二十歳の頃だったと思う。先頃亡くなった音楽評論家の吉田秀和さんの著書に『私の好きな曲』というのがあって、そこで紹介されていたのが出会いの始まり。

この新潮文庫版は愛読した。現在はどこかに紛失してしまったと見えて見当たらないのだが、記憶を辿ると、オペラのなかで最初に取り上げられていたのがこの曲だったはず。確か、R.シュトラウスの『ばらの騎士』をまず代表的なものとして取り上げようと思ったのだが、そうしたら、この『利口な女狐』が出てきてしまって、どうしても先に書きたくなった。そんなような書き出しだしだったと思う。

これは私の勝手な予想だが、西洋古典音楽とその文化を愛した吉田秀和さんも、根っこはやはり日本人だということ。もちろん『利口な女狐』もジャンルとしては西洋音楽で、これを先に取り上げたからといって日本人だというのは変な話ではあるのだが、そんなふうに感じさせる東洋的なものがこの物語と音楽のなかにはある。『ばらの騎士』という欧州の栄華の黄昏を描き出した話よりも、『女狐』が先に出てきたというのは、とても合点がいく。

と、そんなわけで、吉田秀和さんの書評を読んだ私は、さっそくそのCDを買い求めた。それがチャールズ・マッケラス/ウィーン・フィルのこのCD。当時は対訳のついた日本盤が出ていて、私はそれを買い求めたのだが、それは知人にくれてやってしまった。で、後から買い直そうとすると、もうすでに日本盤は廃盤で、復活する気配がない。輸入盤で手には入るが、このような名盤が日本では廃盤のままなんて、本当に残念なこと。

  ****

『利口な女狐の物語』のWikipediaの記述がよくまとまっていると思うので、以下、あらすじを参考にしながら、ちょこっとだけ音声ファイルをリンクしてみた。

序は嵐を予感させる音楽から。⇒視聴

第1幕 第1場 森の峡谷。夏の午後。
・森番が銃を持って登場し、疲れたと言って休憩する。
 (虫たちのダンス⇒視聴)。
・彼の血を吸った蚊をカエルが捕まえようとする。
・子供のビストロウシュカが登場、カエルを見て驚く。
 (ビストロウシュカ:「ママ、これ、食べられるの?」 ⇒視聴
カエルも驚いて跳ねて森番の鼻の上に落ちる。
 (森番:「何だ、こいつ!冷やっこいぞ!」⇒視聴
森番が目を覚まし子狐を見つけて捕まえると、子供たちの待つ家へ連れて行く。
 (ビストロウシュカが連れ去れた後のトンボのパントマイム⇒視聴

第2場 森番の家の庭。秋の午後。
 (秋の気配⇒視聴
・犬のラパークがビストロウシュカに説教し、言い寄るが、彼女は拒絶する。
(ビストロウシュカの「演説」。「あたしも愛の経験は、まったくないの」⇒視聴) 
・森番の息子のペピークが友達のフランティークを連れて登場し、ビストロウシュカを棒でつつき始める。
(子どもたちの悪戯ぶり⇒視聴
・彼女は怒ってペピークにかみつく。その悲鳴を聞いて飛び出してきた森番の夫妻に彼女は縛り上げられてしまう。
(抑圧されたビストロウシュカは、泣きながら眠りにつき、闇が優しく包む。⇒視聴
 (そして、夜が開ける⇒視聴
・彼女が泣いていると、雄鶏が因縁をつけてからかう。
・。彼女はその態度と雌鶏や雛鳥の盲目的な服従に腹を立てて、「雄鶏の支配に反抗して新しい秩序を作るんだ」と演説する。
   ちょっと!メンドリねえさん達!
   何てご主人様だろう!
   あいつは自分の金銭欲のために、
   ねえさん達を利用しているだけよ。
   あいつは、人間に買収されちゃったのよ。
   お嬢さんたち!おねえさんたち!
   古い体制は一掃しましょう!
   新しい世界を創るのよ。
   みんなで平等に、
   喜びと幸福を分かち合う世界

・が、鶏たちは全く理解できずむしろ嘲笑を浴びせる。
・激昂したビストロウシュカは雄鶏を捕まえ雛鳥たちを殺して逃げ出す。
 (大騒ぎ⇒視聴

第2幕 第1場 森の峡谷。夕方。
 (森の情景⇒視聴
・ビストロウシュカが穴熊の家に目をつける。
・彼女は森の生き物たちの同情をかい、うまく穴熊を追い出してしまう。

第2場 パーセクの居酒屋。夜。
・校長と牧師と森番がトランプをしている。森番が校長を片思いのことでからかうと、
 (森番のからかい⇒視聴)
・校長は狐の話で応酬する。
・校長と牧師が帰り、森番は酒を飲むが居酒屋の主人にまた狐の話をされて突然出て行く。

第3場 森の中の小径。ヒマワリの茂み。
・ヒマワリの茂みからのぞくビストロウシュカを、酔っぱらった校長は片思いの相手テリンカだと思い抱きしめようと駆け出すが、ヒマワリの茂みに落ち込んでしまう。
(コミカルな動きのビストロウシュカと、うっとりする校長⇒視聴
・牧師は思い出を回想している。
・森番は女狐を見て発砲するが弾は当たらない。

第4場 女狐の巣穴の前。夏の夜。
(森の情景⇒視聴
・ビストロウシュカの巣穴の前を通りかかった雄狐ズラトフシュビテークと彼女は恋に落ちる。
・雄狐は彼女を散歩に誘い、彼女は自分がひとりぼっちであること、森番にひどい目に遭わされて逃げてきたこと、うまく巣穴を手に入れたことを話す。
(恋の予感に震えるビストロウシュカ。月の光を浴びながら。
   あたしって、どこがそんなにきれい?
   ちょっと生きるのが楽しくなってきた!
   なんだか魔法のように美しくて、不思議な想い!
 ⇒視聴)   
・雄狐が狩に行きウサギを持って帰ってくる。
・彼らは互いに愛を告白し、二人で巣穴の中に消える。
 (二人が消えた後。トンボが舞う⇒視聴
・翌朝、きつつきの牧師役で二人は結婚式をする。
(牧師の言葉。両人の誓い言葉。婚礼の合唱⇒視聴

第3幕 第1場 森のはずれ。秋の昼間。
(波乱の予感⇒視聴
・鶏の行商人ハラシュタが登場して民謡を歌う。
・森番が通りかかり、ハラシュタは今度テリンカと結婚することになったと話す。
・森番は狐の足跡を見つけて罠を仕掛ける。
・ビストロウシュカが夫や子供を連れて登場し罠に気づき立ち止まる。
 (子狐たち登場⇒視聴
・妻になるテリンカに狐の襟巻きをプレゼントしてやろうと思ったハラシュタは狐たちを捕まえようとする。
・ビストロウシュカがおとりとなって逃げ回る間に夫と子供たちはハラシュタの鶏を食べてしまう。
・怒り狂ったハラシュタは銃を発砲しビストロウシュカは射殺されてしまう。
(銃撃の場面⇒視聴

第2場 パーセクの居酒屋の庭
・パーセクの妻が校長の相手をしているところへ森番が登場し、ビストロウシュカの巣穴がカラだったと話す。
・校長はテリンカが結婚するのでうちひしがれている。
・パーセクの妻はテリンカが新しい狐の襟巻きを持っていたと話す。
・森番は、居酒屋の陰気さに我慢ができなくなり、自分たちも年をとったんだと語り店を出て行く。
 (森番の哀愁⇒視聴

第3場 森の峡谷。日没の頃。
 (混沌から何かが生まれつつあるような音楽⇒視聴
・森の中で森番は若い頃のことを想い出している。
・結婚式の翌日に若い妻と二人でここに寝ころんだこと、情熱的な愛も年をとって失せてしまったこと。いつの間にか彼は眠ってしまう。
 (過ぎ去った幸福に浸りながら、眠りにつく森番⇒視聴
・ふと、彼は若い女狐に気づく。(⇒視聴
・ビストロウシュカのことを想い出して今度はしっかり捕まえようとするが、捕まえたのはカエルだった。
・そういえばビストロウシュカを捕まえた時もカエルがいたと想い出していると、カエルが「あの時、あんたの上に落っこちたのはおいらの祖父さんだったんだ」と告げる。(⇒視聴
・森番は、繰り返されてゆく生命の再生、自然のサイクルに感動する。

  *****

こうして物語は大きな「環」を閉じる。

原作は、このオペラでは第2幕にあたるビストロウシュカの結婚で終わっている。ヤナーチェクは台本を作成する際に、様々な工夫をして第3幕を書き足した。書き足された第3幕で演じられ、語られるものこそ、ヤナーチェクが語りたかったことであり、それゆえに彼はこの第3幕第3場が自分の葬儀で演奏されることを望んだのである。それは東洋の輪廻思想にもつながり、現代のエコロジー思想にもつながる生命の再生、自然のサイクルということである。この生の円環や照応は観念上のものであるよりは、ヤナーチェクの生活上の体験から感得されてきたものである。


葬式に奏でて欲しいという気持ちはとてもよくわかる。これは「ア」であり「1」だから

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