愚慫空論

庶民vs市民(前)

市民も庶民も共に「一般の人々」という意味の語だが、少しニュアンスが違うように思う。例えば「プロ市民」なるわけのわからない言葉があって、私なども、とある掲示板のやり取りでそういった称号を頂いたことがあり、なんとなく意味を把握できるが、では「プロ庶民」という言葉が成立しうるかというと、それには違和感を感じる。市民はイコール庶民ではない。 この二つの言葉を辞書で引いてみると
〔庶民〕 世間一般の人々。特別な地位・財産などのない普通の人々。
people
〔市民〕 1 市の住民。また、都市の住民。2 近代社会を構成する自立的個人で、政治参加の主体となる者。公民。 《citizen》
とあって、市民の方が庶民よりも限定的な意味であることがわかる。つまり市民は庶民の中に含まれる。 だが、ここでは庶民は市民を含まず、相容れないものと仮定して考えを進めてみる。市民を「自立的な個人」、庶民を「自立的でない集団」と定義みることにする。
 このようなことを考えてみたのは、靖国参拝や国旗国歌を巡る右と左の論争をみるにつけ、いつも、どうにもしっくりしない感じを抱いているからだ。私自身は思想としては左よりのつもりなのだけど、かといって右の論理に全くシンパシーを感じないかというと、そうでもない。ただシンパシーを感じるといっても、違和感も拭いがたい。この違和感が何なのかについは、また別の機会に考えてみることにして、今回は左右の論理の違いについて考えてみたい。そのためのキーワードが「庶民vs市民」。

少し前から「庶民vs市民」という考えは私の中でなんとなく醸成されてきていたのだけど、これに明確に形作るきっかけを頂いたのは、われらがアイドル、ぷらさんのエントリー『日常会話で君が代、日の丸』だ。いつもながらのしなやかな感性に導かれた思いがする。

「卒業式に君が代を歌わないだけで処分されるのは、おかしいよね~。」

当然、「うん、やりすぎだよね。」的な言葉が返って来るものと思って発した一言だったが、そのママ友達は、
「でも、卒業式の規律を乱すほうが迷惑なんだから、処分されて当たり前なんじゃない?だいたい、歌うか歌わないかでそんなにゴネてもしょうがないよ。」と当然のように仰るではないか!

 「本来子供たちに規律正しさを指導しなければならない立場の教師が、自ら規律を乱すのは好ましくない。」
一見もっともらしい意見だけど、違和感を感じた私は、「でも、君が代の歌詞の意味を知れば、歌いたくない人がいるのもわかる気がするけどなあ・・・。」と、マイルドに突っ込んでみた。

するとそのお母さん、「え?歌詞の意味?何それ?」とケロリ。
 問題の本質を一切知ろうともせずに、一方的な情報だけで善悪を判断する姿勢に「頭クラクラ」の瞬間だった。

おふたりの感性に全く接点がない様子がホントによくわかる。今、この記事を書くのに再び読み返してみたけど、また可笑しくて笑ってしまった。ぷらさん宅のコメントには書かなかったけど、最初に読んだときも可笑しくて笑ってしまいました。スイマセン。 それはさておき、上の定義に従うとぷらさんは市民。ママ友達は庶民。市民と庶民では全く感性が違う。

 昔、♪山口さんちの、つとむ君~この頃少し変よ~♪どうしたの~か~な~♪ という歌があった。こんな歌を持ち出すと年代が知れてしまうが、それはそれとして、この歌は庶民的な歌とすることができる。もちろん、上の定義に従って。
 山口つとむくんは、庶民的に表現すると、「山口さんちのつとむ君」。これを市民的に表現すると、歌にはならないだろうけど、「つとむ君は山口さんちの一員」となる。
ここまで書くと「山口つとむ」という東洋式の記名方式が庶民的、「つとむ山口」という西洋式の方式が市民的という具合になってしまうが、これは当然のことで、国旗国歌を巡る問題において争点となった「思想と良心の自由」もまた「市民」という概念も、これらは共に西洋起源の概念だからだ。

 ここで著名人の言葉を借りる。心理療法家の河合隼雄氏(最近、脳梗塞で入院されているとのこと。どうか快癒されますように)の『日本人とアイデンティティ』から

自我のあり方―「個」をめぐって
筆者(河合氏)はアメリカ、およびスイスにおいて心理療法家となるための訓練を受け、その後、日本において仕事を続けてきたので、欧米人と日本人の心のあり方について考えさせられることが多かった。~ とくに問題と感じたことは、自我のあり方が日本人と欧米人では異なっている、ということであった。
 欧米人が「個」として確立された自我をもつのに対して、日本人の自我――それは西洋流に言えば「自我」とも呼べないだろう――は、常に自他との相互関連のなかに存在し、「個」として確立されたものではない、ということであった。

 断る必要もないことだろうが、河合氏はだから欧米人の方が日本人より優れているなどと結論付けたりはしない。日本人の自我のあり方が必ずしも悪いことではない。 また日本人が皆、「個」として確立された自我をもっていないと氏は考えているわけでもなくて、日本人の中にもどんどんと「個の倫理」が広がるようになってきていて、それが従来から日本人の中にある「場の倫理」と対立するようになり、社会の中の様々な場面で人間関係を難しくしている、と述べている。
「個の倫理」と「場の倫理」が対立する例として、次のような例が挙げられている。ある職場全員でで旅行をしようということになったとき、今は若い人たちを中心に一部の人が参加したがらないことが多い。「場の倫理」に従えば全員で旅行に行くのだから出来る限り参加するべきだとの考えになるが、「個の倫理」に従えば個人の望みもしないことを無理にする必要はないと考える...。

一度ここで整理しておく。つまり、市民とは西洋的で確立された自我をもち「個の倫理」に従って思考する人たちのことであり、一方、庶民とは日本的に確立された自我を持たず「場の倫理」に拠って思考する人たちとすることができるだろう。上に引用したぷらさんの記事は「個の倫理」と「場の倫理」の違いを如実に表している。
市民であるぷらさんにとって「思想・良心の自由」は当然の理なのだが、庶民であるお友達にとってはそうではなく、重要なのは規律、即ち「場」。しかも歌詞の内容や歴史的な経緯といった問題の本質(この捉え方も「個の倫理」によるのだが)も関係ない。誰が決めたかも関係ない。ただ何となく「決まっている」ことが大切。 これではふたりの間に実のある対話は成立できっこない。だが一番の問題は、「個の倫理」「場の倫理」にもそれぞれ一理あって、どちらが正しいか容易に決定できないということである。

再び河合氏の言葉を借りると

~~日本人が西洋化することをよしとするのもなく、さりとて、最近の日本礼賛論のように、手放しで日本の倫理観をよしとするものではない。はっきりしていることは、このような対立する倫理観の間にあって、われわれは何らかの解決を見出してゆかねばならぬ、ということである。

以下、続く。

コメント

庶民の早雲です

自他との相互関連のなかに存在し、他が無ければ自は存在し得ないものだと思っています。
自立した個人というのは、自立した脳細胞というようなもので、観念的には考えられるでしょうが、現実には意味のない概念に思えます。
関係性の中の特別な場としての「個人」と捕らえています。
続きを待っています。

同感なんだけど……

早速、エントリーしていただきありがとうございます。って別にワタシのために書いて頂いてる訳じゃないか(笑)。
敢えて、「市民」と「庶民」、「個」と「場」に分けて分析していただき、解りやすいです。が、ワタシのなかに「市民」でありたい、と、「庶民」でありたいと、両方の想いがあり、また「場」は大切だと考えながらも、譲れない「個」があります。
「『場』が全てである」とう言う人と出会うと、脱力感と哀れみの感情に襲われます。おっと愚痴って失礼。
後半を楽しみしてます。

私はこれまで1度も「市民と庶民」について考えたことがありませんでした。個の論理と場の論理、という分析はなかなかおもしろく、後半が楽しみです。それはそれとして、実はぷらさんの所で、「ひとさまのコメント欄で、他のコメントについていろいろ言ってすみません」という断りつきで愚樵さんのコメントに対して意見を書きました。コピーしておきます。
「私は自分を庶民だと思っているし、庶民として生き、庶民として死にたい(自分を市民というときはしばしば抵抗があるのですが、庶民というときは全く抵抗ないのです)。「庶」という文字自体にはさほどマイナスの意味はなかったはずですが(もろもろの、とか、多い、とかいう意味ですよね?)、いつのまにかマイナスとはいかないまでも、あまりスバラシイ意味合いには使われなくなったみたいですね。庶子、とか……。でも、私自身の中では庶民というのは結構イイ言葉で、「市民という枠組み」すらも離れた存在。だからこそ、庶民という言葉を自分達の側に取り戻したいと思っています」

いや、愚樵さんの記事にケチ付ける気は全くないんです。ただ、私の中ではまだ「場の論理で行動する人々を庶民と呼ぶ」ことに少しばかり抵抗があるのです。考えてみます。

取り上げていただいて、(しかも笑っていただいて)ありがとうございます。(^^)

う~ん、私は「市民」だったのか!と驚き、続きがとても楽しみです。

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