愚慫空論

脱原発の勇気と希望の先

結論から先に行こう。

脱原発の「勇気」と「希望」の先には何があるのか。

エネルギーの自治。食の自治。技術の自治。
シンプルでいて豊かな社会。
そこへ至る過程としての勤勉革命。

スモール・イズ・ビューティフルもちろん私の勝手な空想ではあるけれども、そういった空想を描く者は何も私一人だけではない。他にはたとえば、エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハーとか。

イギリス石炭公社の経済顧問であった著者は、来るエネルギー危機を本書で予言し、それは第一次石油危機として現実化した。また、大量消費を幸福度の指標とする現代経済学と、科学万能主義に疑問を投げかけ、自由主義経済下での完全雇用を提唱した。経済顧問として招かれたビルマで見た仏教徒の生き方に感銘を受け、仏教経済学を提唱した。


ここで言われる「自由主義経済」「仏教経済学」がどのようなものかは立ち入らないが、原発危機はでエネルギー危機であることは間違いないわけ。エネルギー危機を早くに予見してその対処法を提示していたシューマッハーの思想の重要性は、さらに増したと言える。

  参考:脱金貸し支配・脱市場原理の経済理論家たち(5)
     エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハー(金貸しは、国家を相手に金を貸す)


シューマッハーが唱えたのは、経済成長には限界があるのだから人間は生き方を変えなければならない、というとてもシンプルな命題。(「原子力」というのは欺瞞語だから使わないことにして)核エネルギーはそのシンプルな命題を否定する、これまたシンプルな命題だからこそ支持されてもきたのだが、それが実は複雑怪奇な欺瞞話法(東大話法etc)で支えられてきたに過ぎないということは、もはや明らか。

もっとも、その現実から目を背けたい者どもが牛耳っている国家がわが日本なんだけれども。
嘆かわしいことに。
強欲な者たちと、強欲に抗えない【弱虫】たちが作り出す【空気】に支配される、現在の日本。

脱原発を唱え行動しているからといって、【弱虫】でないとは限らない。
原発の代わりの代替エネルギーが必要ないとは言わないけれども、それが必須だと考えるのであれば、やはり【弱虫】である。

そのような【弱虫】を告発したのが、こちらの記事だろう。

原発問題に対する私の考え方1 (風の旅人 編集便り)

原発に賛成かどうかは、安全性とか、電気の需要とか、原発の動向に関係なく、今日的生活が維持できるかのような錯覚のなかでの議論ではなく、生存への覚悟のうえで行われなければ、話にならない。つまり、原発を動かすのならば、自分の住処が福島のようになる可能性があっても生きていく為に仕方ないと思えるかどうか。(津波だけが不安要因ではないから)。原発を止めるのであれば、今の快適で便利な生活ができないようになり、さらに自分の子供が日本で就職できなくても仕方ないと思えるかどうか。
 (中略)
だから、原発は反対、企業が海外に出ていくのも反対、就職難になるのも厭、政府が何とかせい、という手前かってな論調での原発反対は、単なる空疎な騒ぎにしかならないと思う。原発に反対するのは、たとえそうした生活困難になっても構わない、という覚悟を伴ったものでなければ意味ない。


まこと、ご説の通りだと思う。

私は昨年の震災後すぐの記事で、これからは社会丸ごと「自分探し」になるだろうと書いたが、現在の原発あるいは放射能汚染を巡る議論は、社会の「自分探し」が対立軸になっているように思う。いまだ「自分探し」をしたくない人たち――その多くは既得権益者――が、いろいろと理屈をこねて「自分探し」を拒否しているという印象。

もっともこの「理屈」はかなり強固なものだ。シューマッハーを引っ張り出してきたのも、そのことが示したいため。『スモール・イズ・ビューティフル』はもはや古典と言っていい名著だけれども、経済学の主流においてまともに取り上げられたことなどなかろう。現行の経済学のほとんどは既得権益者の為の「理屈」であり、シューマッハーはそのことを告発した。だからこそ、主流からは省みられることがなく、現在でも「自分探し」を拒否する者たちは、自分たちの為に作り上げた「経済学」を盾に、いろいろと理屈をこねまわしている。そして、その理屈に抗いきれない【弱虫】たちがたくさんいる。

とはいえ、「自分探し」肯定派にしてみたところで、「自分探し」の旅を始めたとはまだまだ言えない状態だ。「自分探し」否定の否定、というのが現状だろう。経済性がどうの、安全性がどうの、という議論の枠の中に留まってしまっている。それは大切なことだけれども、それだけでは足りないと思う。「覚悟」を固めて「勇気」を出し、「希望」を見出していかなければ。

  ***

歴史人口学で見た日本私たちの日本という国は、江戸自体の初期から中期にかけて、「勤勉革命」なるものを経験してきたという。

勤勉革命は以前に取り上げたことがある。

・農村の世帯の在り方が大世帯制(15人~20人)から小世帯制(4~6人)へ変わった。
・結果、結婚する者の割合が増え、人口増加。
・労働が小世帯の家族労働となった。

なぜそうなったのかというと、

・兵農分離が行なわれて城下町(都市)が成立。
・都市=消費地/農村=生産地という構図が出来、交易が成立。
・日本の傾斜地地形では、小規模の家族労働が最適。

小規模家族労働となったために、

・資本に相当する家畜数が減少し、労働集約型の生産形態へ移行。
・長時間の労働が美徳という倫理観が成立。 という欧州の産業革命とは逆の現象がおこった。

しかも、

・年貢を取られるということはあったが、農村は基本的に自治であり、
・自分たちの労働の成果を(すべて)搾取されず、生活水準が向上。

ということになった。日本人の識字率が同時代の先進国であった欧州と比べて断然高かったのも、高い生活水準と比較的自由な交易があったためで、「読み書き算盤」は交易のために必要だったから、と推測できる。ヨーロッパのように農村に支配者の屋敷があって、交易を独占するといったことは日本にはなかった。それどころか、生活水準の向上とともに富士講や伊勢講といった形での旅行すら庶民によって行なわれるようになった。

以上の江戸時代日本の体験は、成功体験だったといってよい。欧米では産業革命、市民革命という成功体験を経て国民国家意識が成立させていったように、日本人は勤勉革命の成功体験によって日本人という共同幻想を培ってきた。江戸期の日本はもちろん近代国家ではないから「国民」という意識があったとは考えられないが、おなじ日本人という「仲間意識」を持つことができるようにはなっただろう。

勤勉革命のことは「自分探し」拒否組の代表格、池田信夫氏も取り上げておられる。

「勤勉革命」を超えて(池田信夫 blog(旧館))

イギリスの産業革命では、市場経済によって農村が工業化され、資本集約的な産業が発達したのに対して、日本では同じころ逆に市場が農村に取り込まれ、品質の高い農産物をつくる労働集約的な農業が発達した。二毛作や棚田のように限られた農地で最大限に収量を上げる技術が発達し、長時間労働が日常化した。そのエネルギーになったのは、農村の中で時間と空間を共有し、家族や同胞のために限りなく働く勤勉の倫理だった。

日本が非西欧圏でまれな経済発展をとげた一つの理由が、この勤勉であることは疑いない。それを支えていたのは金銭的なインセンティブではなく、共同作業に喜びを見出すモチベーションだった。サラリーマンは命令されなくても深夜まで残業し、仕事が終わってからも果てしなく同僚と飲み歩いてコミュニケーションを求める。こうした濃密な人間関係によるコーディネーションの精度の高さが、多くの部品を組み合わせる自動車や家電で日本企業が成功した原因だった



もちろん、池信氏のことだから“勤勉革命を超えて”と題されているとおり、それは超克されるべきものだと捉えられている。そしてそのバックグラウンドのあるのが既得権益者たちの経済学。無限に成長することを義務づけられている経済学だ。

もうひとつ、池信氏の記事から。

モラルハザードと勤勉革命(池田信夫blog part2)

自分が諸外国の低賃金労働と日本のブラック企業が違う生態系の生物だと考えるのは、労働者使い捨ての部分ではない(使い捨ては途上国も酷い)。それは低賃金、長期労働なのに現場の労働のモラルハザードが起きていない点である。それどころか賃金低下、サービスの価格低下に反比例するかのように神経症的にサービスを特化させている印象すらある。これはわが国外食産業で象徴的だ。


このモラルハザードの使い方は正しい。それは「倫理の欠如」ではなく、情報の非対称性を利用した合理的行動である。不思議なのは、なぜ日本の労働者が(この事件のような20代の女性でさえ)低賃金と苛酷な労働条件のもとでも怠けないのかということだ。

それは、このブログ記事も書いているように日本軍の行動様式に似ている。補給もろくにないのに脱走せず、特攻隊やバンザイ突撃など自殺的な攻撃を仕掛けた日本軍は、世界の戦史の中でも特異な存在である。このブログ記事は「自分も含めて日本人の精神性は家父長的な村社会構造に根ざしている」からだろうというが、なぜ村社会ではこうした長時間労働が起こるのだろうか。


池信氏でさえ、不思議と言いながら、この「倫理」(というより「エートス」と言うべきだと思うが)の存在を認めている。そしてそれが、山本七平氏が提唱した「空気」と深く関連していることを指摘。(「空気」についてはここでは触れないが、この指摘は重要なので、あえて引用に含めた。)

池信氏が、勤勉革命を不思議といい、乗り越えるべきものと捉えるのは、既得権益者御用達の経済学信奉者だからだ。なので、そのようなものは悪質なプロパガンダでしかないと見る私のようなものにとっては、勤勉革命は乗り越えるべきものであるどころか、その正反対に、その成果を継続・維持・発展させていくべきものだということになる。

労働は美徳であり、同時に悦びである。

勤勉革命は、江戸時代の人口を増加させ、生活水準が向上した。が、それだけではない。「生活の〈質〉」も向上した。ここでいう〈質〉とは、“モノの豊かさ”として測ることが出来る生活水準とは別次元の「質」である。現代風にいえば、GNHであろう。GDP(国内総生産)の対立概念であって、ブータン国王が提唱していることで有名な「国民総幸福」。

産業革命では、資本の集中と技術の寡占が起こった。技術者は労働者となり資本家に雇用される存在となった。対して、勤勉革命で起こったのはその逆だ。資本に相当する家畜の数が減少、ということは労働は労働者の自発的な意志によって行なわれていたということであり、同時に技術も一部の者によって独占されることが少なかったということだ。もちろん特殊な技術は独占されていたのだろうけれども、「生活の〈質〉」を向上させる、俗に「生活の知恵」と呼ばれるような技術が広く普及したと想像される。労働者=庶民は、そうした知恵=技術を自発的に発揮することで、生活水準を向上させると同時に、幸福感に結びつく「生活の〈質〉」も向上させていった――と想像される。

その想像を裏打ちする書物がある。

逝きし世の面影

当ブログでは、何度も何度も紹介した、渡辺京二著『逝きし世の面影』。この本で描き出されている近代以前の日本の幸福な姿は勤勉革命を経由したからこそ、あり得たのではなかったのだろうか。

そうであるとするならば、いまだ私たちの中に棲む労働を美徳とする「エートス」は、「希望」への鍵を握っているということができる。

私自身の実感として言えることは、人間はそれが幸福感をもたらすからこそ、長時間の労働にも耐えられるのである。強いられた労働、あるいは強いられていることも意識することがない自己欺瞞のための労働は、心身を蝕む。かつての日本人が長時間労働でありながら幸福な社会を築き上げることが、それが幸福であったからというごく簡単な理由に過ぎない。また、この実感は、決して私だけのものではあるまい。

膨大なエネルギー消費に支えられた現代文明は、確かに生活水準を圧倒的に向上させてきた。これも生活の【質】だというならそうであろうが、それは幸福感に繋がる〈質〉と引き替えにしてきたものだ。私たちは、昨年の3.11でそのことに気がついたのではないのか。「自分探し」とは「幸福探し」である。

「生活の〈質〉」という時の〈質〉は、私が提唱している〈クオリティ〉と同じと考えてもらってよい。生活水準という【質】は【リアリティ】である。生活の【リアリティ】は目で見てわかるものだし、貨幣という尺度でもって計測することもできる。日本人はこれまで必死になって【リアリティ】を追い求めてきたし、それで満足できた時代も確かにありはしたけれども、それが最終結論なのかと問われて、今に確信をもって「YES」と答えられる者がどれほどいるだろうか。

〈クオリティ〉【リアリティ】などと言葉にすると大袈裟に感じられようが、そんなことはない。たとえば、熱い夏に節電を強いられるというのであれば、「知恵」を働かせばいい。公共の施設、あるいは誰かの家へ集まって避暑に行く。その時間を楽しく過ごす工夫をする。そうした単純なことが〈クオリティ〉を向上させる。もっとも、単純とは言っても手間はかかるだろう。その手間に悦びを見出すことができるようになれば、勤勉革命への道を踏み出したことになる。それには些細な「勇気」が求められようが、それに見合う「希望」もある。

締めに、私が昔、田舎のオジサンから聞いた話を。

今時の季節は、田植えのシーズンだ。昔、田植機と言ったような者がなかった頃は、集落で力を合わせた田植えをした。ところが田植機が出来て普及したおかげで、力を合わせる必要が無くなった。それぞれで田植えができるようになった。そのおかげで、相性の合わない者とは仲良くしなくてすむようになった、と。

気の合わない相手と仲良くしなければならない状況は、確かに束縛感が在って不自由だ。だから田舎の人間は自由を求めて都会へ出て行った。田舎に残った者にも田植機という技術が、自由をもたらした。

しかし、それと引き替えに別の不自由を引き受けなければならなくなった。田植機は購入できるが自前の技術ではない。カネを支払って購入しなければならないものだ。田植機が広く普及したことで、あるいは都会へ出て行くことで、人々は自由になり、GDPは大きくなった。が、その自由な暮らしは、技術を購入しなければ維持することが出来ないもの。自由を維持するに、カネに縛られ不自由になった。

人間同士の相性の悪さから生まれる不自由は、自身の人付き合いの技術で対処できる。自前の技術だから基本的にはカネもかからない。そして人間とは、自前の資源(技術・労働力)が自発的に発揮できたときに幸福感を感じてしまう生き物だ。

誰もが自前の資源を自発的に発揮できるような社会は、きっと「生活の〈質〉」の高い、シンプルで豊かな社会であることだろう。

脱原発の向こう側に、このような希望が描けるならば、勇気も湧いてこようというものだ。
目指すは第二次勤勉革命だ。

コメント

もう、今日お会いしたときに話しちゃいましたけど、ついおととい「北の国から」をぜ~んぶ観終わりました。
この記事を読んで、その「北の国から」を思い出しました♪

ラディカルで良いですね。

愚樵さんの思想の精髄が現れた素晴らしい文章だと、思います。

>「覚悟」を固めて「勇気」を出し、「希望」を見出していかなければ。

この言葉の前半二つには、賛成です(サマセット刑事風に)。
坂口安吾が随筆で田舎の人間の精神性を徹底的に罵っていましたが、私もド田舎の出なので、彼の言っていることが、よく理解できます。
愚樵さんは以前「自由と自在」の話で内山節さんの話を引用されていましたが、あれは配偶者の話でしたからね。

「孤独」を発見してしまった現代人が、近世のような共同体を基盤とする労働に回帰できるか。
最大の問題はそこでしょう。私のような薄志弱行のグウタラですら、断食・減食は平気でこなせるくらいですから、追い詰められれば、或いは腹を括れば耐乏生活に適応することは難しくないのです。

隣人というこの耐え難い生物とどう向き合うか。
しかも現代はあまりにも、あまりにも人が多すぎる。
そこを除けば、愚樵さんに共感いたします。はい。

はたらくよろこび

こんにちは

私はかなりの長時間労働をするタチです。主人によく叱られますが、楽しいんだから仕方がない(笑)。
こちらの国にはそういう人とそうでない人、両方います。
その違いのもとはいろいろあると思うのですが、直接あるいは間接的に「カネがすべて」と言い聞かされて育ったか、どうかだと思います。何かを成すために骨身を削ることに、金銭という対価が与えられないのが理解できない場合は即不幸です。しかし金銭をえたとたんに幸せになる、それも私からすれば不幸。

心がぱっと明るく照らされるような記事です。第二次勤勉革命、いいですね。

拾ってきた家

アキラさん、おはようございます。昨日はいろいろとありがとうございました。

「北の国から」を思い出しました♪

『北の国から・遺言』に出てくる、「拾ってきた家」「拾ってきた街」ですね。

一度、『北の国から』で座談会みないなのをやってみたいですね~。アキラさんの「ワンシーン」シリーズが一段落付いた当たりで、考えてみませんか?

Re:隣人という耐えがたい生き物

平行連晶さん、おはようございます。

愚樵さんの思想の精髄が現れた

この感想は嬉しいです。

隣人というこの耐え難い生物とどう向き合うか。

方法は2つあると考えています。

ひとつは、隣人とは付き合わない。付き合うにたると思われる者とだけ付き合うというやり方。
田舎から都会へ出るというのは、このやり方ですね。

インターネットという技術の出現は、この方法の可能性をさらに広げた。

ネットというのは、「都会」です。時空に制約されず多くの人が集うことができる。その中から、付き合いやすい人とだけ、付き合えば良い。平行連晶さんもこの方法を実践しているのでしょうし、私もそうです。ネット上の「付き合いやすい付き合い」をリアルなものへとレベルアップさせるというやり方。昨日会った、アキラさんともそういう方法で付き合いを深めました。

さらにいうならば、FacebookのようなSNSは、生活の〈クオリティ〉を伝えることもある程度は可能にしています。
いえ〈クオリティ〉を伝えることは、ブログでも出来るんですけどね。向き不向きでいうと、〈クオリティ〉を伝えるのならば、今のところFBが最も具合が良いようです。

で、もうひとつの方法。それは「世界を〈霊〉で満たす」という方法。

この記事も、どちらかというとこの方法に沿ったもの。概念的なことは『魂に「蓋」をするもの その2』(http://gushou.blog51.fc2.com/blog-entry-680.html)で書きましたが、こちらは多少具体的なものですね。

日本人という人種は、「仕事」という営みの中に〈霊〉を見出してきたんですね。その伝統的な「エートス」は、歪んでしまったとはいえ、まだまだ健在だと私は思っているんです。

・あやみさん

楽しいんだから仕方がない

いいですねぇ (^o^)

金銭という対価

貨幣というのは、おそらくはもっとも究極の【リアリティ】です。それゆえ人間はそれを求めて止まないが、しかし、人間を幸福にするのは〈クオリティ〉なんですね。「手触り感」と言い換えてもいい。たとえば、愛しい者のぬくもり。

働くことに愉悦を見出す者は、仕事に〈クオリティ〉を追い求めている。なので、その返礼には、本来は〈クオリティ〉が相応しい。が、それでは「大きな社会」は回らない。

このあたりのことは、また改めて書いてみます。

いいですよー。
ワンシーン シリーズは、まだ全部切りとっていませんが、軽く100回を越えていますけど。(^o^)

檻。

>日本人という人種は、「仕事」という営みの中に〈霊〉を見出してきた

この下りには同意します。その上で思うことを。

「この共同性と個体性との矛盾において、共同的(社会的)に生きるなかで私たちはだれしも共同世界から排される(依存を絶たれる)ことへの強いおそれを持つとともに、逆に共同世界に支配され呑み込まれることへのおそれも、多かれ少なかれ、同時に抱かないでしょうか」(滝川一廣『「こころ」の本質とは何か』より抜粋)

私の生まれ故郷には、今でも銭を稼ぐためでない「伝統的な共同体のための仕事」が残っています。
代表的なのが「消防団」「秋の祭礼の運営」。
少年時代からの旧友も、両方に携わってきました。とても勤勉に。
これらを勤勉にこなすと、個人の時間の相当な割合を十数年捧げることになる(消防団からは35歳で解放されます。うちの地元は。祭礼の方は四十五十じゃ「年季が明ける」ことは無さげです)。
長時間労働も、勤勉であることもそれ自体は悪いことではない。やっかいなのは、動機です。

「共同世界から排される(依存を絶たれる)ことへの強いおそれ」
余所者はともかく、土地の者はこれをとても恐れる。回避を可能とする適当な口実を持てぬ者は「共同体のための仕事」に参入せざるを得ない。
仕事ぶりが怠慢であれば批判される。勤勉にならざるを得ない。

ダンパー数が機能する領域ですからね。気が合う・合わないというレベルとは異なる「俺はお前を知っている」という視線の檻が出来上がってしまう。相互監視の檻。
そこに勤勉はあるが、幸福はない。

>その伝統的な「エートス」は、歪んでしまったとはいえ

断言はしませんが、歪んでしまったのではなく、「別の方向に歪んだ」。生まれ故郷から抜け出してきた私は、そんな感慨を持ちます。
かつての共同体は、良い〈霊〉だけでなく、さまざまな【悪霊】に満ちていた。【悪霊】が人を働かせていた。そんなイメージ。
友人は言っていました。「(共同体の仕事から)途中で抜けると、色々言われ続けるからね…」

まだまだ長いなぁ

・アキラさん

連続ドラマシリーズはようやく終盤にさしかかっていていますけど、その先はまだまだ長いですからね。

Re:檻

・平行連晶さん

代表的なのが「消防団」「秋の祭礼の運営」

これ、ね。地方によって運営の色合いがずいぶんと違うのではないか、というのが私の経験からいえること。

今の山梨では、明らかに既得権益です。それらの集団に所属していれば旨味があるということ。
そして、その集団に所属できる資格があるのは、同じ中学を卒業していて、かつ、地元にいるということ。

例えば。ウチにも祭りの寄付を集めに回ってきたりしますが、かならず、領収書は要りますか? と訊かれます。ピンときます。領収書のない「差額」は、「彼ら」の利得になるのだな、と。

そういったカラクリがあった場合、原子力ムラなどと同じで、構成員はどこかで疚しさを感じていますから、共同体としての強制力は強化させるでしょうね。共犯者の心理でしょう。
おそらくですが、消防団や地元自治会の運営費なども、かなり不明朗だろうと思います。

一方、和歌山の過疎地ではまったく事情が異なりました。
既得権を行使して収奪できる基盤がもうすでにないので、消防団や祭りを維持するのに、同じ中学卒というような「資格」は設けられない。他所から移住してきた者であろうが、その意志さえがあれば資格がある。

会計は、非常に明朗なものでした。

こちらでは「疚しさ」の質がまったく異なります。勤務等で制約があって、伝統的共同体の運営に参加出来ないことに「疚しさ」を感じる。そういった「疚しさ」を共有しない者には、それは「檻」でしょう。

かつての共同体は、良い〈霊〉だけでなく、さまざまな【悪霊】に満ちていた。

もちろんです。〈霊〉と【悪霊】とのせめぎ合いがあった。形こそ違えど、今もあるでしょう。

そうした【悪霊】をうまく治めることが「まつりごと」、すなわち政治である、と考えます。

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