愚慫空論

愚痴が非難に変わるとき

すぺーすのいどさんのところで出会った歌。



すぺーすのいどさんは、この歌の歌詞をチョーガキっぽいと言われる。同意。

本当の女子高生なら、これでもまあしかたないと思うんですよ。
でもこのレベルで止まっちゃって大人になるとしたら、それは怖いなぁとなんか思っちゃうんですよね。


日本を占領しにやってきたダグラス・マッカーサーが“日本人は12歳”と評したというのは有名な話だが、それを思い出してしまった。

うん、でも、私はとても好感をもった。ここに並べられているガキっぽい「愚痴」に。

  疑いの目で君を見たくないけど
  「どうしてよ? どうしてよ? どうしてよ!?」なんて
  いつもよりもね怒ってみたなら
  少しは考えてくれるかな…?


かろうじて愚痴で留まっている。会う時間を都合出来ない相手への「非難」にはなっていない。
バランスが取れていて、いいと思う。

「愚痴」が出るのは、欲求が満たされないから。この場合の欲求にはいろいろあるだろうけど、思うに、〈学習〉への欲求も含まれている。

 (知/不知) → 知

という〈運動〉が〈学習〉だが、この場合、何を知りたいのか。私の言葉でいわせてもらえば〈霊〉ということなる。主人公の「彼女」がそのインターフェイスの中に抱えている愛しい「彼」の像であるところの〈霊〉。「彼」の〈霊〉が(知/不知)の状態にあるのを(知)へと高めていきたい。その向上を〈クオリティ〉を高める、という具合に私は表現している。

彼の〈霊〉の〈クオリティ〉を高めていくことができれば、会えない理由も知ることができる。会えない理由が「不知」だから“疑いの目”になってしまうけれども、それを彼への「信頼の欲求」が押しとどめている。「信頼の欲求」は「〈学習〉の欲求」と考えていだろう。彼をもっと知ることが出来れば、会えない理由も理解できる。会えない理由が理解できれば、今度は彼女の方が変化することになるだろう。「欲求」の形が変わるのである。

が、〈学習〉には、メッセージの交換が必要だ。会えなければそれも出来ない――と、彼女は愚痴をこぼす。もちろん、それ以外の欲求も含めて。

彼女が抱える彼への諸々の「欲求」が、「〈学習〉の欲求」を飲み込んでしまったとき、「愚痴」は「非難」へと変わる。彼女は自己変革を止め、〈学習〉を停止し、彼への「信頼」を盾に、彼に変化を強要することになる。

 “私と仕事とどっちが大事!?”

ありきたりなところで、こんなセリフが出てくるようになって、彼は「選択」を迫られてしまう。こうなったら、逃げるのがいい。もちろん、彼女から。

〈学習〉を停止した彼女にとって、彼は「知」の状態になる。彼女を愛している(はず)の彼。忙しくて彼女と会うことが出来ない彼。どちらもリアルな彼であり、彼女はその彼を“正しく”認識する。この“正しい知”“正しい認識”を私は【リアリティ】と呼ぶ。

彼にとっては彼女を愛しているのも忙しいのもどちらもひとつの人格に統合されているから、どちら正しいとしか言いようがない。だから選択など出来ない。だから、彼女からの、どちら正しいのかという選択の要求は、人格破壊の要求、すなわち【ハラスメント】である。【ハラスメント】からは逃げるのが上策だ。

とはいっても、そう簡単に逃げられない。逃げようとは思えない。そうなると、待ち受けているのは「破局」という事態だ。双方ともに、魂に傷を負うことになる。

諸々の欲求に飲み込まれず、上手く〈学習〉を継続できれば、恋は愛へと育まれていく。が、愚痴は止らない。何十年連れ添った夫婦でも、聞いてみればパートナーへの愚痴は止らないものだ。いつの間にか「のろけ」になっていたりもするが、それこそ〈学習〉の証し。

  受信箱に増えてく些細な会話が
  恋しくて 愛しくて もうイヤんなっちゃうよ


その些細な会話を問うてみようものなら、愚痴とのろけの混合物を嫌というほど浴びせかけられるに違いない。

そんな混合物を浴びるのは御免被りたいが、けれど、そんな混合物が出来上がっていくのは、とてもいいことだと思う。

そのままで。愚痴は愚痴のままで。愚痴は、たとえそれが正しくても、非難に変えてはいけない。
ま、でも、「そのまま」というのは辛いことでもあったりする。特に若い時分には――と中年オヤジは思うのである。

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