愚慫空論

「当事者」の時代 その3

『義理と人情―長谷川伸と日本人のこころ―』という本を読んだ。


真っ暗闇じゃあござんせんか

 言い古されたことですが、本を作る時に編集者が頭を悩ますのが書名と帯のコピー。「絶対にコレね」と、強く書名を指定してくる書き手もたまにはいますが、文芸書以外では稀なことです。
 本書のメインタイトルと帯を思いついた時、誤解されやしないかと一瞬迷いました。「この本、あっちの世界の話ね?」と思われたらいやだな、と。「あっち」とは、以下のような世界のことです。
「義理人情」や「任侠」という言葉から私の頭に浮かぶのは、村田英雄バージョンの「人生劇場」の世界や、鶴田浩二、高倉健、菅原文太らの映画「人生劇場・飛車角」「網走番外地」「仁義なき戦い」、長い楊枝を加えた中村敦夫の台詞「あっしには関わりのねえことでござんす」などです。そうした主人公たちの、生きるプリンシプル(主義)は、「義理人情に厚く」「一度受けた恩義は忘れず」「弱者の味方をする」という、まさしく長谷川伸の描こうとした世界でした。そうではあるのですが、銀幕やブラウン管の中で、格好いい台詞を吐く姿があまりにも強烈なため、そちら(うわべ)ばかりに目がいってしまい、ことの本質は語られぬままになってしまいがちでした。
 著者の山折さんは「まえがき」で、長谷川伸の評価が低いことについてこう書きます。「近代的な知性や感性にはそぐわないものとして軽視され、侮蔑され、排除されていった。〈中略〉義理人情の世界では個の自立も個人の尊厳も手にすることはできないとか、〈中略〉断罪されてしまったのである。」
 さて、「個の自立」を一所懸命、学校や社会で学ばされた末、今の日本はどうなっちゃったでしょうか? 他者との関わりは薄くなり、弱者が切り捨てられやすいシステムが出来上がり、勝ち残りたいのなら自己責任で頑張りなさい、という社会が現出しました。居心地いいんでしょうか、この世界(真っ暗闇じゃござんせん?)。
「だから今、長谷川伸を読む意味があるんです」と山折さんは言います。長谷川伸が、主人公を通して描こうとした本質はなんだったのか。私たちが戦後半世紀をかけて少しずつ捨てていったものはなんだったんでしょう。この本にはその答えが書いてあります。


改めて“真っ暗闇じゃあござんせんか”と言われれば、今の日本社会はまこと、真っ暗闇だ。

長谷川伸は有名な作家なんだそうだ。が、私はこの本を読むまで全然知らなかった。
『夜もすがら検校』『沓掛時次郎』『瞼の母』『一本刀土俵入り』などが本書では紹介されているが、いずれも知らない。名前も聞いたことがない。

要するに「あっち」の世界。股旅ものの義理人情、浪花節の世界。演歌の世界よりも、まだずっと向こう側にある世界。

こうした「あっち」の世界に、どこか琴線に増えるものがあるのは何となく知ってはいた。私は近代的知性なんてものを疑ってかかっているつもりだから、近代的な知性や感性にはそぐわないものとして軽視するつもりはないけれども、「あっち」の世界はどうも商業的な臭いが強いような気がして――同じような臭いはタカラヅカにも感じる――、なんとはなしに敬遠してきたわけだ。

しかし。義理と人情、武士道、任侠道。これらの言葉はそれだけで「あっち」の臭いはするけれども、本書はさすがに「あっち」に埋没しきっているわけではない。そうした世界に潜んでいる、日本人の心性の本質をつかみだそうとしている。

著者の山折哲雄氏は、武士道や任侠道の根っこは「負い目」だという。

 さきに私は、佐藤忠男氏の『長谷川伸論』をとりあげ、そこに展開されている任侠道についての議論を紹介しておいた。任侠道と武士道を、忠誠心という観点から比較したものだったが、そのなかで佐藤氏は、任侠道の究極は弱者にたいする「負い目」を担いつづけることだといっている。これは注目すべき指摘で、さきの義理人情というのも、この相手(弱者)にたいする負い目をまっとうに意識することにほかならない。それが人間の自然の情であり、モラルの源泉であった。だから、義理すなわち公が、人情すなわち私に優先するといったような単純な話ではない。


私たちが昨年の大震災の時からずっと被災者と呼ばれる人々の感じているのは「負い目」ではないのだろうか。

『「当事者」の時代』の佐々木俊尚氏は、そうした「負い目」を感じさせられる相手を「当事者」と呼んでいる。そして次のように言う。

 われわれは望んで当事者にはなれない(p.455)
 他者に当事者であることを求めることはできない(p.458)

それに対して私は、“なれない”のではなくて“なりたくない”なのではないのか、と問うてみた。その問いは言い換えると、私たちが感じているはずの「負い目」に背を向けていないか、ということになろうか。

いや、背を向けているというのは不当だ。「負い目」を感じているからこそ、“なれない”“求めることはできない”というわけだから。背を向けていない。ただ、自身が感じているものに上手く焦点が当てられていない。「負い目」という言葉は、「当事者」に対する私たちのぼやけた風景に、ピッタリと焦点を合わせるレンズのようである。

『曾根崎心中』で徳兵衛とお初が死をもって恋をつらぬく場合でも、浮世の義理にせめたてられたはての受動的な悲劇などではないだろう。徳兵衛のお初にたいする人情、お初の徳兵衛にたいする人情が、義理の顔をしているだけの酷薄な世間の掟を圧倒していく物語だったということになる。
 司馬遼太郎の描く高田屋嘉兵衛もまた、そのような義理人情をその体内に大量に抱えこむタイプの人間だったのだろう。この人情過多の道徳感覚こそ、じつは江戸時代の町人道を底から支えるものだったのではないか。それはどこか、任侠道における弱者への負い目の感覚ともつながっているようにみえるのである。
 武士道についてもふれておこう。任侠道、町人道とくれば、そのことにもふれないわけにはいかない。むしろ問題は、そのような任侠道や町人道のなかに武士道をおくと、どんな風景がみえてくるかということだ。股旅物や世話物にも通ずるような物語の旋律が、そこからきこえてくるだろうか。
 手がかりは、いくらでもあるだろう。ここでは例によって新渡戸稲造の『武士道』をとりあげよう。どこから入ってもいいようなものだが、やはり「仁」にかんする一文(第五章)は逸することができないと思う。仁とは、武士道に不可避の最高の徳だという。愛、寛容、慈悲もしくは慈愛などの属性を含む。それはまた柔和にして、母のごとき徳である。
 まさに、武士道の精華として賞揚されている。が、それらの言明のなかで私がとりわけ胸をうたれるのは、新渡戸がつぎのようにいっているところだ。――武士にもっともふさわしい徳として称讃されたものこそ、「弱者、劣者、敗者に対する仁」である、と。私はこの言葉に出会ったとき、新渡戸の思想の琴線にふれたような気分になった。武士道の精神が倫理的な美の世界へと昇華するのは、そのような場面においてではないかと思ったほどだ。


「弱者、劣者、敗者に対する仁」は、孟子の言葉で「惻隠の情」とも言われる。これこそが「当事者の時代」に求められている、私たちが喪ってしまった「心」なのではないだろうか。

新渡戸稲造が『武士道』を表すようになった切っ掛けは有名だ。新渡戸が欧州に留学していた折りに、日本人とはどういった人間なのかを上手く言葉で説明出来なかった。欧州人の精神的支柱であるキリスト教に相当するものが明確に言い表すことが出来なかった。この負い目から生まれたのが『武士道』という著作だ。

そのキリスト教の精神に、「負い目」と似たような感覚がある。「形而上の罪」と言われるもの。ナチス・ドイツの敗戦後にカール・ヤスパースが著わした『罪責論』のなかに、罪の4分類の1として出てくるものだ。

ヤスパースは戦後まもない講演(『罪責論』)において、戦争責任を、刑事的責任、政治的責任、道徳的責任、形而上的責任の四種類に分けている。

第一に、「刑事上の罪」、これは戦争犯罪――国際法違反を意味する。これはニュールンベルク裁判で裁かれている。

第二に、「政治上の罪」、これは「国民」一般に関係する。《近代国家において誰もが政治的に行動している。少なくとも選挙の際の投票または棄権を通じて、政治的に行動している。政治的に問われる責任というものの本質的な意味から考えて、なんびとも、これを回避することは許されない。政治に携わる人間は後になって風向きが悪くなると、正当な根拠を挙げて自己弁護するのが常である。しかし、政治的行動においてはそういった弁護は通用しない》(橋本文夫訳)
つまり、ファシズムを支持した者だけでなく、それを否定した者にも政治的責任がある。《あるいはまた「災禍を見抜きもし、予言もし、警告もした」などというが、そこから行動が生まれたのでなければ、しかも行動が功を奏したのでなければ、そんなことは政治的に通用しない》。

第三に、「道徳上の罪」、これはむしろ、法律的には無罪であるが、道徳的には責任があるというような場合である。たとえば、自分は人を助けられるのに、助けなかった、反対すべき時に反対しなかったというときがそうである。もちろん、そうすれば自分が殺されるのだから、罪があるとはいえない。しかし、道徳的には責任がある。なぜなら、なすべきこと(当為)を果たさなかったからである。

最後に、「形而上の罪」として、アドルノがいったようなことを述べている。たとえば、ユダヤ人で強制収容所から生還した人たちは、ある罪悪感を抱いた。彼らは自分が助かったことで、死んだユダヤ人に対して罪の感情を抱く、まるで自分が彼らを殺したかのように。それは、ほとんどいわれのないことだから、形而上的だというのである。

(出典はコチラ

強制収容所を震災に置き換えてみれば、あの災厄から生き残った「被災者=当事者」は、亡くなった人たちに「負い目」を感じ罪悪感を抱く。そして「被災者=当事者」でない我々は、自身が「当事者」でないことに「負い目」を感じる。

さらに言うならば、「道徳」いうのも「負い目」から出てくるように感じる。予め「なすべきこと(当為)」があってそれが果せなかったから「罪」というのではなくて、自分が感じている「負い目」を解消するように行動しないことが「恥」だという感覚。また、行動できない事情を「浮き世の義理」とする感覚。義理に飲み込まれるのを「弱虫」とする感覚。義理で自身の行動を正当化する行為を「卑怯」とする感覚。そういう感覚があるからこそ、義理の顔をしているだけの世間の掟を酷薄だと感じるのではないのか。

 参考:「当事者」の時代 その2

日本的には「人情」、キリスト教的には「形而上の罪」となる「負い目」の感覚は、おそらくは人類に共通のものだろう。
ヒューマン

「都市が誕生する前、人類は長いあいだ、部族を中心とする小規模な社会で暮らしてきました。現在の狩猟採集社会を見てみると、首長には気前がよいこと、寛大であることが期待されています。首長は、助けを必要とする人々を支援するのが当然だと考えられているのです」
 こうした社会では、「裕福になることは恥ずかしいことだ」、「富むことは品の良いことではない」とする考えが支配的だ。なぜなら、裕福になるということは、社会やほかの人々から富を奪うという側面もあるからだ。
「つまり、他人を貧困に陥れることで、豊かになっていると考えられていたのです。そこで、社会からお金を得たら、それを還元せねぽならないという考えをみんながもっていました。他人から奪った富で私腹を肥やすことは、貧欲として忌み嫌われたのです。貧欲は中毒のような病的状態だとみなされており、人々は『どうやって人を富に対する中毒から回復させるか。どうやって貪欲さから遠ざけるか』と思案していたのです」
 人類が繁栄というものを知りはじめた時代、人々の心には確かに貧欲への戒めが根付いていたというわけだ。それは、長い歴史のなかで人類が培ってきた掟であり、生きるための知恵でもあった。
 格差を嫌う私たちの心。そのルーツは、狩猟採集の時代にある。そうした狩猟採集の暮らしに別れを告げ、農耕をはじめ、さらに分業へと踏み出して、都市を築くようになっても、なおその心は、アマギという社会制度に色濃く反映されていたというわけである。

じつは、この格差を嫌う心は、いまも私たちの脳に刻み込まれているという。
 ラトガース大学のエリザベス・トリコミ博士は、カリフォルニア工科大学との共同研究で、脳が格差に対してどのように反応するか、実験を行った。
 実験に参加した人はまず、くじを引く。プアと書かれたくじ、つまり「貧乏くじ」を引いた人は参加料の30ドルを受け取る。これに対し、リッチ、つまり「金持ち」と書かれたくじを引いた人は参加料プラス50ドルの合計80ドルをもらえる。
 脳の反応を調べるのは、ここからだ。この状態からさらに、リッチ、もしくはプアが、1ドルから50ドルの追加報酬を受け取ったときのそれぞれの脳の反応を調べるのだ。fMRIで観察されたのは、脳の報酬に関わる領域である、腹側線条体と腹内側前頭皮質の反応だ。
「プアのくじを引いた人の脳は、追加で自分たちの手元にお金が入ったとぎに著しく活動、つまり喜ぶ反面、金持ちの人がさらにお金を手に入れると、活動が低下、つまり本当に嫌がりました。これは、理解できる反応です。不公平な状況下で、自分よりも恵まれている誰かがより恵まれる、自分はさらに下になるということは喜べないものでしょう」
 意外だったのは、リッチの脳の反応だった。
「リッチのくじを引いた人はさらにお金を得ると、脳の活動が沈静化していきました。すなわち、お金を得れば得るほど、シグナルは発されなくなったのです。そして、彼らの脳は、自分たちがお金を手に入れたときよりも、プアが少しでも多くのお金を得て、自分との格差が少なくなったときのほうが、大きく活動、つまり喜んだのです」
 この実験結果によって、私たちの脳には、格差に対して嫌悪感をもつという神経学的な特性が示された。


この「格差を嫌う心」とは「負い目」ではないのだろうか。


もう一度、冒頭へと戻ろう。“真っ暗闇じゃあござんせんか”というセリフだ。

日本を今、真っ暗闇へと陥れているもの。そう考えたときに浮かぶもののひとつが「東大話法」である。

原発危機と「東大話法」

そして「東大話法」といえば、立場主義である。

「負い目」から生まれる「人情」という感情から見てみれば、「立場」を背負った人というのは、一種の弱者という感覚がある。“あの人の「立場」だとたいへんだねぇ”などといった言い回しをすることがよくある。この場合の「立場」は「義理」にもよく似た響きになる。私たちは義理に縛られた人をどこか気の毒に思う心性があるからだ。

そう考えれば、『原発危機と「東大話法」』で明らかにされた「立場」とは、「義理」の新たな装いなのかもしれない。ただし、「義理」と「立場」とが大きく違うところは、「義理」は“一宿一飯の恩”と言ったように巡り合わせ、機縁というニュアンスが強いのに対して、「立場」には「選択の自由」の響きが強いのである。“その「立場」に立った、あるいは立たされたのは、あなた自身の選択の結果だろう”という言い方もなされる。以前はそうであっても「立場」に「人情」が働いたが、現代は、「立場」はむしろ酷薄な自己責任論へと結びついていく傾向が強いように感じる。

ここが奇妙なところである。というのは、「立場」を獲得していくにしても、その過程では各々は「当事者」であったはずだからだ。「立場」が「人情」を惹起させるものであったのは、「立場」のなかにも当事者性があると認識されていたからだろう。それなのに、いつの間にか「立場」から当事者性は喪われ、「立場」は「当事者」との対概念のようになってしまった。

考えられる原因は、やはり教育であろうか。だとすれば、「東大話法」というネーミングは実に的を得ていることになる。日本で施される近代教育にもっとも適応した者たちが集まる東京大学という場所こそが、もっとも当事者性を喪失してしまった場所だということだからだ。そして、東大を筆頭に当事者性を喪失した者たちに率いられた日本社会が“真っ暗闇じゃござんせんか”になってしまったという現実とも符合する。

日本は「立場主義」社会から離脱しなければならない。目指すところは「当事者主義」社会だろう。

コメント

当事者と利他主義者

当事者に「なれない」のか「なりたくない」のかという問題はとても難しいものだと思います。それは、日本の市民運動というものが、滅私奉公を要求して、当事者になってしまうと自分を見失うという主体性の喪失につながってしまうからです。そのような状況には、出来れば「なりたくない」と思うのが普通ではないかと感じます。

また、利他主義者が入り込んでいるような運動では、その利他主義者が、滅私奉公してこないような、すべてを当事者に捧げるという人間でないと、そういう人間が近づいてくるのを排除するという面も見せます。日本の市民運動、つまり左翼的な活動には、安冨さんが語るハラスメントが蔓延しているのを感じます。

すべてに同意することは出来ない、ゴーマニズムの小林よしのりさんですが、左翼運動的な市民運動に対して、自己満足的に、自分の不足したところを埋めるために、運動の解決よりも運動が継続していくことを望んでいると指摘したのは正しかったと思います。佐々木俊尚さんのこの本が、左翼運動のハラスメント性をどう扱っているのか興味があるところです。

『「当事者」の時代』、ぜひ読んでみてください

・秀さん、ようこそ。

佐々木俊尚さんが提唱する「マイノリティ憑依」という概念は、左翼(市民)運動の本質的なところな抉る秀逸なものだと思います。ぜひとも本書に触れてみてください。読み応えがあります。

それは、日本の市民運動というものが、滅私奉公を要求して

仰るとおりなのだと思います。なぜそんなことになるのかが興味深いところです。おそらくはギリシャのポリスに起源をもつ西洋的市民との違いが作用しているのではないかと。日本人は今でも根っこは「百姓」なのでしょう。

右翼にせよ左翼にせよ、日本の政治的な運動には【憑依】が強要されるような印象を強く持っています。“すべてを当事者に捧げる”というのがまさに【憑依】です。そして、この【憑依】を後押しするのが「負い目」なのでしょう。

こういった「負い目」から【憑依】への転換は、日本に限らず人類普遍的に見られる現象のようにも思います。例えばキリスト教の場合、イエスが人類の罪を背負って十字架についたという「負い目」がある。その「負い目」が【憑依】に変わったとき、キリスト教の名の下にクルセイダーを派遣するといったようなことになる。クルセイダーたちにも要求されたのは滅私奉公であったはずです。

ただ、あちらは近代化の過程でそうした「負い目」から【憑依】への転換の流れは解明され、解除されつつある。宮台氏が近代化を信奉するのもこの「解明・解除」を見ているからだと思っています。ですが日本人の場合は「負い目」のありかたが西洋とは異なる。むしろ西洋流の近代化で「解明・解除」しようとすることがミスマッチになって、「東大話法」や「マイノリティ憑依」のようなものを生み出しているのではないかと。

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