愚慫空論

心地よい「不揃いな音」

Facebookに流れてきたリンクがご機嫌なので、ブログにもお裾分け。


しょうぶ学園のパーカッションバンドの演奏ということらしいが、そのしょうぶ学園というのは、ハンディキャップを背負ってしまった人たちの施設のようだ。なので、ここでの演奏者も、そのような人たち。

しょうぶ学園のHPより。

心地よい「不揃いな音」

本来、音楽では「不揃い」や「ズレ」は好ましいものではありません。しかし、「はたして揃うことがすべて美しいことだろうか」と問いかけてみると、見えている世界には、実は見えていない別の可能性があることに気づきます。それぞれの人が違うから、美しいのであって、中身の違いがあるからそれを認め、合わせることができるのです。健常者の特性である「揃えること」が過剰になればなるほど障害者と離れていくのと同時に彼らは頑強に「ズレること」を守っているようにも感じます。そこに魅せられ、私たちは、不揃いの音のバランスの良い配置を模索しています。大事なことは、彼らの不揃いの音が無理に主役になることなく、心地いいと感じる音が生まれてくることです。そして、純粋にズレた彼らの音とコラボレーションすることによって、新しい発見の場としてottoの活動は思いもかけない視点を私たちに気づかせてくれると思います。


私たち健常者は、“音楽”に「意味」があると思っている。
だから、“音を揃える”ことは、音楽の「意味」を伝えるのに有効だと考え、また、“揃える”ことそのものにも「意味」を見出していく。

“音を揃える”というのは、それでけで凄い「意味」を生じるもの。楽器でもそうだけど、人間の声が揃うというのは本当に凄いものがある。儀式に音楽を用いることを重視したカトリック教会でさえ、一時コーラスを禁止したことがあるらしい。あまりに「意味」があり過ぎて、どうしても教会が示そうと意図している「意味」を超えてしまうところがある。禁欲的ではない、といった理由らしい。

よく少年合唱団が「天使の歌声!」といって宣伝されていたりするが、あれはさほど誇張されたものではない、と思う。本来“揃える”というのは抑制的な行為だから禁欲的になるはずなんだけれども、声の場合、揃うことで声が持つそもそもの禁欲的でないところが溢れ出てしまう、みたいなことになる。それが子どもの声だったりすると、危ない! というくらいになってしまう。いや、冗談ではなく。

が、一方で。不揃いの音にも「意味」は見出しうる。

“音楽”に意味があるとことを前提にしてしまうと、こちらの「意味」は見出せない。ここを見出すには“音楽すること”の「意味」を捉まえなければならない。上の動画に溢れているのは、まさにこちら。“音楽すること”の意味だ。

“音楽”の「意味」と“音楽すること”の「意味」。より根源的なのは後者だろう。なので、不揃いであろうが生き生きと“音楽している”様子からは、私たちは、より根源的な「意味」を見つけ出してしまうことになる。根源的な分だけ素朴な「意味」だ。

もちろん、このことは“音楽”の「意味」を否定するものではない。“音楽”の「意味」も究極的に突き詰めていけば、なぜか根源的なところへ到達してしまう。その時に得られる驚愕は、素朴なものの比ではない。なぜかはわからない。そうなのだと言うしかない。

そう、不揃いな音から発見される「意味」は、驚愕を伴うものではない。ともなうのは安心だ。観る者に、それでいいんだよ、というメッセージを届けてくれる。そしてそのメッセージは、なぜか人に前へ進めと背中を押す。病んだ者(ハンディキャップを背負った者の意味では、断じてない)を安んじる一方で、健康な者(健常者の意味では、断じてない)の背中を押す。なぜそういうことになるのか、それもわからない。

【追記】 大切なことを忘れていた。

来る5/5に、ライブがあるらしいのだ。
詳細は、こちらから。
 http://www.facebook.com/events/151379098322678/

コメント

愚樵さん

おはようございます。

素晴らしい動画の紹介をありがとうございます。

3分15秒あたりのところも好きですが、6分以降の演奏が特に堪らなかったです。生み出される躍動感に魅入って思わず「すごい」という言葉が溢れたとき、全身には鳥肌が立っていました(笑)いま繰り返し聴きながらコメントを書いています。

私は昔DJをやっていて、自分でも音楽を作っていました。電子音楽、電子音響、テクノとか、エレクトロニカとか、色々な呼び方があるジャンルで、私が楽しんでいたのは、電子音とその辺に溢れる雑多な音の融合(日常生活音のような雑音なども)や、民族的、土俗的な音の融合でした。

DJというのは、幾つかのターンテーブルを用いて同時に複数枚のレコードを掛けていきます。掛けられている曲は、それぞれテンポが異なりますから、先ずは一方の曲だけがスピーカーから流れるようにし、ヘッドホンで確認しながらテンポを調節していきます。

テンポの調節が済んだらタイミングを見計らい、次の曲を先に流している曲の上に被せます。そうして音を、曲を重なり合わせて繋いでいきます。

このようにして、ある空間にひとつの物語を紡いでいきます。

この曲と曲を「つなぐ」という作業ですが、だいたい慣れてくると、ほとんど繋ぎ目が分からなくなるぐらい精密に「つなぐ」ことが出来るようになります。(逆に聴く方も慣れてくると、どこで繋いだかが分かるようにもなりますが)

ただし、精密に「つなぐ」ということが出来るというのは、ほんの入口に立ったに過ぎないと思っています。なぜなら、精密に「つなぐ」だけであれば、これは機械でも出来るんですね。私が思う本当に上手なDJというのは、そこへ微妙なズレを持ち込みます。

このズレから生じる音のうねりのようなものが堪らないのです。耳で感じ取れるか取れないか、微妙なほどに少しだけ前にずらしたり、少しだけ遅らせたり…本当に微妙なテンポや音のズレが疾走感や躍動感を生み出して、ある種、機械的でミニマルな反復のリズムを生々しく有機的なものに変えていくのです。

この動画から、それと似たような生々しいものを感じました。それにしても何度聴いてもわくわくします。

5月5日のライブ、都合が付けば行ってみたいです。

ご紹介ありがとうございました。

遊戯性。

他エントリで話していた雑談と繋がる話題がタイミングよく出てくるところが面白いですね。

キーワードは、
遊戯性。
無為。
雑味。
こういうところにあると思いますよ。

私は演奏に習熟する前に「下世話」な理由で器楽をやめてしまったので本来こんなことを書く資格はないのですけれども、演奏の訓練を積むということは、相対的に上記の諸要素を排除していくことです。
これらを取り戻すために、逆に高度な演奏技術を駆使してあえて雑味や制御不能性、無為性を演出する人たちもいます。
でも、個人的にはな~んか違うんだよなあ~と感じてしまうんですよね。嫌いではないんだけど…。

昔読んだオリヴァー・サックスのエッセイに『チック症のレイ』だったかしら、チック症のために独創的なパーカッション演奏が出来る人のエピソードが出て来ます。この人の場合は、症状のためにテクニカルな演奏ができるのですが、修練によって専ら獲得した技とは違うので、やはり無為なのでしょう。
薬でチック症を抑えると、彼は持ち味の華麗なドラミングの才能を喪失してしまうんです。

しょうぶ学園のパーカッションバンドの音楽が非常に気持ちよく聴こえるのは、演奏に関してあまり制御をかけようとしていないからでしょう。演奏者個々人の持っている固有のリズム(身体的な特性によってそれが際立つ面がある)を殺さない方向でアンサンブルを組んでいる。隙間がある。
それがとても気持ちよいんですよ。

某所へのコメントを転載

・しわさん、平行連晶さん、おはようございます。

おふたりのコメントに、私から何も申し上げることはありません。
みんなそれぞれの捉え方があって、それぞれがそれぞれでよし、というほかない。そうしたものだと思いますので。

以下、某所での私のコメントを転載しておきます。ちと堅苦しいけど。

ズレから音楽が生成するとしてしまうと、音楽とノイズの違いが分からなくなります。私たちにはズレのなかにも音楽を聴く能力が備わっているということ。この能力はたぶん創発です。映像から伝わってくる雰囲気が、私たちの魂に創発を誘発するのだと思うのです。

だから、この“音楽すること”は、「魂の脱植民地化」への大きなメッセージになる。

と、同時に、創発という次元で考えれば、パフォーマンスを誅求して「礼」を追い求めるマイケルだって同じく創発への誘発になっている。なので、一見全然レベルの異なる音楽のようだけれども、どちらも「魂の脱植民地化」への大きなメッセージになる。

社会の調和は外部から与えられるではなく、私たちの内側から醸し出される。その力が、ズレに音楽を聴き、高度なパフォーマンスに「礼」を見る。いずれも魂の力です

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