愚慫空論

「当事者」の時代

「当事者」の時代

オビニ付いた「すべての日本人に突きつける渾身の書き下ろし472ページ」のコピーは、いかにもコピーの文章らしく、少し曖昧だ。

472ページだから渾身なのか。渾身だから472ページなのか。意地悪く受け取ると、「渾身」は472ページにもなってしまったことへの言い訳のように受け取ることが出来る。

私の読後の感想で言えば“渾身だから472ページ”である。それは他の読者も共有しているようだ。ということは、オススメだということだ。

“渾身だから472ページ”と理解すると、472ページなったにもかかわらず、新書で出したというところにも著者の「渾身」もあるんではないか、思えてしまう。内容と分量からすれば、ハードカバーであってもおかしくはないのに。ま、しかし、それは憶測である。ただ、そんな想像してしまうくらいに、と理解していただければいい。

私はこの著者の「渾身」が、作者自身の当事者性から出てきていると受け取った。著者は毎日新聞の事件記者だったらしい。第一章(夜回りと記者会見――二重の共同体)と第二章(幻想の「市民」はどこからやってきたのか)は、その体験が元になっている。これだけ取り出しても読み物としても、マスメディアと権力の裏側を告発する文章としても、楽しんで読むことはできる。

しかし、それだけでは著者自身の当事者性は露わにはなってこなかっただろう。

 私は事件記者時代、多くの殺人事件を取材した。八王子のスーパー三人射殺事件や、富士フイルム専務刺殺事件、東電OL殺人事件、そしてオウム真理教事件。海外ではエジプト・ルクソールの観光客大量殺害テロを取材し、新婚旅行に来ていて妻が殺されたという日本人の夫にカイロの軍病院でインタビューしたこともある。
 それらの事件取材を思い出すたびに、目撃者や当事者、家族等の証言が今も生々しく頭によみがえってくる。
 だが私は新聞社の記者としてこれらの事件を取材し、しかし最後まで「当事者であること」を生み出せなかった。当然のことだ――当事者ではなく、単なる取材者に過ぎなかったのだから。
 しかしその当事者ではなく第三者として殺人事件を取材していたという行為は、今でも悔恨のようにして心の片隅に残骸として残っている。何をどうあがいて、どんな取材をしても、どうしても事件の本質につながったような感覚を持ち得なかった。それは当事者の心の中にまで踏み込めなかったからだ。
 あまりに不謹慎な話だが、私は事件記者の同僚たちとこんなことを言い合ったことさえある。
「本気で殺しを取材しようとしたら、被害者の奥さんと結婚して、そこから事件をだとり直すぐらいのことをやらないといけないかもな」
 このようなことを真顔で語らなければ、当事者としての意識は発見されないのだろうか?
 だからこれは茨の道である。
〈マイノリティ憑依〉の気持ちよさに抗して、宙ぶらりんの立ち位置を持続し、そして当事者としての伊丹を引き受けていくようなことは可能なのだろうか?


当事者性を持ち得ないという、記者としての当事者性が生々しく語られている。これがあったからこそ、第3章以下、〈マイノリティ憑依〉の構造を暴いていくことになったのだろうと思う。


では、〈マイノリティ憑依〉とは何か?

簡単に言ってしまえば“正義の味方を気取ること”とでもいえばいいか。詳細は本書で...が簡単でいいが、それでは面白くないし、〈マイノリティ憑依〉は重要な提示だと思うので、ごく簡単に触れてみる。その成立過程の説明は、日本の戦後史の一断面にもなっている。

出発点は、「戦争加害者としての日本人」である。

 こう説明されると、二十一世紀に生きている方々は「なんだ」と落胆されるだろう。「そんな話はもう聞き飽きたよ」と。たしかに2010年代の現代の視点で見れば、「科学者としての日本人」という表現はどうの昔から左翼のクリシェ(決まり文句)であり、目新しくも何ともない。

 「加害者視点」が存在しなかった戦後日本
 しかしこのような「加害者としての日本人」という視点は、実は1960年代までの日本人にはほとんど存在していなかった。 
 段階の世代も含めておそらくほとんどの人が忘れ去ってしまっているのが、この視点が獲得されたのは1960年代半ばのことだ。そしてこれがクリシェ化していくのは70年代に入ってからのことなのである。


すなわち、60年代までの日本人大半は、自分たちは戦争被害者なんだとナイーブに思い込んでいた、というわけだ。

その「空気」を水を差したのが小田実の〈被害者=加害者〉論である。

 ベトナム戦争に兵士として駆り出されているアメリカの若者は、「国に命令されている」という意味では被害者だ。そしてベトナム戦争で人を殺しているという意味では加害者だ。しかしそれは、
「被害者であるにもかかわらず、加害者である」
 というのではない。
「被害者であることによって、加害者である」
 ということなのだ。なぜなら国に命令されるという被害がなければ、ベトナム人を殺すという加害も生まれなかったのだから。
 この構図は、さまざまな局面でまったく同じように立ち現れてくる。
 中国戦線に兵士として駆り出される被害者としての日本兵は、だからこそ中国で加害者となる。
 米軍によって土地を奪われた沖縄の農民が、だからこそ基地労働者となり爆撃機に爆弾を積み込んでベトナム戦争に加担する。
 この「被害者だからこそ加害者になる」という関係。〈被害者=加害者〉というメカニズムに、私たち一人ひとりは取り込まれてしまっている。
 そして小田実は、このメカニズムから自分をいかに切り離すかが、反戦運動の大きな課題だと考えたのだった


ここに加えて、津村喬が『われらの内なる差別』を記して、戦後無視されてきた「三国人」やアイヌ・ジェンダー差別などの、それまで隠されてきたマイノリティへと社会の視線を向けることに成功する。

ところが。〈被害者〉論から〈被害者=加害者〉論へのパラダイム転換には、大きな落とし穴が待ち構えていた。

 それは大きなムーブメントとなっていた。そのムーブメントの光の部分では、無視されていた在日朝鮮人の視線の回復につながり、フェミニズム運動のきっかけをつくった。
 だがその影の部分では、オーバードーズによるあまりにも過激な視線を生み出してしまったのだ。〈被害者〉論から〈被害者=加害者〉論にシフトしたパラダイムは、さらにそれを一気に跳び越えて、〈被害者抜きの加害者〉論になってしまったのだった。大きな振り幅を飛び越そうとした途端、もんどり討って着地点を間違え、ラインの向こう側にある段差から転げ落ちてしまったのである。


オーバードーズとは、過剰摂取。

 アメリカの若者や沖縄の農民のような被害者であるから加害者になってしまう人々を知るということは、それはすなわち、自分たちもいつそのような境遇になるかもしれないという想像力をもつことでもある。
 でも、この〈被害者=加害者〉論から、〈被害者〉というパーツを取り去ってしまったらどうなるか。
 行き着くところはひとつだ。
 ただひたすら、人を〈加害者〉として断罪しつづけても構わないという無残な論理へと落ちていってしまうのである。これは実におぞましいオーバードーズの罠だ。


〈マイノリティ憑依〉とは、被害者=弱者=マイノリティの立場に立ったつもりになること、すなわちその「立場」への憑依だ。そしてそこから、「代弁」が始まる。それが〈加害者〉への断罪。

そしてこの構図は、マスメディアの姿勢にも当てはまる。

 マスメディアが代弁しているのは、この日本社会を構成しているマジョリティの日本人ではない。幻想の〈庶民〉である。地に足をつけて文句も言わず、国家や正義を声高に論議せず、権力や資本主義に酷い目にあわされながらも、それでも地道に自分の生活を送っていくような、そういう無辜の庶民。
 そしてその幻想の〈庶民〉を、マスメディアはマイノリティである市民運動の〈市民〉によって代弁させてきた。
(中略)
 そして、周辺部にいる〈市民〉が〈庶民〉を代弁してきたのだとすれば、〈庶民〉は周辺部の外側、完全なる社会のアウトサイダーにいる者でなければならない。


 そしてマスメディアは、〈異邦人の庶民〉という社会の外側の幻想の存在を仮構し、この存在から社会を逆照射することによって、絶対的な立ち位置を確保し、その高みから社会を見下ろすというアプローチを採っている。


仮構の存在に〈憑依〉した状態では、弱者(貧困、差別、犯罪被害などに苦しむ者たち)の当事者性など見えてくるはずがない。取材という形で弱者に直に接していながら、当事者にはなれないという記者の当事者性。ここで、上に紹介した著者の「告白」へと結びつく。

渾身にならざるを得ない理由が理解できようというものだ。

なお、本書には2つの「円環」が描き出されている。ひとつは今、簡単に紹介した〈マイノリティ憑依〉を鍵とする円環。もうひとつはその円環の外側を巡るものだが、こちらについてはここでは触れない。本書に直に接してみて欲しい。


さて、ここからは少しトーンが変わる。これまで文章のトーンは「賛辞」である。ここからは「批判」へとギアを切り替える。


後半は私のツイートから始めることにする。

『当事者の時代』読了。凄い。上っ面でないその凄さは、著者は一切触れないが、自身のメディア記者としての当事者性にあると感じた。「記者=傍観者」の構造を可視化してみせることができたのは、逆説的だが、傍観者にしかなれないという記者の当事者性があるから。説得力の高さもそこからくる。


当記事の前半は、このツイートに沿ったものだということは理解してもらえると思うが、実はこのツイート、140字という字数制限のために削った言葉がある。それは「凄い」の前の「かなり」。

“凄い”と“かなり凄い”では印象はかなり違う。その違いを今からここで述べてみる。端的に言ってその違いは、「渾身」と「命懸け」の違いである。

『「当事者」の時代』の批判に入る前に、同じく「渾身」なものである小田実の〈被害者=加害者〉論に触れてみる。

最初に断わっておくが、私は小田実の著作に直に触れていないので、それが「渾身」か「命懸け」かどうかの判別はつかない。「渾身」というのはあくまで『「当事者」の時代』からの印象。なので以下の「批判」は誤っているかもしれない。なお、この「判別」もあくまで私自身の主観によるものだから、いずれにせよ正しいと主張するつもりはない。

「被害者であることによって、加害者である」という論理は、正鵠を射ているように思われる。そこには深い自省があるように思われる。だから、これを批判するのは辛いところがある。しかし、続ける。

戦場で心が壊れて―元海兵隊員の証言

元海兵隊員のアレン・ネルソンさん。ベトナム戦争のまさに当事者だ。この当事者の「告白」は〈加害者=被害者〉論を打ち砕くもの。ネルソンさんは、次のように記している。

4 回復に必要だったもの

    「どうして殺したのか」

 一対一のカウンセリングのとき、ダニエルズ先生がきまって最後に聞くことがありました。「あなたはなぜ人々を殺したのですか」という質問です。
 私は、あるときは「戦争だったから」と答えました。すると先生は「わかりました。じゃあまた来週」と言ってその日の治療を終えました。
 次の週、やはり一時間のカウンセリングの最後に、「なぜあなたは人々を殺したんですか」と聞かれました。私は、少し考えて、「上司の命令に従ったからです」と答えました。先生はまた、「わかりました。また来週」と言いました。
  (略)
 ところが、ダニエルズ先生の治療を受け始めておよそ九年がたったある日は、違っていたのです。私が診療室に入ると、先生は、いちばん最初に、「ネルソンさん、あなたはどうして人々を殺したのか言ってもらえますか」と聞いてきました。
  (略)
 私はまた言い逃れをしました。「命令に従ったからです・・・・・・」。するとダニエルズ先生は、ごく自然に合いの手を入れるような口調でたずねました。「ふむ、で、あなたはなぜ人を殺したのですか」。
 私はまた言いました。「先生、戦争だったんですよ。敵を殺さなきゃ、こっちがやられていたんです」。するとダニエルズ先生はまた聞きました。「うん、で、どうしてあなたは人を殺したのですか」。
  (略)
 もしそのとき、「君はウソをついている!」とか「本当のことを言え!」などと強く言われていたら、「抵抗」のしようもあったと思います。でも先生は、私が言うことに対し、本当に淡々と、「オーケー、で、あなたはどうして殺したのですか」と聞き続けるだけでしたから、私としても、その聞かれたないようについて向き合わざるを得ませんでした。
  (略)
 「もう『逃げ場』がないな」。そう感じたとき、私は言い訳をつくることをやめました。私はよくなりたいと思っていたし、ダニエルズ先生は必ず私を助けてくれるとわかっていました。だから、「いまここで、もっと自分の心の深くまで行かないと」と思ったのです。
 私は、自分がベトナムでしたことを認めるのを拒否している――自分の言葉が言い訳であると感じるに従って、私にはそんな自分が見えてきました。そして思ったのです。
 「だれも、本人がしたくないと思うことを、その人にさせることはできない。したくなければしなければいいのだから。私自身が、戦場で人を殺したいと思ったからこそ、軍は私にそうさせることができたんじゃないのか」。
 そこまで考えて気づいたことを、私は口にしました。
 「殺したかったからです」。
 ダニエルズ先生は、だまってうなずいていました。とても不思議な瞬間でした。私のなかで何かが動き出しました。
 そう、自分が殺したかったからそうしたのです。それは私自身の行為であり、だれに指図されたからでもありません。軍も上官も、攻撃命令を下すにしても、あの人を殺せ、この人を殺せと指定するわけではありません。それら一人ひとりを撃ったのは、たしかに私の意志であり、それは、私が殺したいと思わなければ起こりえないことでした。


ネルソンさんは、被害者だから加害者になったのではない。いや、「事実」の一面として「被害者→加害者」があったことは否めない。しかし、それは「真実」ではない。ネルソンさんは自らの意志で加害者になった。それまでネルソンさんが採用していた〈被害者=加害者〉論は、その真実を隠蔽するものでしかなかった。その真実をネルソンさんは、誇張ではなく、命懸けで発見した。そのことが「回復」へと繋がった。戦場で負った心の傷、PTSDからの回復である。


『「当事者」の時代』へ戻る。

私は前半で著者である佐々木俊尚氏が本書を「渾身」のものにした理由は、佐々木氏自身の当事者性にあるとした。その佐々木氏の当事者性の性質からすれば、

 われわれは望んで当事者にはなれない(p.455)
 他者に当事者であることを求めることはできない(p.458)

という結論に至るのは、当然の帰結のように思われる。しかし、ネルソンさんの「告白」を経た後では、その帰結は果して「事実」なのか「真実」なのか、という問いを投げかけてみなければならなくなる。すなわち、「真実」は、“なれない”のではなくて、“なりたくない”なのではないのか

もちろん仮に“なりたい”としても、当事者になれるはずもない。それは厳然とした「事実」であるし、また“なりたくない”としても、それを誰も批判することはできない。しかし、“なりたくない”という「真実」を“なれない”という「事実」をもって隠蔽するのは、批判に値しないだろうか。

正直なことを言って、私は東日本大震災の被災者にならなくてよかったと思っている。福島第一原発の被害者にならなくて良かったと思っている。ネルソンさんになりたいなどとは、まったく希望しない。そうした事実に接したとき、そうならずに済んだ自身に安堵している。この「安堵」がある限り当事者にはなれるはずもないが、でも、この「安堵」を手放すつもりもない。手放せと言われれば抵抗する。

さはさりながら、その「安堵」に後ろめたさ、疚しさを感じている自分がいる。当事者に何かをしたいという衝動は、この「疚しさ」から出てくる。これが「真実」であり、私自身の当事者性だ。

しかし、この私の「真実」と当事者性は、致し方なく当事者となってしまった人たちにとって、呪詛すべきことなのだろうか。

もしそれが当事者一般の「真実」であるとするなら、私は自身の「真実」を隠蔽するしか選択の道はない。呪詛からは生まれるのは憎悪だけだし、それがわかっているなら避けるのが賢明というものだろう。だが私は、当事者となった人々が、私の「真実」を呪詛でしか迎え入れることはないとは思わないし、思えない。もちろん、歓迎してもらえるわけはないが、赦してはもらえるだろうと期待している。佐々木俊尚氏にも、この期待は共有しているはずだと思う。

だとするならば、あそこまで自身の当事者性を見つめていながら、なぜもう一歩、自身の裡なる「真実」を見つめないのか、というのが私の「批判」である。なぜ「事実」へと逃避したのか。

【追記】

以上の「批判」には次ような批判が考えられよう。

一は、私にこのような批判を行なう資格があるのか、という批判。
二は、このような批判を行なう必要性があるのか、という批判。

一については、何も応えることはできない。ただ、この批判の刃は私自身にも向けられていると申し上げるしかないし、その言は信じてもらえるかどうか、である。

二についは、もはやこの時代、私たちが生き残っていくには「渾身」では足りず「命懸け」でなければならないのではないのか、と応えておく。もちろんこの認識は私の主観でしかないから、そこを批判されたとしても、私には為す術はない。

さらにひとつ付け加えるならば、私は本書が津村喬著の『われらの内なる差別』と同じ立ち位置のものになってしまわないかと懸念している。もっとも、小田実の著書と同じく、私はまだこの本を読んでいないから、根拠のない憶測でしかない。

コメント

やられてもやり返さない

  十代のころ、姉の嫁ぎ先へ喧嘩を売りに言ったことがあります。相手は姑。祭り、祝い事に金銭を姉の実家、つまり私の家に要求してきたからです。そのときの姑の一言今も覚えています。兄さんも同じ状況になったら(嫁を貰い似たような状況になった時)すればよい、と。そしてその時から、私自信に誓ったことそれは、自分でも納得の行かないことはしない。あえてする場合、自身に言い聞かせ、すること。つまり確信犯としてする。それ以後の58の歳になるまでそうしてきたと思います。要は本人の気持ち、何が大切で、何をなくすと自分がおかしくなるかを知っているか。では無いでしょうか。一度大切なものをなくしたらいいと思います。私の場合、女でした。(笑い)

 更に付け加えるとすれば、お互い様と言う言葉があるように、わかってする場合は、ばれた時、へっへっと言ってごまかし、逃げるのも庶民の知恵だと思います。その程度の内容のレベルとした場合ですけど。高度な場合、どうなんでしょうか?解りません。

 ちょっと、私の意見は今回のテーマにぞれているかも知れませんね???

自分の意志

・きよたろうさん、おはようございます。

コメント投稿を頂く際にテーマに外れているかどうかなど、気にしていてくださらなくても結構です。「思ったこと」を綴っていただければ。“そういえば、こんなことを思い出した”でもいいんです。

といって、きよたろうさんのコメントがテーマから外れているとは思いません。後半は〈被害者=加害者〉論の批判になっていますが、それはまさにきよたろうさんがコメントされたことです。〈被害者=加害者〉論には、自らの「意志」が入っていないんです。

“やられたからやりかえす”は、ある意味自分の「意志」が入っています。でもそれが“やられたからやりかえしてもいい”になると、もう入っていない。ここの「差」ですね。

高度な場合、どうなんでしょうか?

深刻な場合と理解して返答させてもらいますが、そういった場合には国家といった暴力装置が介入してこざるを得なくなるわけです。

戦争は異常事態ですが、普通に治安が保たれているときに、自分の意志があるからといって他人を傷つければ警察が出動してきます。笑って誤魔化すでは済まないからです。

けれど、日常の衝突をなるべく笑って誤魔化すのは知恵です。その範囲を出来るだけ大きくすることも含めて。そういった知恵が年々小さくなっていっているような気がします。

検察官無答責

被告の主張は検察官無答責
検察官犯罪は個人責任でないから税金で払って貰え
高橋真検事の答弁書 認否はしない
http://suihanmuzai.web.infoseek.co.jp/120410.jpg.html

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“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

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