愚慫空論

総懺悔2.0

わが日本のトップリーダー、親愛なる野田佳彦首相が先日、外国人記者たちを前に極めて日本的情緒なご意見を披露されたらしい。

Le Premier ministre japonais écarte toute responsabilité individuelle dans la catastrophe de Fukushima (RFI)

私は横文字はサッパリなので、コチラから翻訳文をお借りする。

野ぶ田

2012年3月3日、日本の野田佳彦首相は、外国人記者に語りかけた。
AFP / Kazuhiro Nogi

野田佳彦・日本首相は、福島原発の事故から約1年たった2012年3月3日土曜日、外国人記者のインタビューに応じた。同首相は、いかなる責任も個人にはないとし、あわせて、日本がエネルギー源の多様化を進める決意を示した。

「政府・電力業界・専門家は、原子力エネルギーの安全神話に染まっていた。」野田佳彦・日本首相はこのような言葉で、2011年3月11日に発生した大規模な災害に、日本が準備できていなかったことを認めた。

しかし、同首相は、津波のために福島原発で発生した事故で、いかなる刑事責任も個人にはないとした。

「日本の法律から見ると、第一の責任は運営会社」、つまり、事故を起こした原発を運営する東電にあると、野田佳彦氏は認めた。しかし、同氏はすぐに、「特定の個人を責めるよりも、一人一人が苦しみを分かち合い、そこから教訓を引き出したい」と付け加えた。

こうした発言があった数日前、独立の調査委員会は、東電社長が事故が困難を極めた場面で、発電所から撤退して国に委ねたいと望んでいたことを、明らかにしている。

ところで、日本首相はこのインタビューで、日本がエネルギー源の多様化を進める決意を示した。しかし、原子力の放棄については確約を避けた。



さすがは日本の首相だ。第一の敗戦時に、打ちひしがれた日本人が荒廃へと向かうのを押しとどめた「一億総懺悔」の心を、第二の敗戦ともいわれる「フクシマ」においても復活させようと呼びかけているわけだ。日本のトップリーダーたるもの、こうでなければいけない。

一億総懺悔は、アタマデッカチの知識人からは評判が悪い。一億総白痴化を招く契機になったというのである。しかし、その批判は的外れで、日本人が平和ボケの愚民に堕ちていったのは、アタマデッカチどもが推し進めた「悪平等」のためである。人間はかけがえのない存在として人権を有し、誰もが平等でなければならない。優れた者もそうでない者も、結果は平等でなければならない。そうした教育が日本をダメにしたのである。

一億総懺悔は米国GHQによる日本占領があってこそのものだ。賢明な日本人は、したたかにも安全保障をアメリカに委ねることで後背を堅め、前向きに総懺悔へと打って出た。その結果が奇跡と謳われた高度成長だ。日本に54基もの原発が立ち並び、世界の先陣を切って核燃料リサイクルに取り組むことができるのも、敗戦時の賢明な判断があったからこそである。

だが、残念なことに、日本は未曾有“想定外”の天災に見舞われてしまった。現下の事態は、第一の敗戦時と並ぶ日本の危機である。ここは再び、賢明な日本人の「心」を甦らせなければいけない。「総懺悔2.0」である。

幸いにも日本国政府は、アメリカ再占領の手はずを整えつつある。安全保障は日米安保から日米同盟へと進化した。経済面においてもTPPという名の占領を招来している。総懺悔2.0の条件は整いつつある。

遺憾なのは、賢明なる首相の賢明な主張を、マスメディアが一切報道しないことだ。今、日本人に必要なのはなによりも「絆」である。「絆」を再び総懺悔へと深化させ、現下の苦難を乗り切らなければならない。日本の未来へ向けた首相の言葉をマスメディアが伝えないのは、その役割を放棄することだと言わざるを得ない。

心ある日本人は野田首相の言葉に真摯に耳を傾け、新たな気持ちで日本の再出発に臨むべきであろう。


・・・書いていて、気分が悪くなった (-.-;)


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