愚慫空論

豆腐

今回は自慢話。

今日、豆腐を食べた。それも自家製の豆腐。原料の大豆から自家製。昨年、ウチの畑で収穫したもの。それを昨日から水につけてふやかしておいて、今朝から豆腐を作った。

大豆をミキサーにかけて粉砕し、それを鍋でいったん煮る。おからと豆乳に分離したあと、80℃まで熱して、ニガリを入れて固める。しばらくすると、いわゆるおぼろ豆腐が出来上がる。自家消費するわけだから、型で固める必要はなし。ザルにとって、ざる豆腐にする。

手前味噌ならぬ手前豆腐な話で恐縮だが、いままで食べたどんな豆腐よりも美味しかった。とくに出来立ては最高。病み付きになりそうである。

上手い豆腐は薬味も何にもいらない。醤油もいらない。塩をパラリので食べるのが上手い。
ウチは貧乏だが調味料の類だけは奢っている。そうしないと、せっかく手に入る美味いうえにタダの食材が台無しになってしまうからだ。


妻は今日の豆腐で畑を広げることを決意したようだ。もちろん、大豆を蒔くのである。幸い、まだ空き地はある。
大豆は作るのには世話はない。荒地のような畑で充分だし、肥料もいらない。ただ、虫食いがすごい。農薬をまかないから、1/3は虫にやられる。収穫したら、それを一個一個取り除かなければならない。それが面倒。

こうした作業は、昔はおばあちゃんが縁側でのんびりとしていたもんだけど。私の周りでは、まだそうした風景が辛うじて残っている。

コメント

なんと贅沢な!

いいですね~、自家製豆腐!しかもお塩だけで!すっごく美味そう!あぁなんか豆腐が食べたくなってきた。
しかしある意味贅沢ですよね~、そういう食生活。やっぱりこれからはスローフードだな。食についてもちょっとこだわり始めてみようかな。

えへへ、いいでしょ(^-^)v

うまいですよ~、“生命の味”ですよ。

でも、素楽さん、これ贅沢でもなんてもないんです。
自然の恵みを美味しく頂くのは、至極当たり前のこと。私たちだって自然の生き物ですから。

【贅沢】必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。

“生命の味”を買えば、贅沢でしょう。でも、私たちは買ったんじゃない。それに値するだけの労力をかけた。昨日の豆腐は自然の恵みと労力とが凝縮されただけのこと。ごく自然なことなんです。

これを贅沢と思うのは、「切り離された世界」に住んでいるからでしょう、きっと。

素敵ですね^^

はじめまして。
私の主人も畑をしてます。
さといもを作って持ち帰り私がそれを調理し・・

農薬なんてぜんぜん使わないでしてます。
きゅうりはまだ作ったことないのですが、形が少々
崩れてても、曲がっていても、それが愛らしく思えたり・・。( ̄m ̄*)

Re:素敵ですね^^

いちごさん、はじめまして。

ご主人も畑をされているんですか。いいですね。ほんのちょっとでも、マンションのベランダにおいたプランターの家庭菜園でも、自分が手を掛けて育てた作物を口に出来るというのは、いいものです。

曲がったきゅうりでもなんでも、関係ないですよね。

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“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

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