愚慫空論

信頼のトーラス型/ブラックホール型

今回は貨幣のことについて触れてみたいが、その前に。

トーラスというものを最初に引っ張り出してきた『祈りのゼロポイント』の記事――これは今上陛下の快癒を祈る人々に触発されて書いたもの――に、私は次のように追記をした。

この文章には根本的な誤りがあることに気がついた。ゼロポイントには実体がない。天皇が祭主であるということは、天皇はゼロポイントには位置しないということだ。ゼロポイントに限りなく近くに位置するとしても、ゼロポイントではない。

天皇の特殊な政治性は、ゼロポイントにもっとも近い存在でありながら、決してゼロポイントそのものではないことにあるような気がする。

ゼロポイントに位置するのは超越神。あるいは何も存在しない。すなわち「無」。そのいずれかだ。超越神であっても無であっても、ゼロポイントに固有の「名」を付けることは出来ない。名を付けた瞬間にゼロポイントから外れる。一神教が神の名を呼ぶこと、また偶像崇拝を禁止する理由は、ゼロポイントは名付けることが出来ないからであろう。


意識というものを持つ人間にとって「名を付ける」という行為は、「実体を与える」ということにほぼ等しい。「名付けられたもの」が物質的実体を持つ持たないは関係がない。私たち人間は、名付けられるとそれが「本質」であるかのように錯覚をしてしまう生き物だ、ということ。つまり「アタマデッカチ」なのである。

その「アタマデッカチ」をよく表すのが「ゼロ」という概念。「ゼロ」は“何もない”ということを意味するのに、「ゼロ」と名付けられた瞬間に“「ゼロ」というものがある”と人間は直観してしまう。これは、「ゼロ」を「A」という記号に置き換えると「A=非A」という大変に矛楯したことになってしまうが、これこそ人間というものであり、そこから「ブラックホール」が生じるのであろうし、この矛楯を乗り越えるのが「トーラス」ということになるのだと思う。

天皇の特殊な政治性というのも、おそらくはここに由来する。天皇は祭主である。その祭主が病に伏し、民が快癒の祈りを捧げる。この現象に私はトーラスを連想したというのが『祈りのゼロポイント』の趣旨なのだけれど、なぜそんな風に感じたのか、もう少し考えてみたら、次のようなことに思い当たった。比喩的な表現になるけれども、民は陛下の「背中」に祈りを捧げている、ということ。

祭主というものは、「ゼロポイント」に向かって祈る者である。祈るのは祭主だけでなく民も祈るから、祭主は祈る者の代表者だ。祭主が先頭に立って、ということは最も「ゼロポイント」に近い位置で祈る。そのとき、民は祭主の「背中」に向かって祈る格好になる。祭主の「背中」に向かって祈ることで、祭主の「祈り」を後押して「ゼロポイント」の「向こう側」――「ゼロポイント」の「こちら側(此岸)」が一点に収斂するブラックホールだとすると、「向こう側(彼岸)」は一点から拡散するワームホール――へ「祈り」を届けようという構えになる。その姿勢が「トーラス」を思い起こさせるのだ。



この「構え」――彼岸と向き合う――こそが本来的な政治の「構え」なのだろうと私は思っているのだけれども、今日、私たちにとって政治とは、あくまで此岸のものである。祭主が政治を司るとなると、それまで「向こう」を向いていたものが「こちら」へ向き直らなければならない。すると祭主の「背中」へ祈っていたはずが「正面」へ祈る形になってしまう。祭主は「ゼロポイント」を背に、民へと向き合うことになる。古代の神権政治といったような形は、代表者がわれわれの方へ「向き直る」ことから発生したのだろう。

だが、「向き直った」瞬間に彼岸への祈りは届かなくなり、「ブラックホール」と化してしまう。

この「トーラス→ブラックホール原理」(?)は、現在でも有効性を保っている。現代日本において、「ゼロポイント」として祭り上げられているのは天皇の他に「愛国心」というものがある。国民が愛国心に向き合うのはいい。国民の代表者が向き合うのもいい。しかし、代表が愛国心を背に国民と向き合ってしまうと、愛国心という「ゼロポイント」はブラックホールの中心と化して、国民を飲み込んでいくことになる。


前置きが長くなってしまった。やっと本題の貨幣に入る。

昨夜、NHKで貨幣のついての興味深い番組が放映されていた。

 ヒューマン なぜ人間になれたのか 第4集 そしてお金が生まれた
(3月1日(木)午前0時15分から再放送の予定あり)

この番組で特に印象に残ったのは、次の2つの指摘。

 ・貨幣は人間が信頼する生き物だからこそ発生した
 ・貨幣は「個人」を生んだ

人間にもっとも近しい存在であるチンパンジーだが、その彼らでさえ他人を信頼するということがなかなかできない。番組で紹介されていた実験は、チンパンジーにリンゴを与えて、さらにチンパンジーの好物であるブドウとの交換を促そうというものだった。人間ならば容易に交換に応じるだろう。だが、チンパンジーにはそれができない。リンゴを渡した瞬間に取り上げられると恐れを捨てきれないからだろうが、これでは交換が生じることはない。

人間経済は交換があることによって成立する。貨幣は人間経済という非平衡開放系のなかに出現する散逸構造だが、別の言い方をすれば「交換のゼロポイント」である。人間は環境から多様な資源を生み出すが、それらは貨幣という「ゼロポイント」に一旦収斂する。そのことで交換が高能率で行なわれるようになる。人間が高度な文明を発展させることができるようになったのは、「お金」が生まれたから――番組の主旨を一言でいえば、このようになろうか。

では、なぜ貨幣は「個人」を生んだのか。貨幣は「資源の交換」という経済においては「ゼロポイント」。人間が「個人」となったのは、貨幣という「ゼロポイント」を持つことで、資源の生産という「此岸」と消費という「彼岸」とを結びつけることができるようになったから――と、私は言ってみたい。

だが、人間が「個人」となることで弊害も生まれた。誰もがすぐに思いあたる「格差」という問題である。なぜ格差は生じるのか。



長い長い前置きをしたのは、実はここのところが言いたかったのだ。私たちは貨幣に対して、なんらかの感情を持つ。それは、大抵は「欲望」と呼ぶのが相応しいが、しばしばその「欲望」に嫌悪感を抱く。このジレンマは、「ゼロポイント」を背に民に対して向き直った祭主に感じるそれと同じなのではないか、ということだ。この祭主は、現代では象徴と位置づけられているが、象徴というならば現代のデータでしかない貨幣もまた象徴といえよう。私たちは、そうした貨幣の「正面」を見ているのか、あるいは「背中」を見ているのか?

貨幣に対する「欲望」は、明らかに「正面」を見ているときの感情である。では、「背中」を見ているときに生じる感情は、なんであろうか。その感情はどのように名付けられているのか。考えてみるのだが、私には名が思い当たらない。

だが、「背中」を見ているときの感情は間違いなく、ある。その感情があるからこそ、私たちは貨幣を、たとえば募金という形で見ず知らずの誰かに託すことができるし、託した後に悦びを感じる。このことは紛れもない事実である。にも関わらず、名が思い当たらない。「喜捨」が適当といえるのかもしれないが、これはどうにも「判断的」で蠱惑されないのである。

話を少し戻して、出直そう。

「資源の交換」経済における「ゼロポイント」として人類に文明をもたらした貨幣を「貨幣1.0」と呼ぶことにしてみる。貨幣1.0は、資源の生産と消費とを結びつけて、人間を「個人」にした。現代社会はその「個人」が、「個人」であるがゆえに、貨幣に欲望する社会であり、その欲望が合理的とされている社会。その果ての貨幣経済。「個人」となる以前の人間が資源に欲望したように、「個人」は貨幣に欲望する。その社会には格差が蔓延し、人間の活力を奪う社会になってしまっている。

人間社会は信頼によって活性化する社会である。貨幣は信頼の象徴であるということができるだろうが、しかし、その象徴が信頼の「ゼロポイント」に位置するわけではない。貨幣は、信頼の「ゼロポイント」に一番近い位置にあって、私たちの「正面」を向いている。その結果、貨幣という信頼が社会を駆巡る貨幣経済はブラックホール型になってしまっている。

貨幣よりも信頼の「ゼロポイント」の近くに位置することができるものは、おそらく存在しない。仮にそのようなものが出現しても、新たな貨幣として君臨するだけのことである。貨幣1.0がもし貨幣2.0へイノベートすることがあるとしたら、それは貨幣の「ゼロポイント」への距離の問題ではなく、貨幣の「向き」の問題になるのではないか。「個人」である私たちに「正面」を向ける貨幣ではなく、「背中」を向ける貨幣である。

そうした貨幣2.0が出現したとき、私たちは「個人」を超えたものになると予想するのは、さほど的外れなことではあるまい。貨幣1.0が資源の此岸と彼岸を結びつけて「個人」を生んだのなら、貨幣2.0は信頼の此岸と彼岸とを結びつけて、「なにものか」を生み出すことになるだろう。その「なにものか」は、「個人」よりもさらに自立した者であるはずだ。

生きる技法


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