愚慫空論

「立場主義」という日本文化が陥る罠(7)

日本は伝統的に「役」社会である。「役」は公的な領域に留まらず、私的な領域にまで深く浸透している。また日本は同時に「立場」社会でもあるが、伝統的にはそれは公的な領域に留まっていた。(6)の内容を要約すると、こんなところだろう。

現代日本社会が「立場主義」になっていったのは、「立場」が私的領域にまで及ぶようになったからというのがひとつ。これは言わば縦糸だが、横糸にあたる要素もある。それは「契約」である。

まず横糸の方から見てみる。

「契約」で検索してみると、まず出てくるのが「二人以上の当事者の意思表示の合致によって成立する法律行為」という定義。この定義は法律行為とあるように、主体をもった人間同士のものである。が、もっとも根源的な意味での契約は、人間と超越神との間で為される行為である。

人間同士の契約には、大きく分けてふたつの方がある。1.は全能神媒介型(左)。2.非全能神保証型(右)だ。


(A、B、甲、乙は、主体である「個」を表す。)

1.は、根源的な意味での「神との契約」が元になっている。AとBはそれぞれ神と契約し、神がそれぞれの契約を媒介することでAとBとの契約が成立する。

神は全能でありかつ不滅である。ゆえに、1.の契約は完全かつ不滅なものと考えられる。カトリック教会での結婚などはその典型例だろう。夫婦は互いに忠節の義務を負い、離婚は不可。神が媒介するからである。

近代は、〈社会〉から神が脱落した人間社会である。ゆえに近代社会における契約は、全能神が媒介するものではなくなる。契約は必ずしも忠節ではなくなり、解約も可能になる。ただし完全な契約を求める志向は変わらない。そこで、契約は考えられるあらゆるケースを事前に想定した煩雑なものとなる。欧米では契約を交わす際に取り交わす契約書が非常に分厚くなるというが、それは1.の全能神仲介型の名残りであると考えられる。

対して2.は、契約の当事者同士が、権威としての神の“前”で契約を交わすという形。契約があったことは神が保証するが、契約主体は直接神と契約を交わすわけではない。なので、契約は不完全なものとなる。ただ、主体同士で契約を“善きもの”する義務は負う。(1.では完全=善だが、2.では必ずしもそうではない。)

日本の契約の型はいうまでもなく、2.のほうである。そして、契約主体が互いに負う善きものへの義務のことを「誠意」と呼ぶ。日本でも〈社会〉に神が不在となって(表面的には)近代社会となった。そのため「誠意」は中身が空洞化した。字義の通りの誠意はなくても、見せかけの「誠意」があって契約が有効に機能しさえすればよいという性質のものとなる。


ここまでが横糸。以下は縦糸である。


伝統的な日本社会において、公私の境に位置したの「家」であった。公の「役」の体系であった「公儀」は「家」に課されたし、「立場」とは「家」にまつわる属性であって、「家」の成員はその「立場」を守る義務を負ったけれども、直接「個」人に課されたわけではなかった。「家」の成員が「家」の「立場」を危うくするような振る舞いを行なったとき、「家」はその成員を「勘当」することによって、「立場」を防衛することもできた。
 
「家」は現代社会で企業に相当するものである。しかし、「家」と企業とでは、その成員との関係は大きく異なる。企業と社員は契約によって結ばれている。企業も社員も共に主体である。しかし、「家」とその成員の関係は異なる。

「家」の成員、すなわち「個」は主体(principal)ではない。「個」は「家」に生まれてくる「家」の構成要素でしかない。養子という形で成員を外部から迎えることも多かったが、それもあくまで構成要素の“補強”であって、また、結婚は構成要素を“生産”するための作業だった。結婚は「家」を継続させるためのに欠かせない作業ではあったが、結婚によって「家」が成立するわけではなかった。

ただし、「立場」においては構成要素でしかない「個」も、「役」においてはあくまで主体であった。

もともとの「家」の成立要件は「姓」を名乗ることが許されることだった。姓は、古くは「氏」である。例えば蘇我「氏」、物部「氏」、中臣(藤原)「氏」、など。これらは古代の大和政権で、大王(天皇)とならんで朝廷を構成した豪族であった。また泰「氏」のような帰化人も独自の姓を持った。

大化の改新以降、天皇中心の中央集権国家となった日本では、姓は天皇から下賜されるものとなった。源「氏」、平「氏」がそれにあたる。さらに時代が進むと、「家」を区分する機能は「姓」から「苗字」へと移る。足利、新田、徳川、武田などは姓は「源」であるが、それぞれ独自の「家」だと考えられ、苗字を名乗ることでその区分が行なわれた。

この「姓-苗字」体制は江戸時代まで続いたが、大きな特徴は、実は日本には姓も苗字も持たない者が大半であったということだ。その体制が大きく変わるのは明治維新から。日本という国家に居住する日本人は、天皇の臣下としての日本国民であるとされ、天皇から姓が(形の上では)下賜された。このことで「家」は庶民一般にも普及することになった。

とはいっても「家」は一般化しただけであり、「立場」の主体としての「家」、「役」の主体としての個人という日本の社会構成が根本的に変化したわけではない。ただ、「家」の一般化は次の段階へ移行する環境を整えることにはなった。

以上の縦糸に横糸を交えて図示すると、下のようになる。


は私的領域における「役」の体系。は公的領域での「役」すなわち「立場」の体系であり、また契約の関係でもある。

「家」の構成要素である「個」は、他の「個」に対して「役」を果した。それは「家」の垣根を越えて行なわれたし、また「家」や「自然」に対しても「役」を果した。ここでいう「自然」には子供も含まれた。かつては子育てが(「立場」としての)親だけの「役」でなかったのは、このためである。

「役」の主体であるところの「個」における倫理は「無心」である。選択の自由に基づいた意識的な善意から組み立てる体系的「判断的」倫理ではなくて、“そこ”に生まれ“そこ”で暮らすことを諒解するというだけの、非体系的で「蠱惑的」な倫理であった。

このような日本社会の「立場(公)」と「役(私)」の二層構造は明治以降徐々に変化していったが、大きく変わったのはやはり戦後であろう。

 日本国憲法第24条1項
婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。


現代日本人の常識となっているこの規定は、伝統的な「家」と「個」の関係とは大きく異なった前提に立つものである。「家」は(両性の)「個」の契約に基づいて成立する。「個」は「家」の構成要素であることから、契約を介して「家」の構成する主体へと変貌した。

ここでの契約は、2.非全能神保証型からの近代版である。

「個」が契約主体となったことで、私的な「役」と公的な「立場」とが融合することになった。「個」の倫理である「無心」も、契約主体に課せられる義務であるところの「誠意」と融合した。ここでいう「誠意」はもちろん“見せかけ”。ここまでくれば「立場主義」の完成一歩手前である。


倫理はもとより「個」的なものである。日本人の倫理であるところの「無心」は「自然」を源泉とするもの。ところが戦後の日本社会では、「自然」は「家」のなかに「子供」という形で残るのみになった。その子供に対しても親は契約主体(選択主体)の「立場」によって振る舞い、子供にもそのように振る舞うように「教育」を施した。これはハラスメントである。

原発危機と「東大話法」ハラスメントによって魂の健全な発育が阻害された子供は、倫理的に振る舞うことができなくなる。倫理的であると偽装することが“良きこと”と自己欺瞞を施すようになる。その自己欺瞞を正当化するために、「個」と「個」の関係でしかないはずの「立場」を絶対化することになる。「東大話法」は正当化の手段である。

欺瞞的「立場主義」は、ここにおいて完成することになる。


【追記1】 「立場」という曖昧な言葉が完成した漱石の『明暗』は、近代的になりつつあった「家」の矛楯に引き裂かれた漱石自身の物語であると言われている。これはおそらく事実であろうが、だとすると、「家」の疑似近代化が「立場主義」をもたらしたとする仮説とよく符合すると言えるだろう。

【追記2】 上記1.の契約型は、「和魂洋才」にならっていうならば「洋魂」に当たるものだろう。これがもし日本にも浸透したならば、「立場」といった曖昧なものに支配される余地はなかったはずである。しかし、1.は超越的絶対信仰からの近代版であるから、もともと日本人には会得不能なものであった。今後も会得することは難しいと言わざるを得ないだろう。

といって、「家」の復権を図ることが可能であるとも思えない。主体の「家」から「個」への移行は不可逆だろう。となれば、「立場主義」からの脱却は、契約主体(選択主体)からの脱却という方向で進むのが妥当ということになる。

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