愚慫空論

秩序のピラミッド

田中龍作ジャーナル

上の画像は『田中龍作ジャーナル』から拝借。

 「大飯原発ストレステストは妥当」 傍聴者排除し推進派だけのイカサマ専門家会議

原子力安全保安院が大飯原発のストレステスが妥当であるとの判断を下すことは予想されていたことだ。それだけの科学的知識を持ち合わせているからではない。そういった【秩序】があるがあることを知っていたからだ。

経産省は警察官だらけだった。ロビーには制服が、会議の会場階には私服がべったりと貼りついた。エレベーターには制服と私服の両方がいる。ものものしい警備ぶりだ。警察に守られなければ開けない会議にどれだけの意味があるというのか。


社会に秩序は必要である。社会に必要ということは私たちひとりひとりに必要だということだ。だが警察に守られなければ維持できないような【秩序】を私たちは必要としているのか。警察は秩序を維持するための「装置」だが、ということは、秩序が維持されているところには出番がないということである。幸いなことに警察の具体的な出番はなかったようだ。それはそうだろう。詰めかけた市民は会議の傍聴を求めていたのであって、秩序を乱すためではない。むしろ〈秩序〉を求めて集まったのである。警察が必要以上に配備されたのは〈秩序〉を無視した【秩序】を強行しようとしたためであろう。

なお、大飯原発の地元である福井県は、保安院の「妥当」だとの判断を受け入れない模様。

 福井県、再稼働認めぬ姿勢 大飯3、4号耐性評価(福井新聞)

一方、原発設置反対小浜市民の会の中嶌哲演さんは「国民の信頼を失っている保安院が再稼働のゴーサインを出すという方向性自体が茶番劇だ。保安院にはゴーサインを出す資格も、能力も、権利もない。福島の事故の反省ができているのか」と痛烈に批判。「少なくとも4月に設置される原子力安全庁において、厳正な審査の下で熟議を重ねて結論を出すべきだ」と述べた。


この、保安院そのものが妥当ではないという主張こそ、妥当ではないのか。

    

国民は〈秩序〉と【秩序】の乖離に気がつき始めている。

 震災後の日本社会と若者(最終回) 小熊英二×古市憲寿(SYNODOS JOURNAL)

小熊 それでは最後に、震災で何が変わったのか、について語りましょう。私は一番変わったのは、秩序に対する信頼感だと思います。

最近、高橋源一郎さんと内田樹さんがある雑誌で対談をしていて、面白いなと思ったことがあります。彼らによると、戦後は「金がすべて」でやってきたという。自分たちは68年に、「平和国家なんて嘘だ、金がすべてなんていやだ」と反抗をした。でもその後、なんとなく成功したりお金が入ったりすると、「なんとなく居心地悪いけど金がすべてでもいいかな」という気分になったという。
そこで前提になっていたのは、「原発推進派は悪者だから事故は起こさない」と思っていたことだというんです。原発推進派を「政府」や「官僚」や「自民党」や「経済界」と入れ替えても同じだけれども、大丈夫だと思っていたと。ところが今回の震災で、意外と彼らが無能だということがわかってしまった。その信頼が崩れたというのは、もしかしたら大きな変化かもしれないと私は思いました。

古市 自民党支持者でない人も、自民党という悪者に任せておけば、なんとかなるだろうとみんな思っていたということですね。そのような一種の信頼が、60代のおじさんたちの間でも崩れはじめている、と。


【秩序】はいったい誰のためのものなのか。【秩序】を必要としている者は誰なのか。

社会は未だに「金がすべて」である。格差社会は常に批判されるが、格差が現われるのは「比較基準」があるからだ。カネはそうした基準のなかでもっとも強力なものだ。【秩序】を欲する者たちはカネを欲している。だが、それは〈秩序〉を必要としている私たちも同じだ。だから【秩序】を求める者たちは、カネを脅迫材料に使う。カネによる秩序を脅迫材料に、カネを奪おうと目論む。

 東電大幅値上げ 首相は原発再稼働に動け(産経新聞)

原発の再稼働で潤うのは〈秩序〉が必要な私たちではない。私たちは私たちに必要にない【秩序】維持のコストを押しつけられるだけ。

この構図は、なにも原発だけに限った話ではない。社会全体が【秩序】のために〈秩序〉が踏みにじられる構造になってしまっている。

 【消費税増税】野田首相「ネバー、ネバー、ネバー、ネバー・ギブアップ」ドジョウ

野田首相は4日午前の年頭記者会見で、第2次世界大戦でドイツとの攻防に勝利した英国のチャーチル首相の言葉を引き合いに、消費税率引き上げの実現にかける決意を強調した。

首相は、チャーチル首相が1941年に語った言葉にならい、「『ネバー、ネバー、ネバー、ネバー・ギブアップ』(決してあきらめない)。大義のあることをあきらめないでしっかりと伝えていけば、局面は変わると確信している」と強調した。

首相は消費税増税をめぐり、党内に反対派を抱え、野党の協力を得られるメドは立っていない。劣勢をはね返して勝利をつかんだチャーチル首相に重ね合わせて自らを鼓舞したようだ。



マスメディアの論調は、消費税増税の前提条件が議員定数削減・公務員給与削減ということになっているらしいが、これは問題の矮小化でしかない。【秩序】に寄生している連中の一部が、寄生できなくなるだけ。【秩序】は増大し、さらに〈秩序〉を侵害するようになるだけだ。

生態系ピラミッド

生態系の秩序はピラミッドである。私たち人類が造り上げている社会も、地球環境が織りなす生態系の一部でしかない。が、多くの者は社会しか見ていない。生態系の〈秩序〉からみれば、私たちの社会そのものが【秩序】である。私たちは【秩序】を〈秩序〉だと思い込んでしまっている。その思い込みから発生する負の連鎖が、私たちの社会に更なる【秩序】を生み出している。

社会が【秩序】となるのは【強欲】ゆえにである。社会のなかの【秩序】に違和感を多くの人たちが感じ始めた。が、それが良い傾向なのかどうかは、まだわからない。その解決法をより【強欲】になる方向で見つけようとするかもしれない。たとえ脱原発が成ったとしても、自然エネルギーにシフトしたとしても、社会のために自然が組み敷かれるようではダメだ。

生きる技法人類は自身を治めることはできない。自身を治めることができないのはなにもヒトだけではない。すべての生き物がそうである。他の生命とのバランスで治まっているに過ぎない。人類に必要なのは、自身では治められないという自覚であろう。その自覚を持つときが人類が自立するときである。

「助けてください」と言えたとき、人は自立している。この言葉は個人としての人間だけに当てあまるわけではなかろう。人類全体にも当てはまる。では、誰に助けてもらうのか。太陽であり、地球であり、他の諸々の生命であろう。



コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/605-77cf22b2

友よ

東京に戻ってきた。戻ってはきたが、実は長い旅立ちの準備のために一瞬もどってきたに過ぎない。 ブログは閉鎖しないが、もはや一年以上書くこともないだろうと思う。 東京も ...

 | HOME | 

 
プロフィール

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード