愚慫空論

【強欲】とは「強いられた欲望」のことである その4

『その1』
『その2』
『その3』

その4はこの図から始めることにする。

図1 

これはその3の図5に注釈を付け加えたものだ。

その3で私はこの右図を奇妙と言った。貨幣経済がはみ出すはずのない人間経済からも自然環境からもはみ出しているからだ。その秘密は貨幣経済のなかの「斜線」にある。貨幣経済は金融経済と実体経済と別れ、斜線はその区別を示す。そして、自然環境からはみ出すのは金融経済の部分。実体経済ははみ出すことはできない。

ではなぜ、金融経済ははみ出すことが出来るのか。その鍵が〈無〉から貨幣を創造する信用創造だ」。

自然環境はいうまでもなく〈有〉である。〈有〉だから有限。単純な道理だ。人間経済は、この〈有〉の人間社会における循環のこと。そこには〈生活世界〉と貨幣経済のなかの実体経済とが含まれる。これらは当然、自然環境の〈有限〉の枠は超えられない。

ところが〈無〉から創造された貨幣は、〈無〉であるがゆえに〈有限〉の枠をやすやすと超える。これもまた単純な道理である。そして、近代の貨幣経済の実態は〈無=金融経済〉と〈有=実体経済〉との「動的平衡」とでもいうべきものなのである。それが「自然の流れ」を無視して「人間の都合」だけで展開される。“経済は成長しなければならない”と日々権力者とその広報機関が唱える「お題目」は、「人間の都合」ならぬ「権力者の都合」という「本尊」があればこそ。

ここで少しわが愚樵空論の過去記事を紹介させていただく。近代貨幣経済における〈無〉と〈有〉の動的平衡を支えるものを、「労働者の〈道徳〉」として捉えて文章を書いたことがある。内容は「強いられた欲望」シリーズとほぼ被る。

 『実金と虚金』 
 『負債としての貨幣』
 『労働者の〈道徳〉』
 『〈道徳〉的な〈帝国〉』

もうひとつは『魔法少女まどか☆マギカ』シリーズ。このアニメのストーリーの中核であるインキュベーターと魔法少女たちの関係は、近代貨幣経済における動的平衡の在り方にそっくりなのである。

 『インキュベーター その1』
 『インキュベーター その2』
 『インキュベーター その3』
 『インキュベーター その4』

インキュベーターと魔法少女をつなぐのは【契約】である。この【契約】は企業家が金融資本と結ぶ契約と同構造。魔法少女/インキュベーターの関係における【希望と奇跡の契約】は、企業家/金融資本の関係における【イノベーションと信用創造の契約】だ。「希望」が「イノベーション」へ、「奇跡」が「詐欺」へ置き換えられているだけで、その【契約】の結果、「希望」は「強いられた希望」となり「イノベーションという名の欲望」もまた「強いられた欲望」となる。インキュベーターも金融資本家も、奇跡あるいは詐欺から「利息」を受け取ることで〈無〉と〈有〉との動的平衡を維持しているのである。

と、結論を先取りした形になったが、改めて図1へ戻ろう。ここに付け加えられているのが、その「利息」である。

金融経済を司る金融資本は、信用創造で無から貨幣を創造する。この創造はのべつまくなしに行なわれるわけではない。「契約」という機に際して行なわれる。実体経済を司る企業家(ここには国家ですらも入っている!)から「資金需要」があると、金融資本はその資金の返済と利息とを条件に〈無〉から貨幣を創造する。金融経済において〈無〉から始まった貨幣は、実体経済に移って〈有〉となり、再び金融経済に帰る。その際、〈有〉は利息によって大きくなっていなければならない(渦巻きのような赤矢印はそのことを表現している)。金融経済が膨らむ道理である。

金融資本との【契約】の結果、企業家は自発的だったはずのイノベーションを他律的に強いられることになる。借りた資金を返済する義務を負ったのである。その資金はたとえ〈無〉からのものであろうが、〈有〉へと変換して返済しなければならない。無/有ー変換は、当然のことながら〈有〉の領域である人間経済・自然環境のなかで行なわれる。結果、貨幣経済のなかの実体経済部分が拡張し、文明は発達する。その中で暮らす私たちは便利で豊かな暮らしを享受できるようになる。が、これは「強いられた欲望」の帰結なのである。確かに文明生活の利点は享受できた。とはいえ引き替えにしたものも大きかった。

自発からの他律を【システム】というが、ここに依存してしまうと「引き替えたもの」の姿が見えない。それこそが「内発性」である。

労働には《仕事(あるいは務め)》と【稼ぎ】の二種類がある。共同体を維持するための内発的労働と、自発からの他律によって強いられる労働と言ってもいい。【システム】の全域化で消滅しつつあるのは、内発的労働の方だ。アンバランスな経済発展が良きこととして受け入れられてきたのも、内発性が見失われてしまった所為でもある。内発性は「自然な流れ」であり、そこから生まれる《欲求》は充足すれば消滅する。が、他律となった【欲望】は充足することを知らない。その【欲望】を【システム】が合理化する基盤を提供するが、よくよく見てみればそのからくりは詐欺でしかない。

労働は内発的《仕事》であろうが他律的【稼ぎ】であろうが、いずれも〈有〉の領域内でのこと。そして労働者の〈道徳〉とは〈有〉と〈有〉とを交換することにある。実体経済の中を巡る貨幣(マネーサプライ)は〈有〉だ。少なくとも労働者はそう認識しているし、そうでなければ自身の労働の成果と貨幣とを交換するはずがない。

〈有〉の大元である自然循環は、大きな調和の中にある。人間経済が有/有-交換の枠内にあるのであれば、労働する者はその労働に応じて豊かになっていくのが道理のはず。ところが経済の実態は大きく異なる。有/有-交換をする者ほど貧しくなって行ってしまっている。この理由は単純で、労働者が有/有-交換だと思い込んでいる貨幣と労働との交換が、実は無/有ー変換だったということなのだ。労働者は〈無〉によって欲望を強いられて無/有ー変換を行い、〈有〉となった貨幣は金融経済へと回収されていく。たとえ自身が直接は【契約】してはいなくても、労働者は無/有ー変換の義務を負わされてしまっているのである。

その5へとつづく。

コメント

無と有の交換ですか。
面白いですね。

・和久希世さん

〈無〉と〈有〉。どうしてもこのような抽象的な説明になってしまいます。

たぶん、人間にはもともと〈無〉を〈有〉にしてしまう能力が備わっているのでしょうね。

そのことを識っていて社会の支配しようとしている者たち。
そのことを識らず、自発的に支配に隷従する人たち。自身の無/有-変換能力を利用されているのですね。

金融経済や信用創造が「無」だとすると

戦後長い間日本人が営々と真面目に働いて溜め込んだ膨大な債権、例えば100兆円以上のアメリカ国債は紙切れ(無)だと言う事になりますね。
今回のユーロ危機で、『Talk of 'nuclear default' sums up Left's anger at EU dictates』と題する記事ではポルトガルの野党社会党のサントス議員が『ドイツやフランスに対して、我々は原子力爆弾を持っている。 その爆弾とは支払いをしないという単純なことだ。』と語るが、この記事が正しいなら、そもそも債務(相手の債権)など『無』なのですよ。夢も希望も無い酷い話です。
しかしその反対に、日本国の大問題だと大騒ぎしている800兆円だか1000兆円だかの債務も、それなら本来これは『無』ですね。
日本国が破産して借金を踏み倒したら大変なことになると心配していたが、元々が『無』ならデフォルトして『無かったことにする』方が本来の正しい姿ということになり、何一つ問題は起こらないことになりますね。
国債を持っている大金持ちは困るが、もっていない我々貧乏人は何の心配も無く一安心です。

Re: 金融経済や信用創造が「無」だとすると

こういった応答の仕方は好きではないし、いままでやったこともないのだが、ここはコメント主の宗純さんのやり方に倣ってみるとしよう。

ダメですね。不真面目すぎます。私の記事を貶めようとして、かえって自分の無知をさらけ出している、ゴミのようなコメントです。

詐欺というものはそれが露呈しないうちは混乱を生まない。混乱が生じるのは事態が破綻して、詐欺が露呈してからのこと。

このコメントは、コメント主がこんなごくごく基本的な道理ですら知らないということを示している。こういった類のゴミは削除しても整理すべきなのでしょうが、後々の記念に残しておくことにしましょう。

有難う御座いました

愚樵さん、今回のコメントは幾ら鈍い私でも久しぶりに『相手に対する敵意』との、コメントの言葉の真意が良くわかる。
当方の『逝きし世の面影』に送られてくる不思議な理解に苦しむ愚樵さんのコメント群の真意を、今までは測りかねていたのですよ。
最初から『反米で歪んだ間違い。アホか』などと自分の感情を正直に書いてくるネットウョなどの投稿コメントなら癒しがたい怒りとか敵意が文面に滲み出しているので誰にでも、『悪意ある嫌がらせ』であることが判る。
今回のコメントは、『もう会話をしたくない』ということでしょうか。
まあ、『逝きし世の面影』への最後のコメント、
>『よく言うよなぁ (愚樵)
2011-12-17 18:45:14
は、誰が見ても会話を続けたい人のとる態度では無かった。
多くの読者諸氏は意味が判らず、唖然としている筈です。
普通なら、これで止めて置くのが常識だと思うのですが私としては、たとえ一割の可能性でも、否1%でも可能性を見つけて行動するのが私の主義なのです。
よく言うよなぁ (愚樵)>『もとより私と宗純さんとは意見が合わないことが多い。宗純さんもそれは承知のはず。にもかかわらず、TBを送ってくる。』
これ、本当ですね。
当方のブログの姿勢は『お前たちは間違っている』『今までが間違っていた』とのオルタナティブな記事なので他の一般的な普通多くの主張との違いが際立っている。
他には同じものが世間に少なすぎるのですよ。
当方のブックマークの筆頭は華氏451度だがこのブログは休止中で、実質的には愚樵空論。
今回の急激な展開には、ただおろおろするばかりです。
何しろ今まで私の考え方に、一番近いのは愚樵さんだと心底思っていた。
私が勝手に思うも思わないも無く、実質的に当方の主張と類似するブログが世間に無いのです。
『違っている』のは書いている本人が違うのだから当然であるが、私の方では一番近いと認識していた。
『もとより私と宗純さんは考えが合わない』なら、私と愚樵さんとは考え方が正反対ですよ。
愚樵さんとの近さですが、これはある意味当たり前で長い長い付き合いがある。
何しろ年齢的には逆かも知れないが愚樵さんはブログ界の先達で先輩格。今までも色々教えて頂いたと感謝もしている。
事実『逝きし世の面影』では、愚樵空論の後追い記事をこれまでも数々書いてきているのです。
長い間言葉のキャッチボールを続けていた歴史があるのですね。中には可也際どいものもあるが、あくまでも身内としての話。
愚樵さんの何かが変った。
おかしいと感じ出したのは南北さんへの態度。彼に致命的な弱点が存在するのは大昔からですね。
だから普通ならそっとしておくべきなのです。
愚樵さんが南北さんに対して行った意識的に『相手の致命的な弱点を暴きだす。』とは、普通は敵認定した相手に行う行為ですよ。
そして今回愚樵さんが私を敵認定した原因も、私が愚樵さんに対して意識的に『相手の致命的な弱点を明らかにした』と判断したからですね。
だから、今回ネットウョに対しても取らない非常識な大人気ない態度をとったのでしょう。
しかし、それは一方的な間違った判断です。
結果的に『致命的な弱点』が明らかになっただけで、私としては『事実ではない』『これが事実です』と客観的事実を指摘しただけです。
私は以前と同じですよ。何も態度を変えていない。
しかし敵認定しているらしい(嫌がっている)相手に対しては、TBするのは矢張り間違いで今後は中止します。
ブックマークも消しておいた方が良いでしょう。
愚樵さんの認識とは大違いで、普通の今までの長年の読者諸氏は、『愚樵空論』と『逝きし世の面影』が同じ政治姿勢のブログであり、書いていることも似ていると思っている。
これはある意味当然で昔は正しい判断であったのです。
ところが今は大きく見解が相違している。ことが此処まで進展したのでは無理でしょう。
ブログ開設以前からの長い付き合いで、色々とお世話になったのですが残念です。
愚樵さん。長い間、ほんとうに有難う御座いました。

こちらこそ、有難う御座いました

・宗純さん

愚樵さん、今回のコメントは幾ら鈍い私でも久しぶりに『相手に対する敵意』との、コメントの言葉の真意が良くわかる。

それはよかった、というのも変ですが。

今回のコメントは、『もう会話をしたくない』ということでしょうか。


ええ、もう「うんざり」ということです。

普通なら、これで止めて置くのが常識だと思うのですが私としては、たとえ一割の可能性でも、否1%でも可能性を見つけて行動するのが私の主義なのです。

ははは。これも「よく言うよ」です。先のコメントに書いたとおり、この「敵意」は宗純さんの模倣なんです。宗純さんがどういったつもりであったのかは知りませんが、私は宗純さんとのやりとりで確実に「敵意」を醸成してしまっていた。あのコメント返しでは誰が見てもそうなるのが順当だと思うでしょうけれどもね。「1%」に賭けていたのは私の方。そういった意識はずっと持っていた。

おかしいと感じ出したのは南北さんへの態度。

ここは何度も指摘されますが、ピンとこない。そもそも私は「やるときはやる」人間なのです。今回の宗純さんへの対応もそう。東西さんへの対応も同じ。昨夜、別の人にもそういうった対応を取った(まだ“完全に”ではありませんが)。さすがに一時に「やるときはやる」が重なると疲れますが、それでもやってしまいます。一度決めたら躊躇しません。そういった事例を、宗純さんは幾度となく目撃されているはずです。

私は他人に「レッテルを貼る」という行為が嫌いです。自発的に他人を見えにくくする行為だから。でも、相手がこちらの意図を理解するつもりがないと判断したら、そこにはレッテルを貼る。理解の意図がない相手と対話にエネルギーを費やすのは不毛ですからね。繋がっていたいという「気持ち」が切れたら、エネルギーも切れる。無理をしても良い結果にはまずなりません。

普通は敵認定した相手に行う行為ですよ。

そういうことです。でも宗純さん、今回もそうですが、「敵」というのは必ずしも見下す相手ではないのですよ。彼が何らかの問題を抱えていたのはそうなのかもしれませんが、といって、私にしてやれることなどなにもないのです。

思えばこの時分から、私は宗純さんへの「敵意」を醸成し始めたようです。


そして今回愚樵さんが私を敵認定した原因も、私が愚樵さんに対して意識的に『相手の致命的な弱点を明らかにした』と判断したからですね。

いいえ。違います。むしろその勘違いです。私は決意したと言っています。へこんだわけでも傷ついたわけでも全然ない。

何しろ今まで私の考え方に、一番近いのは愚樵さんだと心底思っていた。

私は以前と同じですよ。何も態度を変えていない。

思うに、行き違いが生じてきた原因はここです。確かに宗純さんは変っていない。態度も立ち位置もです。ですが、私は立ち位置は変化してきている。

愚樵さんの認識とは大違いで、普通の今までの長年の読者諸氏は、『愚樵空論』と『逝きし世の面影』が同じ政治姿勢のブログであり、書いていることも似ていると思っている。

その認識を否定はしませんが、そういったことはもはや私にとってはどうでもいいことなのです。以前も話をしたことがあると思いますが、私には「変る理由」がある。そしてそれは「書き続ける理由」と同じところにあるんです。他者の評価が気にならないわけではありませんが、それは二の次。何よりも自身の中の「理由」なのです。これだけは当初からずっと変らない。

これは憶測ですが、宗純さんは私に変ってほしくなかったのかもしれませんね。今回のコメントを読んで、そんなふうに思ってしまいました。もしそうであればそれは光栄なことです。が、しかし、私は残念ながらそこへは留まれない。これは自分自身でもどうしようもないことなのです。敢えて留まろうとすると歪みを生むだけ。今回の軋轢もその「歪み」の表れだったのかもしれません。私の変化が宗純さんにも波及して、その表れが攻撃的な形で出たということかもしれない。

いずれにせよ、もはやもとに戻れないことは確かです。いささか名残惜しい気はしますが、ここは「流れ」に従うべきでしょう。最後に丁寧なコメントを頂き、感謝します。おかげで複雑な思いを抱くことになりましたが(苦笑)、その複雑さこそが愛おしい。

私はこれからも自身が生み出す「流れ」に従っていくつもりです。宗純さんは変らないのかもしれませんが、それでも時代の「流れ」というものはある。互いの「流れ」がまたどこかで出会うようなこともあるかもしれません。そんな折りには、またどうかよろしくお願いします。

愚樵さん、お久しぶりです。

【強欲】とは「強いられた欲望」のことである シリーズ拝読しました。
偉そうな言い方で恐縮ですが、愚樵さんの貨幣経済に対する理解が随分整理されたことが伝わってきます。わかりやすい記事だと思います。
ところで単純にいえば社会の豊かさとは人々の活動成果(物質的、精神的を問わず)が社会に生かされることで実現します。
貨幣は人々の活動を社会により良く生かすための制御パラメータであるという価値観が普遍化すれば現行制度のままでもよりましな社会が実現できるのですが。

Re: 愚樵さん、お久しぶりです。

・早雲さん、ようこそ。

偉そうな言い方で恐縮ですが、

いえいえ。早雲さんの評価、素直に嬉しいです。やっとここまで来たという感じです。

貨幣は人々の活動を社会により良く生かすための制御パラメータであるという価値観が普遍化すれば現行制度のままでもよりましな社会が実現できるのですが。

仰るとおりだと思います。それには何より、知的エリート達にそうした価値観をもってもらわなければならないのですが。現行の貨幣制度は唯一ものではなく、あくまで可能性のひとつ。別の選択肢があり得、その選択で社会がどのように変るかを想像できる能力があれば、現在のような市場原理か停滞かといった二項図式から抜け出す道が見えている。そういった議論がほとんど見当たらないのが残念です。

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