愚慫空論

インキュベーター その4

インキュベーター・シリーズ最終回。しかし、まどか☆マギカ・シリーズはもう少し続く。

前回までファウストからジョン・ローへ飛んで、今回はエントロピーの話だ。

キュウベぇは、少女たちの魂はエントロピーの増大を食い止めのに必要だから、と言う。つまりキュウベぇの使命は、増大するエントロピーによって崩壊してゆくシステムの保持だ。もちろんこれはアニメの中の「設定」であり、それの意味はないと考えることもできる。いや、できるというより、そう考えるのが普通だろう。

しかし、これまでキュウベぇとインキュベーターの役どころは同じなのだと見てきた。ならば、今回もまた同じと見てみよう。インキュベーターの役割は、放っておくと何らなの法則に従って崩壊してしまう資本主義経済という【ザ・システム】を保持することだと考えてみるのである。

果たして、そのように考えることが可能か。

経済学の船出 ここで参照してみるのは、またしても安富教授だ。「貨幣は人間経済という非平衡開放系のなかに出現する散逸構造だ」という指摘である。

この構造は、次々と現れては消える人々の需要行動を要素として形成され、その中心に位置することで貨幣には大きな市場性が与えられ続ける。


散逸構造(さんいつこうぞう、dissipative structure)とは、平衡状態でない開放系構造。すなわちエネルギーが散逸していく流れの中に自己組織化によって生まれる、定常的な構造である。イリヤ・プリゴジンが提唱し、ノーベル賞を受賞した。定常開放系、非平衡開放系とも言う。

散逸構造は、岩石のようにそれ自体で安定した自らの構造を保っているような構造とは異なり、例えば潮が流れ込むことによって生じる内海の渦潮のように、一定の入力のあるときにだけその構造を維持し続けているようなものを指す。

味噌汁が冷えていくときや、太陽の表面で起こっているベナール対流の中に生成される自己組織化されたパターンを持ったベナール・セルの模様なども、散逸構造の一例である。またプラズマの中に自然に生まれる構造や、宇宙の大規模構造に見られる超空洞が連鎖したパンケーキ状の空洞のパターンも、散逸構造生成の結果である。

開放系であるため、エントロピーは一定範囲に保たれ、系の内部と外部の間でエネルギーのやり取りもある。生命現象は定常開放系としてシステムが理解可能であり、注目されている。また、社会学・経済学においても、新しいシステムとして研究されている。



非平衡開放系の具体例としては、地球を考えてもらえばいい。主に太陽からほぼ一定した熱輻射を受けて、同じだけの熱量を宇宙空間に放出している。高エネルギーの太陽と高エントロピーの宇宙空間の間にあって、エネルギーのやりとりをしている。やりとりをしているから「開放系」であり、保温性の高い大気圏を持っていてエントロピーの高い宇宙空間と平衡状態にもなっていない。

散逸構造についたは私も詳しくは知らないが、大雑把な理解でいうと、物質というものはミクロでは必ずしもエントロピー増大へ向かうものではなく、エントロピー減少へ向かおうとする動向もあるという「ゆらぎ」の状態にあるらしいのである。それが閉鎖系だと、低エントロピーへ向かおうとする「ゆらぎ」は打ち消し合い、エントロピーは全体として増大する方向へ向かう。

ところが、非平衡開放系だとエントロピー減少方向への「ゆらぎ」の方が大きくなってしまう場合がある。エントロピーが減少するとは秩序だってくるということだが、つまりはエネルギーが系全体に伝達していく際に、ランダムな形でいくよりも特定の経路を生成させた方が効率よくいく。そのため物質はエネルギーを散逸させるための構造を作り上げてしまう。この減少は「自己組織化」ともいって、生命現象の大元だと言われるものだ。

話を地球に戻すと、地球は太陽から受けた熱を効率よく系全体に伝達するために、貿易風や偏西風といった大気の大循環、あるいは海流という大循環を、つまりはエネルギー伝達構造を生じさせる。エネルギーを効率よく散逸させるための構造である。

経済活動における貨幣がそうした散逸構造であるということは、人間が必要とし生産する資源が貨幣によって効率よく分配されているという事実から類推できるだろう。

ということでエントロピーと貨幣とが結びつく。人間の生産活動がわけだが、これで十分ではない。資本主義経済は貨幣経済だが、特殊な貨幣経済だからだ。資本主義の特徴は拡大再生産だが、この性質は散逸構造というだけでは説明がつかない。そこには人為的なエントロピー増大の法則ともいうべきものが埋め込まれている。それが「金利」である。

前回でも触れたけれども、現行資本主義は管理通貨と信用創造によって支えられている。欲望に「合わせ鏡」が当てられる【システム】になっている。そしてそこに、さらに金利というものが「設定」として組み込まれている。


見にくい図になってしまった。これは青木秀和著『「お金」崩壊』の中の図に少し書き加えたもの。

人間の経済活動は非平衡開放系あるから、エントロピーは低い方から高い方へと流れつつ定常状態を保っている。貨幣もまた散逸構造なのだから、エントロピーの流れは資源の流れの中に留まらず貨幣の流れの中にも及んでいると考えて良いだろう。図の赤線の流れである。

化石燃料を含め、主として太陽から供給されるエネルギーは「自然資本」となり、人間の生産活動によって取り出され「社会経済」を循環する。その循環の効率性を高めるのが貨幣であり、現代社会は貨幣なしではまわらない。よってエネルギーの流れ(エントロピーの流れ)は「金融システム」の中にも及ぶことになる。この流れがすべて「自然資本」へ廃棄物という形で還っていくならば、貨幣循環も含めた経済活動は非平衡開放系といえる。

ところが資本主義経済はそうではない。青線になるのである。なぜか。

信用創造で無から造り出された貨幣が実体経済(図の「社会経済」)へ供給され(貸し付け)、資源と交換の後、金融システムへ還流(元利返済)されて再び無に帰すのなら、エントロピーの流れは赤線である。ところが資本主義には金利が「設定」されている。つまり還流は「元利返済」だけではない。還流>供給なのである。還流と供給の差額である「金利」は、「自然資本」へと還流されることなく、「金融システム」のなかに留まり循環する。この流れは閉鎖系である。

貨幣は非平衡開放系に出現する散逸構造である。ところが、資本主義はその一部が閉鎖系へと流れ込む仕組みになっている。この閉鎖系が増大すると散逸構造が消滅してしまう。その消滅現象が部分的に発生するのが信用収縮。全面的に起これば...、適切な術語が思い浮かばない。いずれにせよ、これが資本主義という【ザ・システム】の内実である。

このような性質を持つ【ザ・システム】を保持するにはどうしたらよいか。それは閉鎖系の増大以上にエントロピーの流れを大きくする他ない。拡大再生産であり経済成長である。資本主義の拡大再生産・経済成長は特徴ではあるけれども、むしろ宿命なのである。

経済関連のニュース等でよく「金融緩和」という言葉を見聞きする。正確には「量的金融緩和政策」だが、なぜこんなことが行なわれるのかは、一般には理解されているとは言い難いだろう。この原理は一般の金銭感覚からかけ離れている。

資本主義社会での金融の原理。それはお金は、需要に応じて供給されるということである。つまり「お金が欲しい」といえば、「はいはい」といってお金がもらえる。無制限ではないが、基本的にはそういうことである。そうしなければ、効率よくエネルギー分配の散逸構造をつくることができない。

ここで「お金が欲しい」というのは、市中銀行。お金を与えるのは発券銀行である中央銀行。で、市中銀行の役割は実体経済にお金を供給すること。だから、市中銀行は実体経済からの資金需要に応じて中央銀行に通貨を要求し、実体経済に供給する。規制緩和とは、中央銀行から市中銀行へ通貨を供給する「枠」を緩和するということだ。

ところが現在の日本はデフレである。デフレとは実体経済が縮小して銀行に対する資金需要が減少すること。銀行は過去の融資を当然回収するから、銀行が回収する通貨以上の資金需要がないと、実体経済を巡る通貨量は減少する。池田信夫ブログなどをみていると「自然利子率」なる術語がよく出てくるけれども、これは銀行からの資金供給に対する実体経済の資金需要の割合とでも理解すればよいだろう。供給より需要が下回れば利子率はマイナスになる。これは実体経済(社会経済)よりも金融システムのエントロピーが高くなってしまった状態だ。

実体経済/金融システム間のエントロピーの逆転は需給ギャップとして現れる。これを解消するのに一部の者たち(リフレ派と呼ばれる)は、実体経済へ貨幣を供給すれば解決するはずだと主張したが、これは結局上手く行かないことがわかった。それはそうだ。貨幣は散逸構造、つまりエントロピー増大を効率よく行なうための経路の役割を担うものであって、エントロピー増大の流れを大きくするエントロピーの落差を広げるものではない。エントロピーの落差を広げるもの、それは池田氏が主張するように、イノベーションである。そしてインキュベーターとはイノベーションを促す役割を担う者だ。

やっと、エントロピーとイノベーションが繋がった。

まとめると、その構造の中に一部閉鎖系を抱え込んでしまっている資本主義経済は、常にエントロピーの流れを増大させなければならない宿命を負っている。エントロピーを増大させるのがイノベーションであるが、それは結局、「自然資本」からの収奪を加速させることに他ならない。だから、池田氏のように、【ザ・システム】の保持を至上命題とする者にとっては飽くなき収奪を志向するようになる。原子力を不可欠だと考えるのも、その出発点からすれば当然の帰結であり、首尾一貫している。

しかし、それは『まどか☆マギカ』に登場する方のインキュベーターの論理と同じものだ。人間の「願い」に合理性を与えて食いものにする。彼ら自身に悪気があるわけではないだろうが、「願い」と自身の存在基盤を大切にしたい者からすれば、退治されなければならない対象だ。これも決して悪気の話ではない。

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