愚慫空論

ジョブズが愛される理由

いまさらながらだけれども、スティーブ・ジョブズが死んだ。いや、死んだと報じられた。一昨日のことだ。

その日、私はネット上をあちらこちらと彷徨いながら、次々と湧き上がってくるジョブズへの弔意の表明を、少し突き放して眺めていた。アップル社がコメントしたように、確かに世界はジョブズのおかげで良くなった。それを否定するつもりはない。でも、ジョブズはその対価を受け取ったではないか。私たちが暮らす社会は「等価交換」をルールとする社会である。ジョブズのもたらしたイノベーションを手にしたユーザーは、それに見合う対価を支払ったはずだ。それともユーザーたちは自らの支払った対価が過少だったと思っているのだろうか? そんなことはあるまい。身銭を切るのである。過大と評価するのが人情というものであろう。

(実は私は過大だと評価しているので、アップルの製品は購入していない。まあ、単にカネがないだけの話だが。)

にも関わらず、どうみてもスティーブ・ジョブズはユーザーから愛されている。なぜか。

その答えを一端を、今朝、またもやネット上で見つけた。最近愛読している「月明飛錫」の記事だ。

『ブルトンの贈り物―想像力を喚起して行動を促す言葉』

 
 春はまもなくやってきます。
  でも、私はそれを見ることができません。



ブルトンが盲人に贈ったというこの言葉は、この言葉を見る者たちにも贈り物をした。それは「春を見る」という悦びだ。目の前の盲人と違って、目が見える私は春を見ることが出来るという事実の再発見を贈った。その結果、盲人には寄付がたくさん集まった。

ジョブズが為した仕事も、ブルトンの言葉と同じ作用をユーザーにもたらしたのだろう。ジョブズのおかげでユーザーは新しい価値観を発見した。その対価は金銭では賄いきれない。賄いきれない分がジョブズへの愛となる。

つまり、アップルというブランドの製品を購入するということは、共感消費というわけだ。必ずしも合理性に基づいて消費をしたわけではない。

共感消費、いいではないか。

と、私は思わない。特に『魔法少女まどかマギカ』を観た後では。ここにだってメフィスト―フェレスはいる。

この続きはまたあとで。

コメント

一度お奨め

もし未だ見られていないのでしたら、一度ジョブズ氏のスタンフォード大学卒業式のスピーチを見られたらいいと思います。
印象深い言葉が沢山聞けますよ、私には。(笑)
若者の心を捉える言葉だと思います。

見てみました

・scottiさん、コメントありがとうございます。

ご紹介のスピーチ、内容を要約したページがありましたので、ざっと見てみました。

「think different」ジョブズ氏がその言葉通りに生きて結果を出した。私はそのことに絡んでいるわけではないのです。

私が問いたいのそこではないのです。ジョブズを愛する人たちは、ジョブズが「think different」に生きたことから愛したのか、それとも「think different」に生きて結果を出したから愛したのか、どちらだ? と問いたいわけなんですよね。

「think different」というのは、別の言い方をすれば「贈与せよ」でしょう。アップルユーザーはジョブズからの贈与を受け取った。それはいいんです。問題はそのあと。受け取った贈与をジョブズへの愛という形で返すのか? それはアップル社の製品を贔屓にするということなのか? それが「think different」なのか?

スティーブ・ジョブズが凄いということに誰も異論はない。では、凄くなければ贈与できないのか。凡人の贈与には価値がないのか。そう考えるなら、それは「think same」でしかありませんし、だからみんな同じようにジョブズを愛するのでしょうか。

再度お奨め

ユーチューブで実際の映像を見れますよ。
ジョブズを愛する人たちは、ジョブズが「think different」に生きたことから愛した、と私は感じます。もっと言えば、そう生き方が本当に出来ることを知った、でしょうか。
私もアップルの製品は買ったことはありません。(笑)

・scottiさん

youtubeは時間を見つけて観てみます。少し突っ込んでみたいなと思っている部分もありますし。

もっと言えば、そう生き方が本当に出来ることを知った、でしょうか。

う~ん。若者が希望に燃える若者がそのように受け取ることは否定しませんし、そう受け取るべきだと推奨もします。しかし、そんな生き方を本当にみんなができるのでしょうか?

当ブログでも論じたことですが、そういった生き方は所詮は強者のもので、弱者は真似をするとかえって痛い目を見る。そう、内田樹氏の「お説教」を巡る議論ですね。それと同じところへ落ち込んでしまうように思うのです。

そしてです。スティーブ・ジョブズとアップル社は、内田樹と比較にならないくらいの強者です。ということは、結局、そのメッセージは「強者になれ!」なんです。希望を持って受け止める方はそのように受け止めます。私は、それが「think differet」なのか、と問うています。結果として「think same」になってしまっているではないか、と。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://gushou.blog51.fc2.com/tb.php/527-f24da4ac

韓流の何が問題か?胡散臭い背景を考察する

『嫌韓嫌中は日本の極度な右傾化のあだ花』 世の中の全ての不思議な出来事ですが、どれ程不思議であっても必ず合理的な『なるほど』と誰もが納得する原因がある。 原因がなくて結果だけが有れば『奇跡』ですが、科学の世界やブッダが見つけた仏教の世界感では、奇跡は...

アメリカ建国の精神とスティーブ・ジョブズの死

『アメリカの 終わりが遂にきた』宮台真司 全米で広まる格差反対デモとアップル創業者スティーブ・ジョブズの死は、アメリカ自身の死をも予感させる。 人間の無限の欲望を抑制するのではなくて最大限賞賛して『夢は最後には実現する』とのアメリカンドリームの国、アメ...

 | HOME | 

 
プロフィール

愚慫

Author:愚慫
“愚樵”改め“愚慫”と名乗ることにしました。

「空論」は相変わらずです (^_^)

      

最近の記事+コメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
全ての記事を表示する

全ての記事を表示する

QRコード
QRコード