愚慫空論

勝利を目的としない闘争

どうも日本国という〈システム〉は崩壊への復帰限界点を越えたように思える。

岩下さんのところへ投稿したコメントをこちらにも掲載してみる。

『東京高裁に「も」失望した。もはや日本はド~なるんだろう』(岩下俊三のブログ)

「日本国」というシステムの劣化はもはや誰の目にも明らかですが、先日の東京地裁判決といい、此度の東京高裁判決といい、双方とも判決の名に値するとは思えず、システムの劣化はとうとう復帰限界点を超えてしまったかの印象をもってしまいます。

日本国憲法第76条第3項
【裁判官の独立】「全ての裁判官はその良心に従い独立してその職権を行いこの憲法及び法律のみ拘束される」

民主主義体制下の法治国家においては、ことの善悪を裁定するのは最終的には裁判官の役割とされています。その裁判官に対して憲法が「独立して良心に従え」とわざわざ命じているのは、とどのつまり、国家というものは国民の「信」によって成り立っているのだという真実が背景にあるから。それが欧米流の表現だと神と対峙したときの「良心」ということになる。「良心」こそが最後の砦、いえ、もう少し穿った言い方をすれば、良心的であるとの「信」が国家というシステムを維持するための最終ラインなのです。

その最終ラインが突破されてしまった。かなりの人間がそのように感じたはずです。そして不思議なことに、そのように感じてしまうと、かなり以前からその最終ラインはすでに突破されていたのだと気がついてしまうようになる。原発裁判の判決なども、今、我々が立っている地点から観れば、もうすでに最終ラインを突破している。

これは恐ろしいことです。その上、私たちの上には増税が襲いかかってくる。

ホントに、「もはや日本はド~なるんだろう」と嘆くしかない。しかし嘆いてばかりはいられない。私たちは明日を生きなければなりません。

もっとも懸命な選択肢は、日本を棄てることでしょう。どこかの国に移住し、そこで根を下ろす。ただし、この「どこか」はかなり難しい。腹立たしいのは、この選択を現実にチョイスできるだけの立場にある者は、この「どこか」をおそらくは知っていることです。だが大半の者は日本を棄てることなど思いも及びません。あの福島からでさえ避難できずにいるというのに。

では、どうすればいいのか。答えは簡単に見つかりそうにありません。


そう。難しいのだ。だが、何か方法はあるはず。そして、あるとすればそれはガンディーの方法だろうと私は思っている。非暴力・不服従だ。

そんなことを考えていたら、すぐにガンディーの方法に沿うと思われる提案を発見した。

『自主避難者は、自分で裁判を起こしてはどうか?勝つ気がなければ、割と簡単!』
  (マイケル・ジャクソンの思想(と私が解釈するもの)著者:安冨歩

さて、このまま放置すると、自主避難者が賠償を受けられる可能性は極めて低い。一旦、この委員会が、自主避難の賠償の「基準」を示せば、政府も東電もそれを盾にして、最小限のケースを認めることでお茶を濁そうとするだろう。そのあとで裁判を起こしても、日本の司法は行政べったりなので、救済される可能性は無に等しい。高額の弁護士費用を払ったところで、何十年も争って、ようやくわずかな救済が得られる、という広島、長崎、水俣などのパターンが関の山であろう。

そうすると、事態を変えるには、今、行動を起こすしか無い。ではどうするのか。私の考えでは、

今すぐ、裁判を起こす

である。裁判なんかで救済されない、と言っておきながら、一体、何を言っているのか、と思われるかもしれないが、この裁判の名目は救済であるが、狙いは救済ではない。何を狙うのかというと、

無数の裁判を起こして東電と政府に圧力を掛ける

ことである。


勝つ気がなければ、裁判を起こすのは簡単である。

こんなことをして、お金をもらえるかというと、多分、無理である。何をやりたいのかというと、損害賠償請求を、多くの自主避難者が起こすことで、東京電力や政府が悲鳴をあげるようにしたいのである。5人や10人なら、屁の河童であろう。しかし、500人とか1000人が、訴訟したら困るであろう。5000人とか10000人とかが訴訟したら、悲鳴をあげるであろう。


安富教授のことだ。ガンディーのことが念頭にないはずがない。そしてガンディーの方法に沿うならば、勝利を目的としないこの〈闘争〉の目的は、単に東電や政府といった既得権益への嫌がらせではない。それは新たな〈信〉を求めることを目的としなければならない。

以前、毒多さんのところでハンストの是非について対話したことがあった。それは山口県上関町への原発建設反対を主張するため、若者たちが山口県庁前でハンストを決行したという事件を受けて記されたもの。若者たちの主張は是とするが、ハンストという手段には違和感を感じるという内容だった。

『「ハンガーストライキ」…やっぱ、何かが違うよね』(dr.stoneflyの戯れ言)

これも、その時に投稿した私のコメントを掲載してみる。

ガンジーのケースを考えてみたいんです。

ハンストが示威行動だというのはそのとおりでしょうけど、私が思うに、ガンジーの場合は、示威した相手が他のケースと異なるんですよ。ガンジーが示威したのは、当時インドを支配していたイギリスではないんですよ。イギリスに支配されていたインド人民だったんですね。敵ではなく味方に示威した。

それに対して他のケース、寂聴にせよ、上関の若者にせよ、煙突男にせよ、示威の相手は敵です。ここのところが大きく違う。

ガンジーのハンストが味方に大きな共感を呼んだ理由はごく簡単なことだと思います。それは、餓えている人が当時のインドには多かった(今も多いかもしれません)。ガンジーは餓えずに済ますことが出来た人なのに、ハンストをすることで餓えている人たちと同じ苦しみを共有しようとした。だから支持され、民族自決への道を切り拓くことになったんです。

そう観ると、その他のハンストがあまり共感を得ない理由も見えてきませんか? 誰だって餓えたくはないんです。餓えたくはないのに、ハンストによって示威されると強制的に飢餓感を共有させられるような気がする。だから目を背けたくなる。しかし、否応なく餓えている人は強制を感じないでしょう。それ以前に実際に餓えているのですから。

つまりです。ガンジーは戦略的にも戦術的にも適ったハンストを行った。が、他のケースは示威する相手も方法も誤っている。人権など省みない者達を相手に人権を建てに取り、餓えたくもない人間に餓えを感じさせる。甘えだとか、そういった次元の話ではないんですね。ガンジーのハンストの成功を、上っ面だけ真似ただけのことなんです。

翻って、もし勝利を目的としない原発事故自主避難裁判闘争が行われなら、その真の相手は、東電でも政府でも裁判所でもなく、国民でなければならない。勝利を目的としないということは、もはや国家に〈信〉を置いてはいないということだ。皮肉なことだが、裁判に訴えるのは、国家に〈信〉がないことを訴え、そのことによって新たな〈信〉を創造する機縁とするためだ。

放射能の恐怖は実感しづらい。ゆえに、国民全体の〈信〉にまではなかなか及ばないだろう。だが、その恐怖に強制ではなく共感する者も大勢いる。想像力豊かな人たちだ。新たな〈信〉が創造は、そうした想像力に富んだ人たちの間から始まるのは、歴史の鉄則といっていいだろう。

このような手段を採らなければならないことは、誠に残念なことである。だが、国家という〈システム〉が崩壊への復帰限界点を超えたと認識するならば、これは正当でしかも人道的な方法だ。非暴力・不服従の方法が上手くいかなければ、あとは内戦への道を行くだけになってしまいかねない。

最後にひとつ付記しておく。あくまで陰謀論的な妄想だが、日本国という〈システム〉の崩壊を願う人々がこの世界には存在すると考えられなくはないのである。争いが起きれば起きたで武器の需要が見込める。〈システム〉を再構成するならするで、そのためのリソースの需要が見込める。そういった需要は世界の支配者にとっては非常にありがたい需要なのである。

コメント

自主避難者もいろいろ

おはようございます。

「裁判を起こす」はとても面白いアイデアだと思いました。しかし残念なことに今の日本には「ガンジー」がいない。安富さんもアイデアは出せても「ガンジー」にはなれそうにない。
また自主避難者の中には避難しなければならないと(信じる)ではなく【信じる】人が少なからずいることも「裁判を起こす」ことに批判的な人を多く生み出すことになるのではという懸念もあるのです。

冷静にノーテンキ

・nobuさん、コメントありがとうございます。

nobuさんの現実把握と懸念は私も共有します。

問題はその先です。そのように現実を把握するから悲嘆にくれるしかないのか? だからこそ、ガンディーが必要だとするのか?

確かに、今の日本にガンディーはいません。私はもちろんのこと、安富教授だってガンディーにはなれない。そこは冷静に現実を把握すべきですね。でも「だから、ガンディーが要るのだ」と発言することはできます。

「ガンディーが要るのだ」と発言することは、既にして小さなガンディーなのですよ。 ノーテンキに聞えるでしょうけれども、そのくらいでいいと私は思っています。冷静に、どこまでならノーテンキになれるのかを考えてみる必要があると思っているのです。

その積み重ねがやがてホンモノのガンディーを生むかもしれない。もしくは小さなガンディーだけでなんとかなるかもしれない。宝くじを買うがごとくにノーテンキですね(笑)

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