愚慫空論

有効な戦術は村八分

宮台真司。


脱原発デモでなされた演説のようだが、説得力がある。
力まず、ごくあたりまえのことのように脱原発を語る。

宮台氏が提示する戦術は、原発推進議員落選運動。原発製造メーカー製品の不買運動。
要するに「村八分にせよ」と言っているわけだ。
ただし「正しい」情報に基づいて。自ら判断を下して。
そうすれば自ずと脱原発へ進んでいく、と。

宮台氏の演説の様子からは、「正しい判断から導かれる脱原発」への確信が窺い知れる。
そのことが説得力に繋がっている。
政治家に転身してくれればいいのに、と思ったりもする。


一般に、村八分はよいイメージは、ない。
その理由はおそらく、村八分には感情的だと思われているからだろう。
共同体内部の特定の人物とのコミュニケーションを排除する。
村八分へ至る原因が排除される側にあったとしても、人間そのものを排除するのは理に反している。
なぜ理に反するかというと、村八分が行なわれるような社会では、人は共同体から排除されてしまうと生活していくことが困難になると考えられているからだ。

それはどうも史実とは反するようだ。
しかし現在、村八分がそのように捉えられているのは事実だろう。

特定企業製品の不買運動は現代の村八分である。
企業への村八分と人間へのそれとを同一視してはいけないという主張もあるだろう。
だが、不買運動で企業が利潤をあげられなくなってしまうとどうなるか、考えてみるといい。
立場の弱い者から人員整理が始まることになる。

現代日本の社会構造で、企業から雇用を奪われることは直ちに生活困難へと結びついてしまう。
立場の弱い者ほどそういった状況にある。格差社会である。
特的企業への村八分は、不特定の弱者への村八分になってしまう。

だが、それでも、村八分は実行に移されなければならないと私は思う。
村八分すべき対象を的確に排除できるよう、村八分の方法を改善していかなければならないと思う。

というのも、フクシマ後の私たちは、別の不買運動も実施しなければならないからだ。
放射性物質の汚染された農産品は、たとえ生産者の生活がかかっていようと、また人生がかかっていようと、排除しなければならない。

村八分は善くない。
なぜなら、それは同調圧力に流され排除してはいけないものまで排除してしまうから。
冤罪で罰してしまうようなものであるから。

だが残念なことだが、村八分は善くないから実施すべきではないと言っていられる状況ではなくなってしまった。
それがたとえ風評であったしても、放射能汚染地域でとれた農作物は排除しなければならない。
たとえ優秀な製品を開発するメーカーであっても、原発関連企業であるならばその製品は購入してはならない。
他にどれだけ優れた政策を掲げた議員であっても、原発を推進する限りは落選に追い込まなければならない。
そうしなれば、私たち自身の生活が脅かされてしまう。
村八分は、自身の生活への脅威を排除することを目的とする集団自衛権の行使なのである。

村八分をしなければならない私たちに必要なのは、正しい情報である。
誤った情報は冤罪を生む。
ゆえに、村八分社会においては、誤った情報を発信すること自体が犯罪行為となる。
犯罪を犯す者は村八分ではなく、正統な権力によって処罰されなければならない。

コメント

顔つきも穏やかです

宮台氏は、以前はテレビの討論会などでは、独特の言説に、
思いつめたような面持ちで固執していたので、ちょっと怖かったのですが、
この頃は人の気持ちに寄り添うようになっていますね。

自分の立場をはっきり示す勇気があり、またみんなが何をしたらいいか
明瞭に伝えてくれているので、とても頼りになります。

すっかり見直してしまいました! 
(もともと自立した人だったのですね)

・amerieさん、おはようございます。

私も以前は宮台氏が好きではありませんが。ビデオニュースドットコムで見ていましたが、言説そのものは面白いのですが、どうも気に障わるものがあって、途中で一時視聴を止めたくらいです。震災以降視聴を再開しましたが、少し感じが変わった気はしますね。

そう感じて以来、それはごく最近のことですが、著作を集中的に読み始めています。でもやっぱり過去の著作は、面白いけど気にくわない(苦笑) どうしてもエリート主義で。もちろん“真の”エリート主義ではあるんですが。

とはいえ、この先どのように変貌していくか、大変楽しみな人です。

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