愚慫空論

放射能の臨在感

放射能には臨在感がある。

このフレーズがまず頭に浮かんだ。
で、「臨在感」という言葉がどのように定義されているのか調べてみようと思って検索をしてみたら、たくさん出てきたのが山本七平の『空気の研究』だった。

なるほど。
「空気」と放射能。

「空気」は実在しない。一方、放射線は実在する。
だから放射能に臨在感を感じるのは誤りかというと、そうでもない。
「空気」にも放射能にも共通の特徴がある。それは実在感がない、ということだ。
「空気」は実在しないのだから、実在感がないのは当たり前。
一方、放射能は実在するが、人間が持ち合わせている感覚に引っかかることはない。だから実在感が生じない。

臨在感というのは、実在感がないにも関わらず「何か」を感じてしまうこと。
科学的視点からすれば、重要なのは「何か」が実在するかどうかである。が、その視点からは臨在感は説明出来ない。こぼれ落ちる。

私たちは現在、多かれ少なかれ、放射線に怯えながら暮らしている。
圧倒的な放射能の臨在感に包まれているから。
この臨在感をもたらしたのは、いうまでもなく福島第一原発の事故である。

フクシマ以前は、放射能は特定の場所に偏在するものだった。そこに近寄りさえしなければ、それでよかった。
が、フクシマ以後、状況は一変した。放射性物質はバラ撒かれ、どこに実在してもおかしくない。実在を問題にする科学がその事実を次々に明らかにしていて、事実が明らかになる度に放射能の臨在感は増していく。

「科学的な議論」は、低線量の被曝が人体に影響があるか否か、激論を交わしている。
「科学的な議論」とは真に科学的な議論から科学を装った議論までを含むが、それが激論になるのは低線量被曝の科学的見解が一致していないからである。

「科学的議論」を行なう者は、科学的な見解が統一されれば放射能へ恐怖はなくなるだろうと考えている。
低線量被曝が人体に悪しき影響を及ぼすものであえ、良き効果をもたらすものであれ、事実が確定しさえすれば対処法も確立するから恐怖する必要はなくなる。
だが、本当にそうか。私には疑問だ。
私たちが恐怖しているのは、放射線の実在ではなく、放射能への「臨在」だからだ。
古来よりわれわれ人類は、「臨在」を畏れ敬ってきたのである。


毎日新聞のコラム欄「時代の風」に、坂村東大教授が『科学と「新時代の信仰」』と題して投稿している。
ここで為されている議論は「科学的議論」としか言いようがないものだが、「新時代の信仰」として取り上げられ疑問視されているのが、私も実践している「米のとぎ汁乳酸菌」。
坂村教授は、なぜそんなものを信じるかが理解出来ないという。

なぜ放射線ホルミシスは信じないで「米のとぎ汁乳酸菌」を信じるのか。

確かにこれは疑問であり、考えてみる余地がある。

放射線ホルミンスク効果は、科学的見解は分かれていて少なくともまだ結論は出ていない。そうした状況で、効果を断言するのはニセ科学と言ってよいだろう。
また、乳酸菌のような微生物に放射能を除去する効果があるとするのも、ニセ科学。
双方ニセ科学なのに、一方は信じられ一方は信じられない。この差異は何なのか。

この両者の差異は、実在感と臨在感の差異だということができる。
私たちがこれまで信仰してきたのは「臨在」である。しかし、フクシマ以後、私たちは「臨在」を怖れても、敬うことは出来なくなってしまった。そのかわり信仰の対象として台頭してきたのが「実在」ではないのだろうか。
つまり。信仰を支える感覚的基盤が、臨在感から実在感へと移行しつつある。
それが「新時代の信仰」なのではないのだろうか。

科学的立場すれば、いずれにせよ信仰は害毒であろう。
ものごとの客観的理解を妨げる。
だが、私はそうした立場には立たない。「生きる」ために信仰は欠かせないという立場である。
そして信仰の基盤が臨在感から実在感へと移行するのは、善きことであるように思う。

これはいまだ直観的な予想に過ぎないが、臨在感から実在感への以降は、〈システム〉から〈クラウド〉への移行を促すように思えるからだ。

コメント

放射線ホルミシスに関する科学的議論

「米のとぎ汁乳酸菌」は問題外です。 ちなみに、放射線ホルミシス学説に対しては3つの立場(仮説)があります。

第1仮説 : 放射線はすべて、どんな低い線量でも生物に対して障害作用をもつ
第2仮説 : 閾値(しきいち)とされる微弱の放射線以下の放射能は、逆に良い生理作用がある
第3仮説 : 閾値とされる微弱の放射線以下では、生物に対して事実上無害と考えられる

私は、第3仮説を支持しているのですが、それには幾つかの確かな理由があります。

理由1. 人間(生物全般)は、生まれつき遺伝子損傷修復機構を備えている。
理由2. チェルノブイリ原発近郊の生態系に関する詳しい疫学調査では、顕著な遺伝的異常は見つかっていない。
理由3. 第1仮説、第3仮説とも完全には立証されていないが、双方が個別事象に関して成立している可能性はある。
理由4. フリーラジカルの研究から、活性酸素を不均化する酵素群(SOD)の活性化によって余分な活性酸素が消去されることが知られており(それは「老化抑制」に寄与する)、微弱な放射能との共通点が推測される。 さらに、リンパ球(T細胞)の活性化(それは生体の免疫力を高めて「がん抑制」に寄与する)に関しても、微弱な放射能との共通点が推測される。

ここで問題なのは、放射能の閾値が自然放射線(日本では年間1ミリシーベルト程度)よりも多いのか少ないのかという点です。 第1仮説は閾値を認めていないのですが、胎児に関してだけは第1仮説が成り立つ可能性があります。 その理由は、遺伝子損傷修復機構が未熟だからです。 逆に、大人に関しては事実上、年間2~3ミリシーベルトは無害と考えられます。(その証拠として、世界には自然放射線が数シーベルト以上の地域が存在するが、癌や白血病の発生率が際立って高いという統計上の差異は確認されていない。)

訂正

”世界には自然放射線が数シーベルト以上の地域が存在する”は誤りで、正しくは”世界には自然放射線が数ミリシーベルト以上の地域が存在する”です。

一般的に、たとえ放射能に閾値(しきいち)が存在したとしても、放射能が身体に良いということはありえません。

私も第3仮説支持です

・もえおじさん

「事実上無害」ですね。

ただこれは外部被曝に関してのものですよね。内部被曝も同様に考えるわけにはいかないと思います。

内部被曝を勘案に入れると、たとえ2,3ミリシーベルトの自然放射線被曝が問題ないとしても、たとえば通常1ミリの地域で3ミリが観測されるということは問題ですよね。それはつまり、2ミリ分は生態内部に取り込まれて内部被曝へと移行する可能性があるということですから。

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