愚慫空論

権力者はダブルスタンダードがデフォルト

権力者とは、理念を唱えつつも、自らをその埒外に置く者。
理念によってもたらされる利益のみを得、コストを負わない者と言い換えてもよい。
つまり。〈闘争〉が基盤の民主主義においては、理念とは〈闘争〉のための武器なのである。

権力を掌握しようとする者は、理念という武器を手に透明な〈闘争〉する。
そして透明な〈闘争〉に勝利して権力者になると、次は不透明な〈闘争〉を行なって自らを理念の埒外へ置いてしまう。
権力者が〈闘争〉に勝利するのは容易である。権力者なのだから。
その容易さが、権力者を不透明な〈闘争〉へと誘惑する。
その誘惑に勝てる権力者は、ほとんどいない。
ゆえに、“絶対的な権力は絶対的に腐敗する”ことになる。

これは明らかにダブルスタンダード。だが、それこそが権力者の標準的な姿だ。歴史的事実である。

ここでいう権力者とは、社会の中枢を占めるエリートのみを指すわけではない。
〈闘争〉が基盤の民主主義においては、主権者も権力者として振る舞う。
それは多くの場合、多数による少数の圧迫という形となって現れる。

たとえば原発。
“電気は文明生活に不可欠であり、原発は電気を生むのに不可欠”という「理念」のもと、原子力発電所が建設される。
権力者である主権者は、電気によってもたらされる利益は享受するが原発によって生じるリスクは拒否する。
その結果、東京の電力供給のために、福島・新潟に原発が建設されることになる。

福島・新潟にも“地域の発展”という「理念」の元、利益は与えられる。
だが、その理念の唱える権力者は、地域の住人ではない。
もっとも大きな利益を得る者も、地域の住民ではない。

一般の電力需用者は“電力の安定供給”という「理念」にコストを支払う。
この場合の権力者は電力会社だ。「理念」は実現されるが内実は「不透明」。
「不透明」であることが許される権力者が、最大の利益を得る者になる。

他には、沖縄。
“国土防衛”“日米同盟”という「理念」のもち、少数者である沖縄に負担が押しつけられる構図。
これなど、一般国民に利益があるかどうかすら定かでないが、負担を強いられている人々は確実に存在する。
そして「不透明」なところに、最大の利益を得ている者が必ずいる。
「不透明」ゆえに定かではないが、いないはずがないということは、誰もが薄々は知っているはず。

もうひとつだけあげるとすれば、年金だろう。
これは“老後の生活の保障”という「理念」を実現すべく設計された制度だが、その制度の下で「勝ち逃げ世代」と言われる多数の利益享受者と負担のみ強いられる世代とで区分されてしまっている。
そして、その制度の上に「理念」を実現する公務員が最大の利益者として君臨している構図。

これらはみな、民主主義によって出現した現実である。


話を一般にいう権力者たちの世界へ戻そう。

新たに民主党代表に選出され、総理大臣に就任した野田氏は2つの「理念」を提示した。
それは、代表選終了後の「ノーサイド」と、総理就任会見での「泥臭く」である。

権力者の権力行使の在り方は、表向きの理念ではわからない。「不透明」なところを見なければならない。

「ノーサイド」という言葉が通用するのは、透明な〈闘争〉を行なっていた場合だ。
多数決という透明な手続きで定まった代表なのだがら「ノーサイド」は当然なのだが、敢えてこの言葉を口にしたのは「不透明」な〈闘争〉があったということを認めたことに他ならない。
ここから期待されるのは「不透明」な〈闘争〉の切り上げであるが、しかし、〈闘争〉打ち切りは誰が利益になるのか考えなければならない。

「泥臭く」というのは、さらに疑わしい。“理念を唱えつつ、自らは理念の埒外に置く”という権力者の標準からすれば、「泥臭く」は国民にのみ押しつけるための方便のように捉えられる。野田総理が財務省の利益代弁者であると見なされていることが、この疑念を強くする。

今回の代表選の真相は、小沢vs反小沢という構図。小沢は、民主党執行部や検察、マスメディアという権力者たちに「不透明」な〈闘争〉を仕掛けられてきた。それは、小沢が彼らの「不透明」を「透明化」しようとする者(だとみなされた)からである。その構図に上にたったとき、野田代表の「ノーサイド」が何を意味するのか。「不透明」な〈闘争〉を止めよという意味は、「不透明」を「透明化」しようとする民主主義的〈闘争〉をやめよう、という呼びかけに他ならないのではないか。

もしそれが実現すれば、最大の利益を享受するのは、「不透明」な権力を行使し続けている既得権益者である。

つまり。「ノーサイド」が実現すると、一般国民のみ「泥臭く」なってしまうという可能性が高いということだ。

コメント

片目だけ少し透明に?

私の図々しいお願いに早速応えて下さってありがとうございます。

ものごとを観る角度を一つ見せて頂いたような気がします。
(貴重な「知」です・自分だけではなかなか獲得できません)

小沢さんが「壊し屋」と云われていることの別な意味が分かったような気がします。

「壊して」作ったのが、民主党なのですね! 
(すごい人です)

むしろ、目的と手段の関係と捉える方が妥当だと思いますね。 目的は原発によって様々な利益を得ることであり、理念(うたい文句)は手段です。

国(政治家と官僚組織)は、核兵器製造技術を確保するという「一つの目的」をもって原発を推進しています。

そして、“割安で安定した”原発という「うたい文句」、および、利権者(行政の首長、電力会社、建設企業など)、誘致地域や原発で雇用を得る人達の原発受け入れによって実現しているのであって、「理念」のせいではないです。 また、一般の電力需用者がコストを支払うのは、電源供給という利益に対してだけです。

原発の元々の問題は、実際に存在する放射能事故や汚染、核廃棄物処理・廃炉にかかる膨大な費用という大きな問題を「うたい文句」から除外した点にあります。

・amerieさん、おはようございます。

あくまで「一つの角度」としてご覧になってくださいね。私の見方はかなり偏っており、それを是正するつもりもありません。ご注意ください(笑)

「壊して」作ったのが、

的確な表現ですね! 反小沢というのは、その視点から見れば抵抗勢力なのですね。

ご指摘は、そのとおり

・伯爵さん、ようこそ。

ご指摘はその通りだと思います。その理解が妥当、常識的、一般的でしょう。

私の視点は上でもコメントしたとおり、偏っています。ですから、たとえば、

一般の電力需用者がコストを支払うのは、電源供給という利益に対してだけ

というごく当たり前の指摘に違和感を感じるのですね。

電力供給と電気料との等価交換。

そんなものが本当に成り立っているのか。成り立たせるべきなのか。そのように考えなければ社会は成り立っていきませんが、人間社会が成り立たないからという理由で、成り立たせるというのは本末転倒です。

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