愚慫空論

続 〈作法〉という知の形

My favorite Blogに『るるどの覚書』というブログがある。ブログ主のるるどさんは女性であるが、拝見するところ、セクシー系の美女などではなく、しっとりとした大人の女性の知性を感じさせる、そんなブログである。取り上げられているテーマは身近な出来事から政治的な話題、ときには宗教的な話題までと幅広いが、等身大の視線と常に静かな語り口に、好感を越えた親近感を感じさせる、そんなブログである。

今回はそんな『るるどの覚書』から、「あいづちというエントリーを拝借したい。この記事はるるどさんの日常の一場面を切り取ってこられたものだが、長らく海外生活を経験されているるるどさんの、日本での日常生活の中のちょっとしたすれ違い、これがタイトルに書いた「〈作法〉という知の形」を考えるのにもってこいの材料になると思ったからである。


「あなたね、人の話を聞く時は、『はい』って言うものよ!失礼よ」と。

まあ、よくあること。

人の話を聞いてている時、私のあいづちは“Uh huh...Uh huh”となっていることがあるらしい。話をしている時、違和感を感じる人がいるらしい。私はなんともいえない複雑な気持ちになる。

るるど
図に表すほどのものでもないが...。
るるどさんとお相手さんの間では、こういう具合のすれ違いが起こっている。これはお二人が背景にしている文化の違いとしか言いようのないものだが、お相手さんの「失礼よ!」の言葉は、お相手さんの方の【private】【pubulic】の方程式をるるどさんに押し付ける作用を果たし、それによってるるどさんは

なんともいえない複雑な気持ちになる

という図式。るるどさんが培った【private】【pubulic】方程式が撹乱されるのだから、その気持ちは当然であろう。

お相手さんにすれば、るるどさんの“Uh huh...Uh huh”は作法がなっていない、マナー違反だと言いたいのだろう。それはよく理解できる。しかし本当に失礼なのはお相手さんのほうで、るるどさんの【private】【pubulic】方程式、つまり育った文化を無視して自分の文化の方を有無を言わさず押し付けていることになる。もっともこれは場の状況によることで、このやりとりが交わされた場がお相手さんの文化に基づくべき場所であったなら話は違ってしまうが。

でもこの年になってあいづちは「はい」だなどと、細かいことまで指導されたくないと思う気持ちもある。

るるどさんのこの気持ちも当然といえば当然。お相手さんの言動は、いわば「しつけ」であって、この「しつけ」はまだ自分が背景とすべき文化を充分吸収していない子どもに対しては不可欠なものだけれども、もうすでに文化を背負っている人に施すのは、やはり失礼と言わざるを得ない。違う文化を背負っている人とは対等にコミュニケーションを為すべきなのだと思う。

しかしこうした日常の振る舞いを常に点検するというのは、難しい。るるどさんがブログで記事にしてくれたように、記述され、第三者が検討できるというようになれば、そうしたすれ違いも容易に指摘されようが、普段の日常生活の時間の流れの中で、いちいちこうした「意識化」をやっていては窮屈で仕方がない。「意識化」は時間の流れを止めてしまうから、そんなことをしていては普段の生活の時間の流れがギクシャクしたものになって、とても暮らしにくい。
るるどさんの記述はそうした意識化と時間の流れがほどよくミックスされていてるのである。それが“しっとりとした大人の知性”の風合いになるんだなぁ、と思う。


前エントリー「〈作法〉という知の形」で取り上げた作法は、無主物に向けた作法、つまり自己完結する作法であった。今回の作法はそうではなくて、他者とのやりとりの中で出てくる作法である。だから、すれ違いが起こってしまう可能性が前者よりも高い。

だが、作法はあくまでも作法である。つまり他者とのやりとりの中で出てくるものであっても、自己完結性は高い。そこを理解せず、「こうした作法であるべき」と決め付けてしまうと(フリーズしてしまうと)、理念や信念といったものに変容してしまう。そしてそこから「知の暴走」が始まる。るるどさんが味わったのも、ささやかなものだけども「知の暴走」であろう。

追記:なんとなく関連ありそうな記事
『404 Blog Not Found』 「"Thank you"=「すみません」

コメント

聞き捨てならん!

なぬううう!

セクシー系美女には「しっとりとした大人の女性の知性」がないとな?!
能ある鷹は爪を隠すなのだ。キイキイ!!

返事は難問

私事で申し訳ないのですが、実はわたくし、妻との会話で返事が、気になって仕方が無いのです。
何が気になるかの言うと、返事が早すぎる。異常に早い。言い終わるやいなや0・5秒以内に、はいとか、ふんとか、はあとか返事が返ってくる。
早すぎる「はい」が気になって仕方が無い。一言も内容を吟味せず適当に相槌を打って、なるべく早く私の講釈を終わらせようとする魂胆が見え見え。

恐縮です・・・

水葉さん

冒頭から「・・・セクシー系美女などではなく・・・」なんてはじまり、ちょっとがっくり(笑)知性もセクシーさもお持ちのすてきな水葉さんがうらやましいです!

愚樵さん

日常の中の小さな私的な出来事と「知の暴走」を重ねあわせ分析してていただき、感激でもあり、ちょっと恥ずかしくもあります。(そんな、たいそうなことではないので…。)

私とその方の関係や状況についてはあいまいな事しか記していなかったため、愚樵さんの手元には全体像を把握する材料がないにもかかわらず、状況を的確に表している図に感心しています。

「失礼よ...」と言った人は、知的で、ざっくばらんで、何でも思ったことを口にする、世話好きな母くらいの年齢の女性です。娘のような私の世話を焼いたり、普通に日本で受け入れられるような日本人になるように“しつけ”たくなるのかもしれないなぁと感じることがあります。悪気のない人です。陰口ではなく、私に直接思ったことを言ってくれることには感謝しています。

「『こうした作法であるべき』と決め付けてしまうと(フリーズしてしまうと)、理念や信念といったものに変容してしまう。そしてそこから『知の暴走』が始まる。」 私の感じるそれが、愚樵さんの言われる「知の暴走」であるかは、わかりませんが、日本では“フリーズ”してしまっていること、“決め付けてしまっていること”が多々あると感じます。

いつもながら、話はそれますが・・・。愚樵さんの近所のお婆さんのお話を読んでいて、私自身の経験が思い出されました。一年以上も前でしたが、とある高学歴で社会的地位も得ている高齢の女性に「るるどさんの素朴な疑問には、イライラさせられるのよ!」ともう一人関係者のいる場で言われたことがありました。「なんて失礼な人!!」と思いましたが、あまり気にしないでいました。頑固な私は、なんと言われようとも自分は間違っていることをしているとは思わず、“素朴な質問の価値”について彼女にいつかわかって欲しいと願うばかりでした。それからも誠実に彼女に接し続けていました。私だけの影響ではありませんが、時と共に徐々に彼女は変化していきました。今では、お互いの疑問から始まり、長々と議論をすることもあります。会話をしている時、彼女の豊かな知識と純真さが垣間見られる彼女の思考の交わりが伝わってきます。「イライラさせる私」「異質な私」を排除しなかった忍耐力、人間力を持ち、人間好きで情のある彼女に感謝しています。

「婆さんの表現は、その身体をつかってなされている。文字通り、思想を体現しているのである。・・・。自分自身に向けてか、ご先祖様に向けてか、全知全能の神に向けてか。〈作法〉とは、そういうものなのであろう。」 そうなのでしょうね。そんなお婆さんの在り方、生き方は、言葉や理念や理想以上に、周りの人の心も身体も動かしてしまうような力を持っているのかもしれません。

長くなってしまいましたが、感謝を込めて。

ひええぇぇ!

さすがはアマゾネス軍団の姫、ドエライ迫力で。

はい、私が悪ぅございました。さっそく訂正を...、と思いましたが、面白くないので踏みとどまります。

それにしても、しっとりとしたアマゾネス軍団ねぇ...、想像できないなぁ(笑)。

あ、そうか、軍団から離れて一人の女性に戻れば、しっとり出来るんですね? ヨイショヨイショ。

ご夫婦仲が良さそうですね、布引さん

というか、夫婦円満でいられる秘訣をちゃ~んと心得ていらっしゃるようで。

...それ、私にも教えてください。

るるどさん、コメントありがとうございます。

それに水葉姫(←なぜか、こう呼ぶことになってしまっているんです)のフォローもして頂きまして。痛み入ります。

大仰にしてしまうのは私のクセです。るるどさんのせっかくの「静かな語り口」を分解して見せてしまいまして...。申し訳ありません。

大仰ついでに一言申し添えておきますと、私のこの分析も実は「知の暴走」なんですね。ですからどうしてもどこか切り落としてしまっていて(フリーズしてしまっていて)、たぶんこの記事を読まれた方は、お相手さんにあまり好感を持たなかったと思います。それが欠点というより、私のまだまだ至らない点でございます。

ありがたいことに、そこはるるどさんがまたしっかりとフォローしてくださいました。さらには、「知の暴走」とならんで私のもう1つの論点である「時間が育む情」という点についても具体例を挙げてくださいました。

とある高学歴で社会的地位も得ている高齢の女性とのやりとりがそれです。一緒に時間を共有することからフリーズ(この場合、「イライラさせられるのよ!」という言葉に表されたその方の気分)が溶け、だんだんに真の意味でのコミュニケーションが交わせるようになって行きますね。
これはもちろんるるどさんの忍耐強さのみならず、その女性の特質にも拠るものでしょう。人間誰しもが、そうした特質を持っている。私はそう信じたいですし、その思いはきっとるるどさんも同じではないかと推測しています。

>るるどさま

「セクシー系美女など」というのは失礼ですよねぇ!

セクシー系美女の集いをキャッチコピーにしております「護憲派アマゾネス軍団」でございますが、樵兄さんもメンバーのひとり。つまり「樵兄さん=セクシー系(女装)美女」なのでございます。(爆)

私は軍団の下っ端の小間使い(お笑い部所属)ですが、中には「しっとりとした大人の知性」を感じさせる方(まじめ部・カリスマブロガー多し)もいらっしゃいますので、るるどさんも、ぜひ入団されませんでしょうか。

会費は無料。「JOIN」をポチッと押すだけで、今日からセクシー系美女の仲間入りです。(爆)
http://keep9amazones.ring.hatena.ne.jp/


>樵兄さん

「ねっとりとしたアマゾネス軍団」よりは良いと思います。

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