愚慫空論

菅直人が日本の秦檜にならなければいいが

昨日の茶番劇はひどかった。

東日本大震災と福島の原発事故。この国難に際して政治が内輪もめをしている場合ではなかろう、という批判は理解出来る。それはその通りで、まったくの正論だと思う。内閣不信任案を提出した自民や公明、民主の「造反者」たちに正当な理由など見当たらない。

だが私は、正当な理由が見当たらないからこそ、不信任案提出は意味があったと思っている。信用できないものは、できない。理由など後付、大義名分に過ぎない。人間の信用は理知的に為されるものではない。たぶんに感情的に為されるものである。

確かに内閣不信任案は否決された。ゆえに菅直人は形の上では日本の首相でありリーダーである。が、菅は本当の意味でリーダーとして機能しているのか? 昨日の政治劇を茶番と見る人間には、菅にリーダーたる資格があるようにはとても思えないだろう。菅は、形の上のリーダーたることに固執したのである。そして残念なことに、法治国家においては、形の上のリーダーを国のリーダーだと見なさなければならない。日の丸・君が代に反撥を感じても、とりあえずは敬意を表しておかなければならないのと同様に。

次、秦檜(しんかい)について。昔々の中国、南宋の宰相を務めた人物。詳しくはウィキペディアあたりを見ていただくとして、簡単に言ってしまえば「中国歴史上最大の売国奴」とされている人物。宋の国の国力が低下し、北方民族国家の金に圧迫されていた時代に20年宰相を続け、金と屈辱的な和解をした。と同時に、主戦派の岳飛をはじめとしてさまざまな「抵抗勢力」を陰謀を画策して葬り去った。そんな人物。

小沢一郎を岳飛に見立てる者なら「もうすでに菅直人は秦檜ではないか」と思うかもしれない。その意見に反対はしないが、私が言いたいのはそのようなことではない。右の画像を見ていただきたい。これは岳飛の墓の傍らに置かれている秦檜夫婦の像。つい最近まで、岳飛廟を詣る人は、この像に唾を吐きかけることが習慣になっていた。秦檜は1000年も前の人物だが、憎悪が連綿と続いていたということ。ちょっと日本人の感覚では信じられないものがあるが、「菅直人が秦檜になる」という のは、このような事態を指して言っている。菅直人の銅像が出来て、人々が憎悪とともに唾を吐きかけることが習慣になってしまう(そうなればいいと思っている人も少なからずいるかもしれないが)。

秦檜の像は、漢民族の民族的トラウマである。中華に棲まう漢民族から東夷とされた私たち日本人からしてみれば、中国人は傲慢極まりないように見える。それは「シナ」という呼称が気に入らず「中国」と呼ぶように強要(と感じるのもこれまた日本の傲慢なのだが)することからも伺える。その傲慢な中国が、北狄に圧迫され屈辱的な条約を結ばなければならなかった。中国から屈辱的に扱われた方からしてみれば、そんなことでトラウマになるほうがどうかしていると思ってしまうが、とにかくそのことが漢民族の歴史的トラウマとなった。秦檜の像は、その憂さ晴らしに、1000年もの長きに渡って憎悪の矛先となった。

日本は不思議なことに、民族的歴史的なトラウマとは無縁できた。第二次大戦の敗戦は、東京大空襲や2発の原爆を投下されての「過剰な」敗戦だったけれども、なぜか民族的トラウマとはなっていない。A級戦犯を靖国の合祀から外せという程度の主張はあっても、とても秦檜のようにはならない。日本人は良くも悪くも素朴なのである。

しかし、菅直人は秦檜になるかもしれないと、昨日の茶番劇を見ながら私は思った。なぜか。フクシマが日本の民族的トラウマになってしまう可能性は否定できないからである。

昨夜菅直人は、原発収束まで首相を辞めない旨の発言をした。東電は「工程表」なるものを発表したが、事態はますます悪化して、「工程表」が絵に描いた餅でしかないことは周知の事実となっている。つまり原発収束のメドは未だ立たず、そして、菅の言葉通りなら、菅が首相を辞任するメドも立たないということになる。

菅直人が自らの執念に忠実に少しでも長く首相でいたいと願うなら、それはフクシマの収束が1日でも長く先延ばしされることを願うことになる。そしてそれは、フクシマがもたらす被害がより大きなものとなることを願うことと等しい。菅直人自身はそこまで思っていないかもしれない。だが、人々がどのように受け取るかはわからない。秦檜が本当に売国奴だったかどうかの真実と、秦檜に対する印象とが一致しないように。ましてフクシマが民族的トラウマとなってしまったとき、自らの執着を原発収束と重ねてしまった菅直人に、憎悪の矛先が向かないと誰も保障することはできない。

昨日の茶番劇、鳩山には呆れるし原口には開いた口が塞がらないし、小沢は惨めだと感じるが、それよりもなによりも菅直人がひどい。ウソは良くないといったような話ではない。ウソを吐くのも政治家の仕事のうちである。菅がしたのはそんなレベルのことではない。憎悪をかきたてたのである。リーダーが憎悪をかきたてて、それでうまく収るわけがない。

菅直人がなおも地位に執着するなら、菅は秦檜の道を歩まなければならない。それは権謀術数の道である。幸いにも菅には仙石由人という憎悪を撒き散らすことにかけては極めて優秀な参謀もいるようだが、その企みが成功するほどに、菅は秦檜に近づいてゆくことになる。

憎悪を撒き散らしてはいけない。まして、災厄の元と憎悪とを重ね合わせてはいけない。

コメント

菅直人の正体を知らしめたことと、取り巻きの酷いことを見せたのは、国民を覚醒させるかも知れません。
私は、政権交代マニフェストへの回帰、希望の政治の芽を摘まないという意味で必要だったと思います。
可決されたら良かったし、賛成に投票しても否決されて除籍・新党への流れでも良かったのですが、この流れどう決着するのでしょう。
テレビ・新聞の嘘つき解説を鵜呑みにする時代は終わって欲しいものです。
菅直人は昨年の参議院選挙で辞任するのが政治だったのに、延命を画策したのもテレビ・新聞でした。

scottiさん

scottiさんへの返事を考えていたら、新しい記事になってしまいました。申し訳ありません。

真の歴史は抹殺されるのだ

中国で訳のわからん吊るし上げが行われて処刑が行われても、何度も人民裁判で憎悪の中処刑された者は多数いるが、それでメチャメチャな暴政が終わった訳ではなく、益々暴政は猛り狂っている。
日本の首相というのはいざという時、人柱に出来るが、後任に就くのは同じ一味の人間である。
国会議論は確信に迫っていない。それは何故日本の技術ではなく、アレバ社でないといけないのかである。
その問いはないのであって、彼らは永久に原発収束の機会を潰すかも知れない。
日本はまだ小渕の時のJCOバケツ問題。小泉の時のレスキューロボ廃棄問題。
彼らはよってたかってもみ消ししていくだろう。国会議論は常に核心に迫る前に終了させられ、新しい政権を迎える。その都度何も変わってないのに強引に解決した事にされるのだ。首相の周りにいる顔ぶれは見た事がある人ばかりである。せめて辞める前に菅は何故アレバを選んだのか説明する必要がある。

パルタさん、こんにちは。

「真の歴史」とは何を意味するのか、「彼ら」とは誰のことを指すのか、よくわかりません。想像するに、それは、菅首相にアレバ社を使うようにと命じたこと、および命じた者を指すのでしょうか。

仰るように、なぜアレバなのか、アレバなければいけなかったのか、検証の報道はおろか、疑問すら提示されることはありませんね。日本のマスメディアでは。

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