愚慫空論

秋刀魚

さて、季節はすでにサンマのシーズンである。

サンマといえば、佐藤春夫 秋刀魚の歌。

 さんま、さんま、さんま苦いか 塩つぱいか。
 そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。

の秋刀魚の歌。国文にはさっぱり疎い私だが、さすがにこのくらいはどこかで目にしたことはある。


いづこの里のならひぞや、佐藤春夫は和歌山県新宮市の出身。私の現在の住居の近所である。近所といってもほぼ40kmくらい離れているのだが、充分に生活圏内。充分どころか、日常生活品の買出し先が、この新宮市。

ところで、新宮市を含む南紀地方では、まだサンマはシーズンではない。現在サンマが獲れているのは、三陸沖あたり。それが紀伊半島沖に回遊してくるには、まだしばらく時間がかかる。もちろん今の世の中、新宮あたりのスーパーに行けばサンマは入手できるが、地物ではない。地物のサンマは三陸沖から回遊してくる間に蓄えた脂肪分を消費してしまい、痩せたサンマになってしまっている。


私たち夫婦がこちらに移住してきて、もうまもなく丸○年になる。季節は秋であった。移住してきてからしばらくして、ご近所さんからサンマを頂いた。このことはよく憶えている。
私たち夫婦は、私たちの「常識」に従って、その頂いたサンマを塩焼きにして食べた。ずいぶん痩せたサンマだなと思いながら。ところがこのサンマ、さっぱり美味しくなかった。脂気がなくパサパサ。戸惑った覚えがある。
そうこうするうちに、この地方でのサンマの食べ方がわかってきた。この地方では、サンマは生のままで塩焼きにしたりはしない。いったん干して、干物にするのである。開いたりはしない。丸干しである。こちらの地域はサンマの季節になると、サンマを丸のまま軒下に干してある風景があちこちに見られる。

またこちらの地方では、サンマ寿司というものが名物になっている。
サンマ寿司

いわゆる早や寿司の類だが、こうした寿司が作れるのも脂の抜けたサンマであるからこそ。こうしたものを味がわかるようになって、私たち夫婦も地物のサンマの旨さがわかるようになった。今では痩せたサンマも好きである。でもやっぱり、脂の乗ったサンマの方がいいなぁ。

ところが。地元の人たちは違うのだ。脂ののったサンマは気持ち悪いという人が多い。だから地元の人は、脂の乗ったサンマをあまり食べない。中にはあれはまがい物だという人もいる。あの脂の乗り方は不自然で、誰かが注射でもして無理やり注入したものだと主張する人さえいた(笑)。いや、笑うなかれ。当の本人は大マジメなのだ。これまでの経験からしてそうした脂の乗ったサンマは知らないから、痩せたサンマが全てと思い込んでしまっているだけ。こうした他人の思い込みを笑うのは簡単だが、その資格があるものが果たしてどれだけいることやら。


さて、アタマにもどって佐藤春夫の秋刀魚の歌である。解説によると、サンマを食べている男は佐藤春夫が自身であり、食べている場所は東京都のこと。もともと東京人の娘はサンマのハラワタをくれとせがんだようだが、佐藤春夫自身は、サンマのハラワタを好んだのだろうか? これ、少し疑問なのである。何せ、新宮の生サンマの塩焼きは美味くないんだから。

そが上に青き蜜柑みかんの酸すを したたらせて
さんまを食ふはその男がふる里の ならひなり

というのも、よくわからない。これって、やはり生サンマの塩焼きの食べ方でしょう?



あはれ
秋風よ
こころあらば
伝へてよ
――男ありて
今日の夕餉ゆうげ
ひとりさんまをくらひて
思ひにふけると。

さんま、さんま、
そが上に青き蜜柑みかんを したたらせて
さんまを食ふはその男がふる里の ならひなり。
そのならひを あやしみ なつかしみて女は
いくたびか青き蜜柑をもぎ来て 夕げにむかひけむ。
あはれ、人に捨てられんとする 人妻と
妻にそむかれたる男と食卓に むかへば、
愛うすき父を持ちし女の児は
小さき箸をあやつりなやみつつ
父ならぬ男に さんまの はらをくれむと 言ふにあらずや。

あはれ
秋風よ
なれこそは 見つらめ
世のつねならぬ団欒まどゐを。
いかに
秋風よ
いとせめて
あかしせよ かの一ときの団欒まどゐ ゆめに非ずと。

あはれ
秋風よ
こころあらば 伝へてよ、
夫を失はざりし妻と
父を失はざりし幼児をさなごとに伝へてよ
―男ありて
今日の夕げに ひとり
さんまを食ひて
涙をながす と。

さんま、さんま、
さんま苦いか 塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふは
いづこの里のならひぞや。
あはれ
げにそは 問はまほしくをかし。

コメント

佐藤春夫と谷崎潤一郎

新宮といえば中上健次の出身地でもあります。
佐藤春夫というと、どっちかというと都会人というイメージがあったので、新宮出身とはちょっと意外な感じがします。
ところで、この詩、佐藤が谷崎潤一郎の奥さんに(谷崎千代子)ほれて三角関係になったときの詩だそうですね。
wikiの谷崎の項に結構詳しい説明があります。
三角関係といえば漱石の専売特許ですが、吉本隆明も友人の奥さんを取っちゃった人です。
戦後はともかく、昔は姦通罪などというものがあったので大変だったでしょう。九州の炭鉱主に嫁いだ柳原白蓮と宮崎龍介(宮崎とう天の息子)の悲恋なども有名な話であります。

さんまは生の塩焼き

さんまは傷みやすいので,目黒のさんまは生でしょうが,産地から遠いと生では食えなかったはずですね.今でこそ,遠く九州でも生さんまが食えますが,しばらく前までは冷凍塩漬けしか食えなかったと思います.私にはさんまは生の塩焼きが一番です.(熊野の食べ方もしてみたい)
 七輪の さんまは並んで 空を見る
89年ごろの作です.失礼しました.

不思議な三角関係

かつさん>
その谷崎と佐藤の三角関係ですが、私も少しネットで調べてみたところ、その「妻の譲渡」は極めて平穏のうちに行われたそうです。だから、“取っちゃった”というのは違うみたい。詩の方でも語られてますが、谷崎が捨てたほうが先のようですね。

>papillonさん
こちらの食べ方ではさんま寿司が一番だと思いますが、よりさんまのディープな食べ方としては、早寿司ではなくて、熟れ寿司のさんま寿司というのがあります。他の熟れ寿司同様かなりクセのあるものですが、好きになると病み付きです。

ところでpapillonさんの句ですが、感じさせられるのは虚無感? いや、「もののあはれ」ですね、きっと。

秋刀魚の腸

佐藤春夫の時代と違い、今の秋刀魚ではらわたが食べられるものは極少数。ほとんど食べられません。
内臓にうろこが大量に含まれ食感が良くない。
理由は昔とは漁獲方法が大幅に進歩、大きな網で大量に捕まえる。
秋刀魚は大きな魚網の中で押し合い圧し合いでうろこが殆ど剥がれ落ちる。はがれた鱗は秋刀魚の腹の中に入りはらわたが食べれなくなった。
秋刀魚のはらわたを食べたか、食べなかったかで凡その年齢が判る仕組みになっている。

Re:秋刀魚の腸

布引さん>
サンマの腸ってそうなんですか、知りませんでした。あまり旨いものいう感じはなかったのですが、単に鮮度の問題かと思っていました。

かつさん>
書き忘れたんですが、今のイメージと違い、昔の新宮はかなりの都会だったらしいですよ。
昔は林業は国の基幹産業で、新宮はその集積地。江戸や上方とは海上交通で直結していた。佐藤の生まれた明治の時代では、かなりの大都会だったようです。

さんまのハラワタくれむ

は ちょうだい の意味
ではなく (苦いから)あげる
の意味だそうですよ^^

「くる」には 与える
の意味があります!

私は学生で この詩がテスト
範囲なので調べたところ
そうわかりました^^

こけしさん

ありがとうございます!

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