愚慫空論

静かな朝

静かな朝。
冷え込んだ空気のなかで、富士山の優美な姿がよく見える。
心なしか、いつもよりも静かな感じさえする。

だが。

昨夜からの停電が復旧して、TVやネットから流れてくる映像は黙示録的世界。
携帯のツイッタ―とラジオから情報は得ていたけども、映像を見てみると想像を遥かに超えた惨状が広がっている。

言葉がない。


たぶん、これから日本は変わる。
変わっていかざるをえないだろう。

願わくは、この被害が、失われつつあった絆を取り戻すきっかけとなりますように。

もし、そうならなければ。
日本はほんとうに、黙示録の世界へ沈み込んでしまう。

いまこそ「心」を取り戻せ。

コメント

和の国

日本の文化が和の文化なのは、お米作りと地震国だからかも知れませんね。
和と遠いところにいる我が国の首相がどんな対応するのか、これ以上失望させないように祈っています。

・scottiさん、おはようございます。

地震の時、すなわち緊急時に発揮される「和」は今もまだ健在のようです。我が国の空っぽな首相も少しはマシのように見受けられます。

が、問題は平時の「和」、米作りの「和」の方です。

今回は未曾有の大災害ですが、いつまでも緊急時のモードではいられません。いずれ平時のモードに戻りますし、戻らなければならない。その時に「和」が機能するかどうかです。

今までの日本は「和」を忘れ、再び競争原理でまとめようとしていました。その結果が格差社会であり無縁社会です。

今後の日本は平時に戻ったとしても、これまでよりも負荷の大きな社会になるでしょう。そこを競争原理でまとめようとすると黙示録になってしまう。間違いないと思います。

それを回避することができるかどうか。今、岐路に立っていると思います。

第一の関門は、原子力発電をどう扱うかでしょう。米作りの「和」は自然との「和」でもある。原子力の問題を人間の都合だけ(電力需要がどうとか)で判断せずに、自然との「和」も含めて判断できるかどうか。そこへ戻ることができるかどうか。

日本という邦(くに)が育んできた「和」という文化はそうしたものであり、それは私たち一人ひとりの問題だと思います。

死者は一万人をゆうに超えるのですね…

阪神・淡路をはるかに越える規模の被害が広がっているのです。もしも、暇と余裕のある方は、現地で復旧に手を貸して欲しいです。大学生とか、春休みで暇な人などはぜひ。
そして、カラダで被災地の様子を感じて、自分に出来ることを考え、行動してきて欲しいです。
今、切実に助けを必要としている人たちが、何十万人もそこにいるのですから。
ぜひとも、〝命〟を救ってきて欲しい。
そして、〝心〟を救ってきて欲しい。

地獄の黙示録

大津波は地獄の黙示録の序章に過ぎなかったかも知れません。
福島原発3号機はプルトニウムを使ったモックス燃料なのだそうです。
大都市東京から大金持ちは住所を変えるのでしょう。
米国大使館は既に退去しているとか?
原発の燃料の大半は米国から購入しているのですね。

日本人でいること

naokoさん、scottiさん、おはようございます。

残念なことにまだ被害の全貌は明らかになっていませんし、甚だ残念なことに、未だ被害は進行中のようです。

被害はどこまで進むのかはわかりません。そんななかで私たちに出来ることは「日本人でいること」くらいでしょう。出来るだけ「普通」に日常生活を送る。その上で、出来るだけの支援をする。

アメリカ大使館が何処へ行こうが知ったことではありません。彼らはアメリカ人です。金持ちが何処へ行こうと、それも自由。彼らには日本人であることを辞める自由があります。その自由を行使したいのなら、すればよい。

私を含め日本人でいるしかない者は、覚悟を決めるほかないでしょう。これから間違いなく日常の生活も苦しくなっていきます。これまでのような豊かさを追い求めるならば、待ち構えているのは修羅の世界です。日本人でない者に日本人が虐げられる世の中になります。石原慎太郎のような日本人の皮を被った者に。

食糧と水を

昨日から、自発的に岩手や宮城へと、自動車で企業がボランティアで水や食糧を運んでいって、窮乏する各地の避難所の人々を助けていますね。
今は、個人のボランティアによる食糧などの援助は、逆に仕事が煩雑になるために、認められていませんが、やがてはボランティアも組織化されていくでしょう。
今必要なのは輸送に必要なガソリンですよね。これは、政府がまず第一に考えなければならないこと。
かなり、要領悪いです。
慎太郎の言っていることも、決して間違ってはいないと思いますよ。

慎太郎の言ったこと

・naokoさん、おはようございます。

要領は甚だよくないようですね。

今朝もニュースで、救援用に用意された電池がほとんど被災地に届いていないと報道されていました。自治体から要請がないから届けないんだと。が、当の被災地に方では機能が麻痺していて、それどころではない。

事ここに至っても役所は能動的に動けない。

慎太郎の言っていることも、決して間違ってはいないと思いますよ

同意ですが、慎太郎にはあのような発言をする資格がありません。天罰云々の発言は、発言者の資格が厳しく問われます。被災者がそのような発言をするなら構わないし、ある程度共感も呼ぶでしょう。しかし、石原慎太郎は、もっともその資格のない人間です。

私に言わせれば、石原慎太郎は日本人ではありません。彼自身は日本人だと思っているでしょう。代表的な日本人だと思っている人も多いでしょうし、そうした自負を彼自身も持っているはず。だからあのような発言にもなるのでしょうが、その自負が彼を無資格者たらしめている。代表的日本人ということは、一般的日本人とは違うということです。彼は無意識のうちに、天罰は一般的日本人に下るもので、代表的日本人である自分は該当しないと思っている。

そうした「構え」や「立ち位置」に人は敏感です。同じ言葉でも「立ち位置」で意味合いは全く異なってくる。そんなことも解しない石原慎太郎が文学者でもあるなんて、悪い冗談です。

要領が悪い以前では

菅首相は自衛隊を10万人投入すると言ってましたが、現状では自衛隊、警察、消防、全部合わせても2万数千にだそうです。
菅首相の指令にも自衛隊は動かないのですね。
それから、福島原発1号機や3号機の建屋にあっただろう使用済み燃料の所在が気になります。
水素爆発で既に拡散していませんか?
官邸は嘘の上塗りや大本営発表や原発への神風特攻隊指令はもう止めて欲しいですね。

慎太郎さんも、へんな宗教かぶれな感じではあります

被災者に「あんた、天罰だよ」とは絶対に言えません。
それを言ってしまったのは、やはり宗教的にへんに脳みそがつかっているところがあったのでしょう。

そういう意味では、「われこそは代表的日本人」と思っている著名人物と言えば、やっぱり大川総裁でしょう。
「事実上の左翼政権の時期にこのよな天変地異が起こっている。この国の政治的動揺が天災を生むのです」と述べ、〝天変地異調伏祈願〟なるものに、一口三万円を募っています。
「自分を信仰しないから、このような災害かおこる」ということですね。
当然、信者の人たちは、「多くの日本人が幸福の科学を信仰しないから、このような災害が起こった」と考えています。
〝代表的日本人〟は、幸福の科学をはじめ、宗教的カルトに多く存在します。
キリスト教やイスラム教の原理主義もそうでしょう。
慎太郎さんもそれっぽい言い方をしてしまいました。彼はそれに気付いて謝罪したのでしょう。
しかし、宗教カルトの一員ならば、謝罪などしません。
彼らは〝気付けない〟からです。

・scottiさん、おはようございます。

菅直人は、もはや実質的には総理大臣ではないのでしょう。

一昨日名古屋へ避難しようとして枝野と伸子に押しとどめられた、なんて話も伝え聞いています。真偽のほどはもちろんわかりませんが。

福島原発への対処では、組織間の相互不信が高まっているようですね。自衛隊は実質的には活動から撤退したように見えます。今朝、警察機動隊の放水車がどうのという報道がありますが、なぜいまさら警察なのでしょう?

事態はもはや、日本国という国家の体裁などに構っていられる事態ではないのかも知れません。大変不謹慎に聞えるかも知れませんが、東北地方は米軍に再占領してもらって、災害処理をしてもらうほうがいいかもしれません。

もしそうなれば、そのあとの「請求書」は法外なものになるでしょうが。

・naokoさん、おはようございます。

>「われこそは代表的日本人」と思っている著名人物と言えば、やっぱり大川総裁でしょう

そうかもしれませんね。

石原慎太郎は気がついて謝罪した。そうなんでしょうね。しかし、もはや手遅れ...、いや、それはわからないですね。

彼の宗教臭はファシズムですが、今後の日本の行く末を考えれば、国民からファシズムが求められるようになるのかも知れません。慎太郎は、それを期待してあのような発言を敢えて行なったのかも知れませんね。

だとすれば、ここは重要なところです。国難に対して一致団結を、となるとファシズムの一歩手前ですが、国難は誰の目にも明らかだし、団結が必要というのもわかりやすいですから。が、そちらへ転ぶと救いようがなくなるでしょう。

いま必要なのは助け合いの「心」です。ここに余分なものを紛れ込ませてはいけません。「代表的日本人」たちは、「一般的日本人」の純粋な「心」に不純物を紛れ込ませようと、あの手この手で迫ってくることでしょう。

連絡がとれなくなるまえに

お邪魔します。
弊ブログで「一幕」を降ろしたのは、愚樵さんをオミットするためやったのではないよ。と、誤解はしてないと信じてますが、取りあえず連絡がつくうちに伝えておきます(笑)

えっと、管が名古屋へ、、で、押しとどまった、、、ですか? 命拾いをしましたね、爆!! ・・・嘘です。管がどうしようとどうでもいいです。


まあ、ワタシにしても今の福島原発の状況が収束する前提で、今後の「質素な生活の覚悟」などを書いてしまいましたが、時期尚早でした。この事故の結末の「覚悟」をしなければならないのか、、、と、思い、考え直しています。とはいえ、いざとなったら「覚悟」しきれずにジタバタするんじゃないか、、、そんな自分も受け入れつつね。

距離的には随分安全なところにいて言うのものなんなんですが、逃げることもできず、立ち向かいようもなく、より福島原発に近い場所にいる人を心配しつつも、どのように助けることができるのか、何をしようか思案し、たんたんと日常をおくってます。外の抜けるような青空を見つめ、ここにおいても、あと何日青空の下にたつことができるのか考えながら。

純粋な「心」は、「身体」が放射能におかされ朽ちようが「代表的な日本人」に騙されようが、在りつづけると信じながらね。








悪魔と手を繋いでいる菅政権

菅政権は本当に悪魔と手を繋いでいますね。
巨大地震、巨大津波、原発の重大事故、これらが重なって未曽有の国家危機に、円高&株安に何の対策も示しません。
カラ売り規制さえしていません。
これを利用して外資はカラ売りを進めているでしょう。
これらを黙認している菅政権は悪魔と手を繋いでいます。
原発は、保安院は50キロ退避して、自衛隊は60キロ退避して、米国の原子力空母は日本海へ退避して、ドイツは帰国してしまいました。
福島原発の設計での想定津波の高さは3.8メートルでした。
これで想定外とは国民が想定外でしょう。
福島原発事故は人災でしょう。

そうかな

わたしは慎太郎さんの宗教臭は、出雲神道だと思います。また、強権的な物言いは、家父長的・伝統主義そのものと感じます。そうした意味で、無神論的、システム重視なファシズム(国家社会主義)とは相容れないです。
反リバタリズム・反リベラルとは言えるでしょうが、むしろ彼の匂いは、ファシズムよりもコミュニタリズム(共同体主義)な感じです。

毒多さん

ご無沙汰してます。

菅が逃げようとしたうわさ話。

http://twitter.com/#!/marumarubun/status/47862224601100289

ソースは↑ ま、このソース自体の信用度は?ですが。しかし、イラ菅がもはやルーピー菅になっている確度は大変に高いと思われます。

弊ブログで「一幕」を降ろしたのは

ははは。同じurlで再開すると仰ってたので「誤解」はしていませんでしたが。「影響」はあったかと。自意識過剰かな(苦笑)

どのように助けることができるのか、何をしようか思案し、たんたんと日常をおくってます。

とりあえず、東海・東南海・南海の3地震への備えをより万全にされてはいかがですか。可能性がより高まったという意見も聞きますし。この「備え」は、必要度が低くなったと判断すれば、支援物資へと回せるものですから。

まず自分と自分が守らなければならない者のために。
それが出来れば、自分の周囲の者のために。
さらに余力があれば、できるだけ多くの人のために。

「働く」は“はたを楽に”の意味なんだと言いますが、そこへ立ち返ることが大切なんだと思います。慎太郎は我欲を批判しましたが(彼自身が我欲の虜囚ですが)、我欲は周囲の者から奪うこと。競争原理は「我欲の均衡」を想定したのですが、今後の社会はそんなもので均衡させることが出来ないのは誰もが感じ取っていることだと思います。

scottiさん

くるくるぱーの空き缶が自分が手を握っている相手が悪魔だと自覚しているかどうかは疑問ですが、ほぼ間違いなく自覚しているであろう輩が登場してきましたね。

http://jp.ibtimes.com/articles/16236/20110318/609384.htm

自覚どころか、使い魔と言っていいまもしれません。

円高&株安に何の対策も示しません。

地震や原発の被害よりも経済の破綻の方が恐いという意見の方がたくさんおられますね。巨大地震が原発の災害を誘発したように、災害が経済破綻を誘導するという懸念ですね。

過激な意見だと自分でも自覚していますが、私は現在の貨幣経済システムは一度破綻した方が良いのではないかと思っています。大半の人は貨幣経済システムの破綻は経済そのものの破綻だと考えますが、私はそのようには考えていない。むしろ経済の疲弊は貨幣経済システムによる害悪だと考えていますから、円や株といった指標がどうなろうと構わないと考えています。

確かに貨幣経済システムの混乱は経済そのものの混乱を引き起こすでしょう。今やシステムの浸透度は大変大きなものになっていますから。ですが、「絆」や「心」を取り戻すには、このシステムから脱却していかなければなりません。

此度の災害で人々は原発というシステムに依存していたことを反省するでしょう。でも、それだけでは足りない。現在の貨幣経済システムに留まっている限り原子力がダメなら石油・石炭だということになり、奪い合いが始まります。いくら自然エネルギーといったって、有限なことには変わりありません。

有限な資源の配分方法として貨幣経済システムは、原発同様に危険なのです。今度のことをきっかけに、その危険性への認識が少しでも深くなればと願っています。

naokoさん

出雲神道というもの中身がよく分らないので、そこへは言及できませんが。

むしろ彼の匂いは、ファシズムよりもコミュニタリズム(共同体主義)な感じです。

コミュニタリズムとファシズムの色分けはあまり意味がないと思います。ファシズムはコミュニタリズムの一亜種だと考えるのが適切かと。

つまりです。コミュニタリズム(共同体主義)というのは何らかの共同体を想定しそこへの帰属を良しとしますが、国家はその想定される共同体の一種に過ぎない。仮に慎太郎が想定しているのが日本国という国家ではなく「日本人の集団」という共同体であったとしても、日本国と「日本人の集団」はほぼ一致しているのですから、事実上、慎太郎のコミュニタリズムはファシズムと大差ありませんし、区別をする意味もあまりないように思います。

コミュニタリズムと日本人

naokoさんへの返答に、追記。

石原慎太郎が想定しているであろう「日本人」と、私がいうところの〈日本人〉はどう違うのかというところへ触れておくべきだと思いましたので。

その差異はモノ・コミュニタリズムとポリ・コミュニタリズムだと考えています。

(双方とも私の造語です。適当かどうかはわかりません)

モノ・コミュニタリズム――共同体の構成員は単一の共同体にのみ帰属。

ポリ・コミュニタリズム――共同体の構成員は、複数の共同体にまたがって帰属。

私はもともとの日本人の精神性は、複数の共同体にまたがって帰属するポリ・コミュニタリズムだと考えています。そしてどのコミュニティに帰属するかについての絶対的規範は存在しない。血縁は比較的重視されるが、絶対的な基準にまではなっていまない。その意味で日本人は個人主義的。表層は集団主義的だが、その裏では個人主義的なのが日本人。多くの日本人が自身を無宗教だと考えるのは個人主義だからです。

わたしには慎太郎もポリ・コミュニタリズムに思えるのです。
個人主義も、複数の共同体への帰属意識も重々承知し、それを認め、受け入れたうえで、なおかつ場面場面では断定的に、きっぱりはっきり正直にモノを言っている、という気がします。
おそらく、(わたし含めて)慎太郎さんの支持者はだいたいそのように感じているのだと思います。
東京都民はファシズムの匂いに鈍感だ、とかそういうことではなく。

わたしには慎太郎もポリ・コミュニタリズムに思えるのです。

その見解には私は同意しかねます。ステレオタイプで慎太郎を判断しているだけかもしれませんが。

ただ、慎太郎のパターナリズム的な態度は、私が考えているポリ・コミュニタリズムとは最も遠いところにあるものです。

なおかつ場面場面では断定的に、きっぱりはっきり正直に

所属している共同体によって、同一も場面でも価値判断は異なるのです。ですから、ポリ・コミュニタリズムに立てば、断定的に言えることはなかなかありません。国旗国家への敬意を強制するというひとつをとっても、慎太郎がポリ・コミュニタリズムに立っているとは考えづらいです。

国旗・国歌への敬意、あるいは国家そのものへの敬意は絶対に蔑ろにされるべきではない、とわたしは思います。
もちろんそれがこの世にあるもので一番に最も敬意を払うべきものと思っているわけではなく、優先順位は場面場面で異なりはするでしょうが。
敬意を払うべきだからと言って、払いたくない人の頭をつかんで無理やり下げさせるのは意味がありませんが、かといってペナルティを課すべきではないとも思いません。
場面場面で断定するのは、優先順位を判断しているわけで、そうした判断は絶対正しいとはもちろん言えませんが、必要なことです。

よこはいり

naokoさんの3/19のコメントを見ました。
私は人であれ地域あれ身のまわりの人や物事に敬意を払えない感性は非常に問題だと思います。
その点でnaokoさんと意見は似ていますが、その方法として国家や国旗や国歌といった偶像を崇拝することだけが方法だとするのはどうでしょうか?
私は近所の人と親身なお付き合いをしたり、近くや国内の自然や風景を愛したりすることで敬意を表する方法も当然ありかと思います。
敬意を表す価値観なんぞ、無限にあっても良いはずです。
でも他人の価値観を制限する価値観は制限されるべきです。
「唯一無二、これにこそ価値あり!」と決め付けた時点で終わってると思います。

・naokoさん

これ以上の議論は、ポリ・コミュニタリズムをもっとキッチリと定義づけてから行なう方がよいようですね。

先頃話題になったマイケル・サンデルの議論を下敷きにして、ポリ・コミュニタリズムの輪郭を示してみようと考えてはいますが...、今はそんな気分にはなりません。もう少し時間を下さい。

ですが、とりあえず、この部分には応答しておきます。

場面場面で断定するのは、優先順位を判断しているわけで、そうした判断は絶対正しいとはもちろん言えませんが、必要なことです。

必要なこと、というのはその通りです。が、問題は、何を「背景」にその判断を下すかということなんです。この「背景」が「正義」の問題になります。

権力者は常にこの「背景」を単一化しようとします。これは当たり前のことで、そうでないと判断が下せないからです。そして判断を下せると考えているということそのものが、ポリ・コミュニタリズムからは反していると私は考えるわけです。

ポリ・コミュニタリズム的な色合いの強い日本人の場合、こうした判断は“話し合いで”ということになります。この「話し合い」はよく欧米の価値基準から無責任だと言われますが、必ずしもそうではない。何に対して責任を持つかその方向性が異なるだけのことです。

石原慎太郎はどう見ても権力者です。彼自身が明らかに権力者を志向しています。つまり「背景の単一化」を志向していると捉えられるわけです。

よこはいり、歓迎です

・すぺーすのいどさん

「唯一無二、これにこそ価値あり!」と決め付けた時点で終わってると思います。

そうそう、これこそ私たち日本人の「精神」ですよね。でも、こういった「精神」の在り方は例外的なんですね。

欧米の人たちは“これにこそ価値あり!”というものが存在すると信じ込んでいます。だから彼らにとっては「正義」が大問題になるんです。堅牢な体系を構築して「価値」を揺るぎなく位置づけようとする。一神教的です。そういった精神性を抜き難く持っているのですね。

対して東洋は一般的に、複数の価値観を認める傾向があります。複数の価値観を認めつつも、でも、その価値観に序列をつけてしまうことが多い。代表例は中国の儒教でしょう。「孝」や「忠」はそれぞれ異なる価値観ですが、儒教では「孝」が上と定められている。

日本では、例え親が危篤状態であっても、自分に課せられた仕事があれば、それを全うすることは美徳とされます。しかし、逆に仕事を放り出して親の死に目に会おうとすることも美徳とされますよね。人それぞれだ、と。儒教ではこんな曖昧はことは考えられません。仕事より親、で決まり。

世界的には“これこそ価値あり”が標準なんですね。

>すぺーすのいどさん
わたしも抽象的な国家や国歌・国旗を崇拝することだけが、周囲に敬意を表す方法だとは考えておりません。ただ、それもまたないがしろにしてはならないと感じるだけです。
その点で、不敬な行為に関しては、過剰な厳罰を求めるわけではなありませんが、ある程度のペナルティはあってもいいのではないか、と思うだけです。何もペナルティがないのでは、あまりにしまりがなさ過ぎます。
とはいっても「唯一無二、これこそ価値があり」とは慎太郎さんとて考えていないと思いますよ。

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