愚慫空論

イノベーションについて(1)

もしドラ マネジメント

イノベーションとは、科学や技術そのものではなく価値である。組織のなかではなく、組織の外にもたらす変化である。イノベーションの尺度は、外の世界への影響である。(266~267頁)


上の文章を素直に読むと「イノベーション=価値」となりますが、そうではなくて「イノベーション=価値の創造」と読むのが正しいでしょう。でも、私はちょっと違うのではないかと思っています。イノベーションには価値の創造に留まらないものがあるように思うのです。

価値が価値として認められるには、価値基準が必要です。価値基準が共有されていないと、価値は価値として認められることはありません。イノベーションがある価値基準の上に新たな価値を創造するということはあります。イノベーションの通常の意味はそちら、つまり「新たな価値創造」でしょう。でも、それだけではない。価値を価値だと認める基準そのものを新たに創り出す、ということもあるように思う。「新たな価値基準の創造」です。

ここでは「新たな価値創造」を「小さなイノベーション」、「新たな価値基準の創造」を「大きなイノベーション」とでも呼ぶことにします。

なぜこんなことを言い出したかというと、それはそう、「不定時法の世界」の話の続きだからです。

定時法の世界とは時刻という「区切り」が万人に共通だという「想定」が成立している世界のことですが、こんな「想定」は人類の誕生と共にあったわけではない。どこかで「学習」したわけです。昔はみんな、それぞれに時刻という「区切り」を設けていた。それがいつの間にか共通の「想定」を持つようになった。その「学習」に時計という器具が大きく関わっていることは想像に難くないでしょう。たぶん、時計なしではそうした「想定」は生まれなかった。いや、生まれなかったということはないでしょうけれども、その「想定」が広く共有されることは難しいでしょう。時計が広く普及したことで「学習」の契機も広がり、「想定」が普遍化した。これこそイノベーションと呼ぶに相応しいでしょう。

時間の並列性 この、定時法の世界の「想定」は「時間の並列性」と表現できます (右の画像は「時間の並列性を見事に表現した時計」とリンクしています。どうかごらんあれ)。で、考えたのは、「時間の並列性」を「価値」と言えるのかどうかです。人間が作った道具である時計は、確かに価値のある品物です。時計の普及で社会が便利になったことは間違いない。ですが、普遍化した「時間の並列性」は単なる「価値」を越えているように思えます。

「時間の並列性」の普遍化は、もちろん「大きなイノベーション」です。

続きます。

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