愚慫空論

不定時法の世界(2)

(1)からの続きです。

当然の話ですが、定時法の世界と不定時法の世界とでは秩序の在り方が異なります。それぞれの世界の住人の「秩序感覚」が異なると言ってもよいかもしれません。

定時法 ・定時法の秩序感覚

定時法の秩序感覚が形成されるにはある前提条件が必要となります。“時計を見ることができる”という条件です。この条件をクリアした人たちが集団をつくると、定時法の秩序感覚が形成されることになります。

具体的な例で説明しましょう。
とある試験があって、試験会場に受験生が集まっているとします。試験監督官もいます。試験時間は2時間で試験の開始と終了は監督官の合図で一斉に行なわれるとする。ごく普通の試験のスタイルです。

監督官は2時間という試験時間を遵守しなければなりません。監督官が勝手に2時間という時間を区切ってはいけない。監督官の合図は、監督官に時間を区切る権限が与えられていることを意味しません。定時法の世界ではこんなことは誰も疑問に思いません。 監督官は合図を出しますが、これは受験生が“一斉に”開始・終了を行なうためです。つまり受験生が恣意的に時間を区切ることを防ぐため。基準はあくまで2時間という客観的な「区切り」。監督官の権限は「区切り」を守るためのものあって、客観的な「区切り」という権威に従属するもの。

客観的な時間の「区切り」という権威の下に万人が平等――これが定時法の秩序感覚です。
(定時法の世界は、「法の支配」の世界とほぼ同じだと考えることができそうです。違いは、「法の支配」ではその前提となる「正しい法」というものの確立が困難なのに対して、定時法の世界では「正しい時間」の確立は容易だということ。)

不定時法 ・不定時法の秩序感覚

同じような試験を例にとって考えてましょう。ここでは試験時間は一時(いっとき)、つまり約2時間です。

不定時法の世界では、一時(いっとき)という「区切り」を定める権威は存在しません。一時(いっとき)は、みんなの合意で決められることになる。“そろそろ一時(いっとき)だな”といって、みんなが合意すれば、それで一時(いっとき)。これが不定時法の世界の秩序感覚の基本です。

試験でそんなことは考えられない、と思うかもしれません。私も思います。試験には、試験を課す者課される者という上下構造があります。この構造を越えて“みんな”になるとは考え難い。では、どうなるかというと、試験を課す者・監督官に一時(いっとき)という「区切り」を恣意的に行なうことが出来る権限が与えられることになる。その権限はみんなの合意によって与えられ、みんながそれに従う。ですからこの権限は、権威を背景にしてのものではない。いうなれば「お役目」なのです。

不定時法の世界が形成される前提条件ももちろんあります。それは、時間についての感覚を体得しているということです。お天道様の位置を見てとか、仕事のはかどり具合だとか、身の回りの何らか様子から時刻・時間を窺い知る感覚。そうした感覚が共有されることで、みんなの合意の上で「区切り」が恣意的に行なわれるという秩序感覚が形成されることになる。つまりここでの前提条件は、時間感覚の確立です。

・定時法の世界  ――“時計を見ることができる”が前提条件
               客観的な権威が秩序の基盤
・不定時法の世界 ―― 時間感覚の確立が前提条件
               みんなの合意が秩序の基盤

“時間感覚の確立”についてはもう少し言葉を継ぐ必要がありそうですが、それは次回。

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