愚慫空論

不定時法の世界(1)

今回は時間の話。

不定時法というのは時刻を定める方法のこと。他に定時法があります。
現代社会で暮らしているわれわれが主に用いている時刻は、定時法で決められたものです。

時刻法

・定時法  ―― 時間を刻む間隔が常に一定である時刻法
・不定時法 ―― 時間を刻む間隔が一定ではない時刻法

定時法と不定時法の定義は、次のようにも言えるかもしれません。

・定時法  ―― 現代の新しい時刻法
・不定時法 ―― 昔の古い時刻法

定時法が普及したのは科学技術は発展して、一定間隔で時刻を計測することができる時計という利器が一般に普及したからです。時計が普及する以前は定時法にしたくてもできなかった。日本で定時法が採用されたのは明治六年のことだそうで、それ以前は不定時法。時代劇などで出てくる“明け六つ”だとか“丑の刻”だとかいうやつですね。

江戸の時刻
(江戸時代の時刻。コチラより拝借)


この江戸時代の不定時法は、よく次のように解説されます。
 (1)一日を昼と夜とに分ける
 (2)昼と夜をそれぞれ6等分する
 (3)6等分された時間の間隔を「一時(いっとき)」と表する
  (一刻≒2時間だが、季節によって長さが異なる。ゆえに不定時法)

でも私は、この解説は少し違うのではないかと思っています。疑問なのは「6等分」です。江戸時代には和時計という機械式でかつ不定時法に対応した時計があったそうですから、精度はともかく、技術的には昼もしくは夜を6等分できたのでしょう。が、疑問なのは、できたかできなかったかではありません。6等分しなければならないと当時の人たちが考えていたかどうかです。6等分ではなくて、6分すればよいと考えていたのではなかったか思うわけです。もちろん、6分といってもでたらめに6分ではなかったでしょう。出来ることならなるべく均等に6分する方が望ましいとは考えていたはずです。

しかし、“なければならない”と“望ましい”は、違います。この2つの間には断絶があります。

定時法の世界で生きている私たちは、時間は一定間隔で等分され“なければならない”と暗黙のうちに考えています。が、同時に私たちは自身に時間を正確に等分する能力がないことも知っています。不可能だから、その役割を時計へ託す。定時法の世界では、時間を分けるのは時計です。

が、時計が時間を分けると考えるのは妙な感じがします。時計は私たち人間が作った道具であり、道具である時計が時間を分けるという行為を主体的に行なうわけはないからです。私たちは時計によって客観的な時間が指し示されると考えますが、等間隔の時間の区切りは時計が作り出したものではありません。その区切りは私たち自身が“予め”作り出したものです。時計が表現している物理運動が時間として意味を為すのは、“予め”自身が等間隔に刻まれる時間という想定を持っているからです。

しかし、この“予め”は実は事後的なものでしかありません。時計という道具が普及し日常の生活の中へ入り込んでくることによって生まれた想定です。私たちはこのことを失念しているがために、時計の指し示す運動を客観的だと受け取ることになる。時計は私たち自身の時刻は等間隔という「思い込み」を映し出す鏡みたいなものでしかないのです。

不定時法の世界で生きている人たちは、こうした「思い込み」からは免れているといえます。この世界では時間を区切るのは私たち人間に備わった自身の感覚です。時間の区切りを時計という道具へ託さない。それゆえその区切りは不正確で曖昧です。でも、それでいいのです。不定時法の世界は、感覚の曖昧さを受容する世界です。だから、時間の区切りはなるべく等分である方が“望ましい”とは考えても、等分で“なければならない”とは考えなかったはずだと考えられるのです。

・定時法の世界  ―― 客観的・普遍的
・不定時法の世界 ―― 主観的・限定的

続きます。

コメント

似た話

こんにちは。

面白いです、言葉とおんなじような話なんですね。
結局「共有」のためのルールを、どの程度にするか・・みたいな問題なのかと。

すごい厳密にしようと思えば定時法の世界になるんでしょうし、
まぁ大体・・なら不定時法の世界、
「共有」を前提にしていなければ、あるいは今まさに対面してる人だけと共有できればいいのであれば、不定時法の大体さ加減も必要ない、と。

最高裁不信任

総選挙の国民審査では最高裁裁判官を全員不信任投票して日本の司法から追放しよう!

Re:似た話

・アキラさん

そう、似た話です。「判断的」か「蠱惑的」か。

ま、似た話になるのは当然ではあるんです。そんなことばかり考えているのですから(^o^;

>「共有」のためのルールを、どの程度にするか

この程度は、精度のことを仰っているのではありませんよね。

Re:似た話

あ、面白い♪ なるほど。

はい、精度のことではありません。
程度問題の程度です。 (^o^)

>・定時法の世界  ―― 客観的・普遍的
>・不定時法の世界 ―― 主観的・限定的

なるほど、納得です。
不定時法の世界とは、現代から見るとなかなか直感的に理解しづらい世界のように思いますね。

ところで別記事「尖閣諸島が中国の領土だとして」にコメントが出来ません。どうしてもスパム判定されてしまいます。
以前はそんなこと無かったのに…。
突然、そのような扱いになっては、コメントを安心して入れる事が出来なくなります。
済みませんが、善処ねがいます。

一知半解さん

えっと、私は何の処置もしておりませんが?

若干の禁止ワードは指定してありますが、いずれもアダルト系の言葉ですので、なぜスパムと認定されるのは私にもわかりません。

できましたら、再度お試しください。それでもダメなら、何らかの方法で(メールとか)で私のところへコメントを送ってくだされば、善処します。

一知半解さんからのコメントは歓迎です。いや、ホント。

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