愚慫空論

日本的音世界、色世界の破壊


 明治政府は、それ以外にも、人々の精神のなかにあった実にいろいろなものを変えていきました。
 たとえば学校ができて、そこでは文部省唱歌を歌わせます。文部省唱歌というのは、ふるさとの歌がとても多いのですが、ただ、それはふるさとを捨てる歌で、捨てるけれども、心はいつもふるさとを想っているというものばかりです。男子たるもの、やはり東京のようなところに出て行って、天下国家のために働く。たとえば、「兎追ひしかの山」で始まる有名なふるさとの歌がありますが、あの歌も、志を持って都会へ出て行くわけです。そして、「志をはたしていつの日にか帰らん」と言っているわけですが、あれは成功者として三日間くらい村に帰るという意味で、晩年は村に帰農しようという話ではまったくありません。
 また、それだけではなくて、非常に大きかったのは、日本の旋律を否定して、すべてを西洋旋律に変えたことです。日本人がそれまで、自然に神を見出しながら感じていた音の世界、音楽的世界というものを、子どもの時から否定してしまう。そして新しい音世界を持たせる。そういう点でも、非常に重要なものだったと思います。
 それからもう一つ、日本の色も変わりました。どういうことかというと、たとえば日本語の色表現には二種類あって、一つは染料系から来る色。たとえば、藍色などは藍染めの色で、染料から由来していますから、特定の色に近いものを持っています。茜色なども同じです。
 けれども、実は染料系から由来している色というのはそれほど多くなくて、むしろ日本の色表現というのは、もみじ色、水色、空色といりた表現が多いのです。そうすると、たとえばもみじ色とは何色かというと、限定することができません。もみじの色というのは、真っ赤に近いものもあるけれども、黄色もあるし、いろいろな色が含まれているわけです。つまり、これは特定の色を表わす言葉ではないのです。ですから、赤でもいいし、黄色でもいい。紅葉のころに山に行くと、そこに松があれば緑色が混ざったりするわけですが、それでもまったく問題ないのです。
 これはどういうことかというと、日本の生命感でいうと、秋というのは生命が閉じていく時期なのです。春は生命が再生してくるシーズンですし、夏はそれが最高潮に達する季節です。そして、秋に生命は徐々に閉じていって、冬に眠りにつくというふうに捉えられていました。そして、秋、自然が生命を閉じる前に、一瞬、見せる輝き。それを、もみじ色と表現したのです。つまり、山の木々が葉っぱを落として、眠りにつくその直前に、ここまでかというほどの輝きを見せる。その色がもみじ色ですから、それは特定の色を示しているわけではなくて、赤でも黄色でも、緑が混ざっていても問題ないのです。
 空色なども非常に難しい色です。これは、ブルーでも灰色でも白でも透明でもいい。つまり、空というものが見せるさまざまな姿が空色ですから,特定のものをさしません。
 これは水色も同じことで、ブルーでもいいしグリーンでもいいし透明でもいい。つまり、水というものが見せてくれるさまざまな生命現象のようなものを、水色と見てきたわけです。
 このように、かつての日本の色表現というのは、特定の色を指すのではなくて、自然認識の仕方、生命認識の仕方と結んで、捉えられていたものだったということです。朝、生命世界が戻ってくるときの色、今日の生命世界が終了する夕方の色、そのときどきの自然と結んで、人々は色を見ていました。そして、それもやはり、明治以降の学校で、西洋的な赤、黄、緑という色世界に変えられていきます。色を通して感じていた自然の捉え方、神の捉え方、生死の捉え方、そういったものをかたっぱしから壊していったわけです。
 明治時代には、富国強兵のために、たとえば八幡製鉄所がつくられたり、輸出産業として富岡製紙がつくられたりしています。そして、外国との交渉なども行なわれるわけですが、日本の国内政策として非常に大きかったのは、そういった精神政策のほうでした。明治政府は、神仏を分離したり、修験道を廃止したり、片方で色や音の世界も壊しながら、民衆が持っていた伝統的な精神世界をすっかり破壊していきました。そうしなければ統一国家はできないし、富国強兵のための志を持って都会へ出てくる青年をつくることもできかったわけです。


参考:『色を感じる:色彩の精神性:トランス・モダン東洋的身体意識形成』
    (プラトニック・シナジー理論(旧不連続的差異論)のページ)

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