愚慫空論

『ハラスメントは連鎖する』(4)

ハラスメントはアドルフ・アイヒマンのような人間を作り出す――今回は、ハラスメントの「効用」について。

「私はただ命令に従っただけだ」
 これはナチスによるユダヤ人虐殺を主導したアドルフ・アイヒマンの発言である。アイヒマンは虐殺の実行は自分の責任外のことであるとして、法廷で無罪を主張した。
 アイヒマンは決して嘘をついているのではなく、本当に良心の呵責すら感じていない。自分がある役割を演じられるかどうか、そして演じることによって褒めてもらえるかが全てであり、そのためなら人を殺そうが何をしようが関係がないというのがアイヒマンの姿勢である。残念ながら、この姿勢はアイヒマンに限ったものではない。

 アイヒマンは大量虐殺をしても、それが命令によるものである限り責任を感じることはない。なぜなら、外的規範に従っているからである。むしろ外的規範に従った行動が困難であればあるほど、ハラスメントを美化することができる。
 ハラスメントの美化は、外的規範に照らし合わせた評価を重要視することでなされる。愛情の不足は、外的規範への服従という結果をもたらす。
 アイヒマンは虐殺に関わった責任を転嫁する一方で、裁判で判決を受けるときに立ち上がらなかったことを指摘されたときには、顔を真っ赤にした。マナーが悪いという評価を自分に下したからである。アイヒマンは評価に一喜一憂する。


アイヒマンのような人格はかつては精神病質(現在は人格障害の概念に含まれる)と呼ばれたらしいですが、アイヒマンのような極端な例はともかく、現代社会では精神病質的な人間はごくありふれた存在です。また、通称「アイヒマン実権」と呼ばれる実験により、多くの人間が権威に服従して平気で他人を傷つけることが出来ることが示されてもいます。

  Wikipedia:『ミルグラム実験』(通称アイヒマン実験)

では、アイヒマンのような人間はどのようにして出来上がるのか? 前回提示した「魂・インターフェイス」という概念を用いて説明がなされています。

内部断絶 〈魂〉とは人間本来的の運動状態でした。

インターフェイスとは〈魂〉と外界とを仲立ちするところで、「学習」によって成長していきます。他人から見えるインターフェイスが「人格」です。

十分な愛情によって育まれたインターフェイスは、外界と魂との仲立ちの役割を十全に果します。「学習」とは常に生じる外界と魂との齟齬を「創発」によって埋めてゆく作業のことで、創発がくり返されることでインターフェイスは成長していく。創発は情動と感情によって励起されますから、創発が行なわれるには「自身の感覚」への自身の信頼が必要となります。自身の感覚への信頼を養うのが愛情の役割です。

 アリス・ミラーは、ありとあらゆる教育は有害だと指摘している。それは権威主義的な教育に限らず、反権威主義的なものについても同様である。
 教育をしたい、という欲求は、自分が受けた教育を正当化したいという欲求や、自分の都合のいいように他人を操作したいという欲求、もしくは自分が受けた屈辱を他人にも味わわせたいという欲求の表れであり、子供の成長を促すものでは決してない。
 それは教育をする大人が、自分は子供のために善意でやっていると思い込んでいる場合でも同じことだ。これらは全て闇教育であり、現代の社会に深刻な悪影響を及ぼしている。

 外的規範を正当化したり、しつけや教育が奨励されたりするときの根拠は、本能的行動が危険だという思想だ。理性を身につけて本能を抑えることが人間のあるべき姿だと考えるのである。
 魂とは人間が生来持っている運動状態である。本能とは、生存のための生まれつきの行動欲求であり、魂の声に他ならない。本能が危険であるという考えは、魂はそもそも不浄だという思想と同じである。
 人間社会には確かに多くの破壊的行動による問題が生じている。殺人はその顕著な例である。しかし、果たしてそれは本能的行動が原因なのであろうか。本能は、生存のために必要なことしか求めない。だから、本能を破壊的行動の原因にすることはおかしなことである。
 自己保存のために闘争をし、相手を死に至らしめることはあり得る。しかし、周囲に対して常に敵対的行動をとっていたら、自分が殺されてしまう可能性も増す。独立した殺害願望というものは、本能的なものとしてはありえない。
 もちろん、本能的行動が常に周囲との調和をもたらすというわけではない。飢餓状態にあれば、食物を求めて闘争することもあるだろう。だから、魂はもともと清らかであるという主張も成り立たない。
 魂は清らかでも不浄でもないし、善でも悪でもない。正邪や善悪の区別は評価基準があってはじめて言えることであり、評価基準は常に外的なものである。このことに目を向けず、魂が不浄であると主張することは、外的規範の絶対性を主張するための詭弁である。



その(5)へ続きます。

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