愚慫空論

勤勉革命 ~日本の成功体験

歴史人口学で見た日本 (文春新書)

「勤勉革命」とは『歴史人口学で見た日本』の著者速水氏が提唱した概念で、「産業革命」との対比概念になっています。

勤勉革命は江戸時代初期から中期にかけて日本で見られた現象で、まず

・農村の世帯の在り方が大世帯制(15人~20人)から小世帯制(4~6人)へ変わった。
・結果、結婚する者の割合が増え、人口増加。
・労働が小世帯の家族労働となった。

なぜそうなったのかというと、

・兵農分離が行なわれて城下町(都市)が成立。
・都市=消費地/農村=生産地という構図が出来、交易が成立。
・日本の傾斜地地形では、小規模の家族労働が最適。

となったと考えられるわけです。で、小規模家族労働となったために、

・資本に相当する家畜数が減少し、労働集約型の生産形態へ移行。
・長時間の労働が美徳という倫理観が成立。 という欧州の産業革命とは逆の現象がおこった。しかも、

・年貢を取られるということはあったが、農村は基本的に自治であり、
・自分たちの労働の成果を(すべて)搾取されず、生活水準が向上。

ということになった。日本人の識字率が同時代の先進国であった欧州と比べて断然高かったのも、高い生活水準と比較的自由な交易があったためで、「読み書き算盤」は交易のために必要だったから、と推測できます。ヨーロッパのように農村に支配者の屋敷があって、交易を独占するといったことは日本にはなかった。それどころか、生活水準の向上とともに富士講や伊勢講といった形での旅行すら庶民によって行なわれるようになったわけです。

以上の江戸時代日本の体験は、成功体験だったといってよいと思います。欧米では産業革命、市民革命という成功体験を経て国民国家意識が成立させていったように、日本人は勤勉革命の成功体験によって日本人という共同幻想を培ってきた。江戸期の日本はもちろん近代国家ではありませんから「国民」という意識があったとは考えられませんが、おなじ日本人という「仲間意識」を持つことができるようにはなったことと考えます。

日本人が日本国民という「国民国家意識」を持つようになったのは、おそらく日清・日露戦争での戦勝という成功体験を受けてのことでしょう。途中、明治維新という変化がありましたが、これが大きな内乱にならず単なる「政権交代」で済んだのも日本人という「仲間意識」があったおかげであると同時に、政権の在り方が日本人の「仲間意識」とは深く結びついていなかった。それは人口の多くを占める農民たちは「寄合」による直接民主制だったからでしょう。

日本が太平洋戦争で大敗北を喫したときに効いたのも「仲間意識」でした。人は挫折感を味わったときには自らの成功体験へと還るもの。それは共同幻想でも同じことでしょう。日本人の「国民国家意識」は敗戦で挫けてしまいましたが、「仲間意識」は戦争で成立したものではないので大きく影響を受けなかった。そのことが「一億総懺悔」そして「9条」へと繋がっていった――というのが私の愚考するところです。

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ちょっと付録。

以上の見地から右翼と左翼を眺めてみると、次のようになります。

・右翼
一度挫けたはずの日清・日露戦争発の「国民国家意識」を復活させようとする立場。

・左翼
欧米の成功体験を真似ようとする立場。

左右とも日本人の「仲間意識」を一段低いものと見て、出発点は違いますが「国民国家意識」を持とうとする点においては同じです。が、私はそのどちらにも賛同できません。挫折にいつまでも執着するのも、他人の成功体験を羨むのも、私には「元気になる方法」とはとても思えません。日本人が元気をなくしつつある現在、もう一度自らの成功体験へ還るのがいちばんです。

(ただ、それも今となっては大変に難しいとは思います。その理由についてはまた機会を改めて書くことにします。)

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